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対面は最高の体験だろうか?接客レス時代のデザイン | 渡邊恵太・消極性研究会 SIGSHY

消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は渡邊恵太さんの寄稿です。宅配ボックスやセルフレジなど、最近増えている人と対面せずにサービスを利用する仕組みについて、その体験としての可能性を考察します。

『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』
第16回 対面は最高の体験だろうか?接客レス時代のデザイン(渡邊恵太・消極性研究会 SIGSHY)

今回の担当は明治大学の渡邊恵太です。

新型コロナウィルスの影響で対面や集合にリスクがある状況になってしまいました。あらゆるイベントや活動が休止状態になり、リモートワークやWeb技術を利用しての仕事やイベント開催が積極的に行われています。さて今回はそれに合わせたわけではないのですが、人を通じた接客やコミュニケーションを少し考え直してみようというものです。不完全なデジタル技術やソフトウェアの時代では対面、face to faceが最高!という意識がありましたが、それは本当だろうか?と問います。そこで、セルフレジ、無人店舗、宅配ボックス、LINEスタンプを題材に「一見消極的に見える方法が、対面以上に都合のよく計らいのある世界を作ってるのではなか?」というお話をしたいと思います。

一般レジが空いていてもセルフレジへ行く?

人口減少とテクノロジーの発展が相まって、接客サービスの無人化に注目が集まっています。たとえば、身近ではコンビニやスーパーではセルフレジ、ガソリンスタンドでもセルフ給油を導入しています。ユニクロでもセルフレジが導入されています。私の職場の近くのローソンではセルフレジが3台あります。私はセルフレジをよく利用しています。このセルフレジは数年前からあったのですが、最初利用客はまばらでしたが、現在ではセルフレジ側にも客が並ぶようになりセルフレジという方法は一般化しつつあるように感じます。

私自身もやるのですが、一般レジが空いていてもセルフレジを利用する人も出てきています。ここに消極性デザインがあると思います。私の場合、まず「ポイントカードはお持ちでしょうか」と聞かれたり人とやりとりするのが少し億劫なことがあります。さらに接客する店員がもし態度が悪い場合、私が不愉快な気持ちになる可能性があり、そのリスクを回避したいという意識が働きます。他にも買った商品を触られたくない衛生的な気持ち、買ったものと私が紐付いてしまう視線的なものなどが「買う」という行為には含まれています。その点セルフレジは、人に比べれば、毎回同じ挙動をしますし、何を買ったかはシステムは知り得ても誰が何を買ったかの情報は店員は直接体験しません。

またセルフレジ機器自体の設計が以前に比べてより良いものができるようになった状況もあるでしょう。画面は大きく、UIも比較的わかりやすく、バーコードもすぐ認識します。昔々のATMのような反応の悪さや単色の画面みたいなものではなく、ユーザーフレンドリー設計が意識されたフルカラーのものです。ユーザーインターフェース(UI)に改善の余地はたくさんありますが、異常に使いにくいわけではないということがとても大事なことです。

これらの状況が、べつにセルフレジでもいい、何ならセルフレジのほうがいい。という意識を作ります。そしてよくよく振り返ってみると「そもそもなぜ人が接客する必要があったのか?」という状態へ進もうとしているのが現代でしょう。こうした新しい方法が生まれ発展したことで対面以外の方法が選択できるようになると、対面がもっとも素晴らしいコミュニケーションとは限らない状況が訪れています。

セルフレジは人間性に欠ける?

一方でこうしたセルフレジは、人間性に欠ける、冷たいといったネガティブな印象でサービスの低下を指摘する人もいます。これは当然で、まず、やり方が変わるわけですから反発はあるでしょう。また機械を相手にするわけですから、「わからない」ときに、そのわからなさは自分が悪いという自分を責める方向になりがちです。機器のUIがある程度ユーザーフレンドリーであっても、日常的にPC、WebやスマホなどのUI自体に触れることが少ない人にとっては、そのロジックは通用しません。人による接客であれば、「わからない」ときは、そのまま聞く対話方法が成り立ちます。現在セルフレジを大規模に導入している店舗ではセルフレジエリアに店員を配備しその方法を教えたり質問に答えたりすることでセルフレジ+説明員のハイブリット式を採用していることが多いようです。

