[オープン前夜特別座談会] 「遅いインターネット」は、世界の「語り口」を変えていくために(後編)
いよいよのオープンに向けて、鋭意準備中のPLANETSの新しいウェブマガジン「遅いインターネット」。脊髄反射的な発信の応酬ではなく、未知の他者を受け止める接続回路としてのインターネット本来の可能性を再起動させるため、個々のコンテンツ制作者たちには何ができるのか。「遅いインターネット」創刊準備座談会として、前編に引きつづき荻上チキさん、ドミニク・チェンさん、春名風花さんの3者をむかえ、「遅いインターネット」が採るべき戦略を検討します。
※本記事の前編はこちら
メタレベルのメッセージをいかに回復するか
宇野 そう、インターネットそのものは否定しない。しかしその速度に人間が流されている状態には抵抗する。この距離感が大事なのだと思う。このふたつの立場は完全に両立すると思う。たとえば、ヘイトスピーチの発信者や歴史修正主義者に対してはベタに対抗することが大事で、「あなたの言っていることは、こういう資料で完全に否定されています」と、ファクトとして間違いだという声をベタに上げないといけない。もっとも、そういった声が届くのは、イデオロギー的な思考停止や発信の快楽の危険性に自覚的なメタ的な思考ができる層で、もう一方でこの層をしっかり育てるためのアプローチがが必要になると思うんだよね。
荻上 メタレベルの思考は一定の訓練をした人でないと難しいですね。たとえば、差別の文脈でも、人種差別や女性差別の歴史を知った上で、今起きている現象をどう位置付けるか考えている人と、差別を自明のものとして身体化している人とでは、そもそも会話が成り立たないところがある。僕は、ある種の人々の生き方や振る舞いを、ネットを通じてそう容易く変えられるとは思っていない。
だけど、「シノドス」や「成城トランスカレッジ」を通じて、少なくともサイバーカスケードの発生の仕方を部分的に変えることには参画してきた。ネット上でデマが広がる構造自体は変えられないけど、間違ったデマが広がることで議論のリソースを奪われる状況を変えたくて、例えば、情報の流通を変えることでデマを流れにくくしたり、ウェブ上で進行しているフローに対しては、フェイクであることを指摘したり、より確かな資料を集めて公開したり。それは個人的に好きでやってきたことなんだけど、その中である種のデジタル・アクティビズムに対しては、基本的には肯定する立場なんですね。
先ほどドミニクさんはアカデミズムに戻った話をされていましたが、僕が10年ほどやっていた「シノドス」というサイトでは、アカデミックジャーナリズムを打ち出していて、スローニュースを前提とした情報発信においては、一定の蓄積があると自負しています。例えば、チリの民主化運動の報道を見れば、水道などの公共料金の値上げが100万人規模のデモに繋がったということは分かる。でも、なぜそうなったのか。このデモの意味について考えるためには、少なくとも新自由主義がもたらした影響や、その前の軍事政権時代にまで遡った語りが必要です。しかし、ニュースサイトの記事ではそういったロングタームでの語りは手に入らない。そこで、その問題を考えるための長尺の議論を、アカデミズムの知見のある人に執筆してもらい、再文脈化するわけです。
確かに脱文脈化が進んだことで、見出ししか見ない人、都合のいい読解しかしない人たちが増えたかもしれないけど、それでも意思決定権を持つような一部の人たちのために再構築された文脈を提供する、いわば「議論のテーブル」の作り直しをしたかった。その思いは今でも変わらなくて、ラジオをはじめとするいろいろな試みも、議論に参加する上で最低限、抑えておくべき文脈を再構築するものでありたいと考えている。「薬物報道ガイドライン」もそれが前提でつくられています。
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インターネットは世の中の「速度」を決定的に上げた一方、その弊害がさまざまな場面で現出しています。世界の分断、排外主義の台頭、そしてポピュリズムによる民主主義の暴走は、「速すぎるインターネット」がもたらすそれの典型例といえます。
インターネットによって本来辿り着くべきだった未来を取り戻すには今何が必要なのか、提言します。
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