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コミュニケーションを介在する存在 |𥱋瀨洋平・消極性研究会 SIGSHY

消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は𥱋瀨洋平さんの寄稿です。ペットの存在は、家庭内に潤いをもたらすだけでなく、社会的なコミュニケーションを発生させる契機にもなります。ゆるやかな社会的交流のきっかけとしてのテクノロジーの活用を考えます。

消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。 
第13回 コミュニケーションを介在する存在(𥱋瀨洋平・消極性研究会 SIGSHY)

消極性研究会の𥱋瀨です。

2018年10月23日に我が家に子犬がやってきてもう1年が経過しました。犬は1歳ともなるとすっかり成犬で1歳3ヶ月になる我が家のエダ(パピヨン ♀)は人間に換算すると10代後半ということになります。終始動き回っている子犬の頃と違い落ち着きは出てきましたが、まだ3〜4歳の落ち着きがある子と比べるとまだまだ子供で、散歩中に出会う方々からも「まだお若いですか?」と言われます。

実は犬を飼って大きく環境が変化したことの一つに、社会とのコミュニケーションがあります。私は家を出てから大阪と横浜で十数年一人暮らしをしてきましたが、実のところ同じマンションの住人や近所の人とは挨拶以上の会話を交わしたことがありませんでした(とは言え、大阪だとお店や路上で突発的に話しかけられたりするのでやや例外です)が、生後半年近くなり、愛犬を散歩に連れて行くようになって知らない人との会話が劇的に増えました。

犬は基本的に散歩が必要な生き物です。これは運動と社会適応という二つの面があり、後者は人間社会で発生する様々な物音や他の人、犬、その他の生き物などに慣らしていくトレーニングでもあり、犬自身の好奇心を満たしていく行為でもあります。また、大型犬の場合は家でトイレをしない子も多く、排泄のために外に連れ出さなければならないという一面もあるようです。

と、いうわけで犬を飼っているほぼ毎日犬を連れて外出することになります。そうなるとまず発生するのはまず愛犬と他のお散歩中の犬との交流です。犬がどんな子との交流を好むかは個性によります。例えばうちの子は自分と同じくらいかそれ以下の大きさの、あまり若くない子との交流が好きなようです。犬によっては大きさを全く気にせずむしろ大きな犬にじゃれつく、同性がダメ、異性がダメなど色々なパターンがあります。向こうは興味持っているけどこっちがダメ、こっちは交流したいけど向こうがダメ、機嫌によって交流できたりできなかったりと色々なパターンがあります。人間と同じかもしれません。

当然ですが犬同士が接近すると、飼い主同士でも挨拶をします。そこからお互いの犬の話になり、情報交換をするというようなことも出てきます。犬の散歩はたいてい近所でしていますし、生活ペースに合った時間帯に出ていますから、一度出会う人とは何度も出会う事が多いです。こうして少しずつ近所に知った顔が増えていくわけですね。また、愛犬が近所の人や子供にじゃれついてしばらく可愛がってもらったりする、というケースもあります。逆に以前は犬を飼っていたという方が声をかけてくれることもあります。

SNSやフィクションなんかではこういう近所のコミュニケーションで根掘り葉掘り聞かれて怖い、みたいなシチュエーションを見るので最初はそういうものを恐れていたりしたのですが、飼い始めて一年、そういう人とは出会った事がありません。たいていの場合、自分も詮索されたくないし、仮にあまりコミュニケーションを取りたくない人がいたらそういう人との交流は避け、そういう人がいるという情報が緩やかに共有されていくのではないかと想像しています。

小さなお子さんがいらっしゃる家庭などでは子供を通じていろんな方と交流する、みたいな事は当たり前かもしれませんが、犬のように将来社会の一員となる存在でなくとも、このように個人と社会との関わり方を大幅に増やしてくれます。現代の日本において犬を飼うというのはなかなか環境的ハードルが高いですが、今後これを例えばAIやロボットがとり持つということもあり得るのではないかと思います。

例えば以下に私が実際にデモを体験した研究を一つご紹介します。

岩崎克哉, 真弓凌輔, 長谷川孔明, 岡田美智男: 〈ポケボー〉でGO! ボクの胸キュンはどこ?, 情報処理学会エンタテインメントコンピューティングシンポジウム(EC2019)論文集, pp. 416- 418(2019/20-22,九州大学).(PDF

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▲ポケボー(引用元

ポケボーは胸ポケットに入ってしまう小さなロボットです。これ自体は自律的に動いているわけでなく、持ち主の視線に応じて一緒にキョロキョロしてくれます。私自身、散歩をしていて経験がありますが普段歩いているときはあまり人の方や関わりのないお店などをじろじろ見る事はありません、しかし愛犬が興味を持って見ているものはあまり気にする事なく一緒に見る事ができます。
ポケボーのはあくまで自分が見ているものを一緒に見てくれるに過ぎないのですが、使ってみると不思議な心強さがあり、キョロキョロすることに対するためらい、精神的な負担が軽減されると感じられます。

現在、SiriやGoogle Assistantのようなパーソナルアシスタントは持ち主と一対一の関係を築いていますが、例えばSiriが他人のiPhoneと会話を始める、みたいな事が起きると犬を飼っている人と同様に他人とのゆるいコミュニケーションが始まるかも知れません。もちろんそうした機能が実現された時には、同時にそうしないための設定、話しかけられないための設定、みたいなものも必要ですね。

また、将来的に誰もがARグラスを装着し視界に情報社会のサポートを受けられるような時代が来ると、パーソナルアシスタントもスマートフォンの中だけでなく空間に見た目を伴って出現するようになるかも知れません。こうなると、犬を連れている人、子供を連れている人が体験していたような連れているものを媒介に発生するコミュニケーションを誰もが体験するようになるかも知れません。

さて、犬や子供を連れていて発生するコミュニケーションの良いところは社会的に許容されており、ある程度の常識を守れば連れて歩くことに抵抗がない、ということです。対してポケットにロボットを入れて歩くのは少々抵抗がありますね。安価なARグラスが多少普及しても同様に、つけて歩くにはやはり少しためらってしまうかも知れません。

我々は消極性研究の中でちょっと変わったシステムを提案したり、何かハードウェアを作って解決してみたりということを試みていますが、そもそも消極的な人というのは風変わりな手法で何かをする、というのは好まないでしょうから、実際に社会の中でできることには限りがあります。
しかし、20年前には誰も現在のスマートフォンの普及など予測していなかったように、今後何がどのように普及していくか、ということはなかなか読めません。一見突飛に見えるシステムやデバイスも、将来は当たり前になっているかも知れません。
我々は常に、新しい技術や社会現象が消極的な人々を圧迫しないか気にして生きています。そして、そういうものが出てきた時の対抗手段として、様々な研究を取り揃えてい流のです。

ちょっとおかしな消極性研究が出てきたとしても、それはもしかすると10年後に想像もしなかった状況で誰かにためになるかも知れない、と暖かく見守ってもらえれば幸いです。

(了)

▼プロフィール
簗瀨洋平(やなせ・ようへい)
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社/プロダクト・エバンジェリスト。東京大学先端科学技術研究センター/客員研究員。1995年より17年間ゲーム開発に従事し「ワンダと巨像」「魔人と失われた王国」などの作品に携わる。2012年より研究職に転身。2017年、無限に歩けるVRシステム「Unlimited Corridor」で文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門優秀賞を受賞。消極性研究会ではモチベーションに関わるシステムを担当。


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