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トランプとゼレンスキーのあいだで (庭の話 #1-1)

今月から、僕が『群像』(講談社)に連載中の「庭の話」を5ヶ月遅れのペースでこちらにも掲載します。こちらは草稿段階のものになるので、掲載のものとは少しバージョンが違います。これは先週(20日)に発売になった僕の新著『砂漠と異人たち』の直接的な続編で、かつ双子の関係にあるような批評です。

『砂漠と異人たち』が僕たちがこの情報社会の相互評価のゲームのプラットフォームの外部(砂漠)を獲得するかを考えた本ならば、この『庭の話』はそのプラットフォームそのものを別のもの(庭)にする方法を考えた本です。初回だけ、長いので2〜3分割で載せます。『砂漠と異人たち』とセットで読んでみてください。

1.キエフの幽霊

幻のエースパイロット

それはロシアがウクライナに侵攻を開始した日、つまり開戦の翌日に当たる 2022年2月25日のことだった。ロシアの侵攻に抵抗するウクライナの人々、そしてウクライナを支持する人々の間で、ある噂がインターネットを通じて拡散していった。それは、ウクライナのMiG-29戦闘機を操縦するあるエースパイロットが、開戦から24時間のあいだにロシアの戦闘機を6機撃墜したというものだった。この「噂」には、約4秒の短い動画が添えられていた。キエフの市街地のビルの隙間から見上げるように撮影されたそれは、上空を飛行する機影とその爆音を一瞬だけとらえていた。このエースパイロットはたちまち「キエフの幽霊」と呼ばれ、ロシアの侵略に対する抵抗のシンボルの位置を獲得していった。ウクライナの前大統領ペトロ・ポロシェンコは、「キエフの幽霊」その人であるとするパイロットの画像をTwitterに投稿し、欧州連合のウクライナ大使ミコラ・トチツキーは「「1人のウクライナのMiG-29ジェット戦闘機パイロットが、ロシア人との空中戦で1日で6回の勝利を収めました。彼は「キエフの幽霊」と呼ばれています」とその存在を讃えた。

抵抗のアイコン

既に広く知られているように、この噂は事実無根のデマに過ぎない。そのようなエースパイロットは存在せず、投稿された動画はロシア製のコンピューターゲームの動画を再編集し、合成したものであることがその日のうちに複数の、それも西側諸国のメディアから検証されていた。それは、開戦当初圧倒的な優位を保持していると考えられていたロシアに対し、ウクライナとそれを支援する西側諸国の人々の願望が作り出した(拡散した)虚構に過ぎなかったのだ。しかし、ウクライナはこの小さな噂を最大限に利用し、「英雄」の物語によって自国の、そして西側諸国の市民の戦意の高揚を、おそるべき低コストで実現した。この英雄の捏造に対してウクライナ政府が、表立って行ったことは一つだけだった。それは、ウクライナ国防省が、そのTwitterのアカウントで「キエフの幽霊」の噂について述べる投稿を、特にコメントも付けずただリツイートするだけだった。そして、その効果は絶大だった。国防省の担当者がこの「噂」を拡散する作業に費やした時間は、おそらく驚くほど短い。したがってそれがデマであることがその日のうちに検証されたとしても、その費用対効果は計り知れないものがあったはずだ。実際にこの「噂」は、西側諸国においてウクライナ支持の世論が開戦直後に急速に醸成されたことに少なからず寄与したと思われる。ここで威力を発揮したのは、エースパイロットの実在が信じられることよりもむしろ、この「噂」が瞬く間に、広く数多くの人々にシェアされていったという事実だった。この捏造された英雄の物語が「瞬時に、広くシェアされたこと」が、西側諸国の市民たちの国境を超えた強い連帯が、それも急速に可能であることを証明したのだ。ロシアの反体制派と手を携えて大統領プーチンの専横と彼によって引き起こされた侵略戦争に抵抗するのだというコンセンサスが醸成し得ることを証明してしまったのだ。

幽霊の証明したもの

「キエフの幽霊」の存在はーーその同日内にそれがデマであることが証明されたにもかかわらず、まんまと成功したプロパガンダの存在はーー今日におけるそれが恐ろしいほど低コストでかつ高ベネフィットな戦術であることを、ニュースはそれが事実を伝えることではなくも、人々の欲望に応えることにおいて威力を発揮することを僕たちに教えてくれる。人々が、ひとりの発信者としてその物語を語ることの快楽を利用することの有効性を証明している。この虚構の英雄の存在は彼が実在しないことが瞬時に暴かれたとしても、十分すぎるほどに危機を前にした「私たち」の連帯の高揚と快感を、人々に確認させたのだ。

ゼレンスキーのプロパガンダ

  そして、この文章が書かれている2022年4月現在、戦局は大きくウクライナ側に傾いている。西側諸国の強力な支援を得たウクライナは首都キエフを中心に持ちこたえ、ロシアは戦線を後退させ、停戦交渉への動きが芽生え始めている。開戦前は圧倒的なロシアの物量の優位が叫ばれていたことを考えれば、これは多くの人々には予想外の展開だったと言えるはずだ。この戦況を生み出したのはウクライナ軍と国民の高い士気と、そしてそれを支える西側諸国の強力な支援であることは誰もが既に知っていることだ。そして後者を可能にしているのが、西側諸国の親ウクライナ、反ロシアに傾いた国民世論であり、これがウクライナのプロパガンダの成功によって醸成されていることはもはや疑いようがない。ウクライナの大統領ゼレンスキーが、喜劇俳優出身であることは広く知られている。彼は、テレビ番組の政治風刺ドラマで架空の大統領役を演じ、そのイメージを用いて現実の政治に進出し、今日の地位を手に入れた。その選挙は、彼が所属する劇団を母体とした政党によって、主演を務めた『国民の僕』の最新シーズンとして演出された。ゼレンスキーは、想像力の領域に介入することがもっとも強く人々を動かすことを、今日の情報社会下の民主主義において、プロパガンダこそがもっとも効果的なカードであることを熟知した政治家なのだ。そして、彼はそのプロパガンダはかつてのように、英雄の活躍を一方的に発信するのではなく、それを受け取った人々にボールを預け、シュートを促すパスであることによってしか成立しないことを熟知していると思われる。クレムリンにスーツで君臨し、陰謀論めいた国民の物語を書き言葉で語るプーチンの旧態依然とした独裁者のイメージをなぞる振る舞いに対し、カメラの前にTシャツ1枚で登場し、平易な話し言葉でロシアの非道への抵抗と、ウクライナへの人道的な支援を呼びかけるゼレンスキーの「役者の違い」は明白だ。
 このウクライナの戦争は、断じて20世紀への逆行ではない。そこで進行しているのは極めて、21世紀的な現象だ。それは表面的には20世紀型のナショナリズムの衝突のもたらした、かつての正規戦への回帰として現れている。しかし、実態は大きく異なる。それは残念ながら、この30年に進行した時代の変化を不可逆なものだと認めたくない人々の願望が見せている夢にすぎない。キエフの幽霊とゼレンスキーのプロパガンダ戦略が象徴するように、これは極めて21世紀的な戦争なのだ。

戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとって代わる。しかし今日における「戦線」とは?

〈戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとって変わる。そして、最高意思決定の段階では現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けているときは特にそうだ〉ーーこれは、東京におけるテロをシミュレーションしたある映画の台詞の引用だが、今日においてこの「戦線」という概念は、少なくとも以前のようには存在し得なくなっている。20世紀が後方の生産力が前線の戦力を支える総力戦の時代なら、21世紀はテロの時代だ。そこがもはやニューヨークやパリの中心街であったとしても、いや、そうであるからこそ戦場に選ばれることを、既に人類は経験的に知っている。もはや誰にも「戦線から遠のく」ことはできない。なぜならば既に戦線という概念が解体されつつあるからだ。

 そもそもテロリズムとは、相対的に小規模な破壊と殺戮で、最大限のプロパガンダを行うことを目的とした行為だ。そのために、敵国の中心部や重要な施設を象徴的に破壊し、その場所で市民を殺害し、市民に恐怖を与える。これによって敵国の人心を刺激し、統治権力をを脅かす。その敵国が民主的な制度にのっとっていればいるほど、その効果は高い。テロリストたちは敵国の人々に破壊と殺戮を報道させることで、自分たちに注目を集め、メッセージを伝える。比喩的に述べれば、彼らは自分たちのYouTubeのチャンネルの登録者数を増やすために、テロを行っているのだ(実際に、現代のテロリストたちの多くが、自分たちの団体のプロパガンダとメンバーの勧誘の手段として、YouTubeなどのプラットフォームを用いている)。その意味において、テロとはインターネット的な戦争の形態だ。距離を無効化したアプローチ(攻撃)が可能であり、その攻撃はむしろ自分たちの(アカウントの)影響力の増大を目的に行われている。彼らも私たちと同じように、インターネットのプラットフォーム上で行われる相互評価のネットワーク上での動員のゲームを行っており、その手段としてテロが選ばれているのだ。
 20世紀前半の総力戦ーー二度の世界大戦ーーは放送(ラジオ)と映像(映画)という二つの技術が可能にした、ナショナリズムによる大衆の動員とその結果として台頭した全体主義の産物であったように、そして冷戦下の東西両陣営の相対的な安定がこの二つの技術の融合したテレビの産物であったように、そしてその冷戦の終結の原因の一つが、西側諸国の衛星放送の受信による東側諸国の市民の意識の変化であったように、今日の戦争の形態(テロ)もまた、情報技術によって決定されているのだ。

インターネット≒テロ時代の戦争へ

 現在進行しているウクライナの戦争は、テロの時代を経て進化した新しい国家間の戦争だ。少なくともゼレンスキーはそれを正しく理解している。今日の人類社会はインターネット上で、Facebookの、Instagramの、Twitterのプラットフォーム上で展開されているユーザー間の相互評価のゲームが支配的な力を持っている。そして、民主主義という制度が、この相互評価のゲームが世論に対して強い影響力をもつようになったことで迷走をはじめている。2016年のブレグジットしかり、トランプの台頭しかりーー。したがって、このプラットフォーム上の相互評価のゲームで優位に立つことが、西側諸国の人々の心を掴み、その世論を操作することが、西側の民主主義国家たちからの足並みをそろえた支援を獲得するためにもっとも有効であることを彼は理解しているのだ。だからこそ彼はインターネットを通じて、戦場から国境を超えて「直接」世界中の市民に問いかけ続けている。前線と後方の境界線を破壊したテロの時代を経て、いまの状況をもっとも強い力で決定しているのがインターネット(SNSのプラットフォーム)上で展開される相互評価のゲームに他ならない。これがウクライナで顕在化した、新しい戦争のかたちなのだ。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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