こうした移行期的な問題はあるものの、人口減少している点と、デジタル化が進む点が後押ししてセルフレジはさらに進むことになるでしょう。そしてセルフレジのインタラクション、UIがさらに洗練されることになると思います。そしてなによりこの方法によって、人の消極的な性質、つまり「人が接客しないほうが良い体験」になる場合があることを顕在化させたのです。こうした一見消極的な性質をうまく利用することで、より良い店頭の体験につながるかもしれません。

セルフレジのその先へ

また、マクドナルドやスターバックスはモバイルオーダーを採用しはじめています。モバイルオーダーとは自分のスマートフォンで注文や決済まで事前済ませ、店頭では受け取るだけのスマホを活用したサービスです。セルフレジどころか決済端末も自分の持つスマートフォンになり「セルフ」という印象すらなくなります。店員に話しかけてオーダーしなくなるという点では、人による接客がなくなっているわけですが、これはもはや便利な新しいサービスと感じられるものになるでしょう。さらにアメリカではアマゾンが実験的なリアル店舗を出しています。それはセルフレジさえない店舗で、商品を手に取って店を出ればチェックアウトされる仕組みを持つ店舗です。ここまでくると、人間らしさとかそういう次元を超えてきます。むしろ野性的といいましょうか(笑)買い物というより、「木になる果物や動物を穫る」に近いかもしれません。

人と触れ合うことを前提にしないことで、まったく新しい意味での接客を実現しつつ、人件費のコストをUIデザインや自動チェックアウトの仕組み開発に回すことで、スケールのしやすい新しい店舗の実現可能性が生まれるのです。

宅配ボックスという無人化インタフェース

こうした人が関わらない接客へのニーズは他でも生まれています。それは宅配です。

これまで宅配物を受け取るためには、家に居る必要がありました。しかし、インターネットのAmazonや楽天などのECサイトの普及で宅配が増えるようになると、家に居る時間に宅配物を受け取れないことも多くなりました。その結果、再配達通知がポストに入いることになるわけですが、再配達依頼の日程調整、面倒臭いですよね。そして、それはもちろん配達する側も同じです。この問題を解決すべく、宅配ボックスが登場しました。最近のマンションなどの集合住宅ではエントランスに宅配ボックスを設置していることが多くなってきています。また戸建て住宅でも宅配ボックスを設置する事例もでてきています。宅配ボックスによって、留守中に宅配があった場合でも宅配業者はそのボックスに荷物にパスワードを掛けて入れ、宅配ボックスに入れたことを知らせる通知カードをポストにいれ、受取者は通知カードに書かれたボックス番号とパスワードを使って宅配ボックスから自分の荷物を取り出せるというシステムです。これによって、宅配ボックスに空きがあり、宅配ボックスに入るサイズの荷物であれば、常に荷物を受け取れるわけです。配達業者も、再配達せずに済み業務効率が高まりますし、受取る側も宅配ボックスを開けるだけですので、宅配荷物の受取りがスムースになるわけです。

この宅配ボックスですが、大変便利なものであることがわかりますが、実は他にも意味があるようなのです。この記事をみてください。

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「対面せずに荷物を受け取れる点」への評価です。記事の中には「インターホンを鳴らさずに宅配ボックスに荷物をいれておいてほしい」という回答があることがわかります。これは本来の留守中に対する宅配ボックスの役割とは違っています。対面したくないわけです。これはいくつか理由があると思います。まずはセキュリティという意味において、自宅に見知らぬ人をドアを開けて受け入れることへの抵抗があるため、ドアを開けずして荷物を受取る方法として優れているといえます。またどんな人物がそこに住んでいるのかを特定されずに済みます。次にインターホンを鳴らされることによって、仕事や趣味などの活動を中断することになる問題です。現状はインターホンを鳴らして居ない場合に宅配ボックスへ入れることになるわけですが、将来的には荷物の配達はインターホン鳴らさないということが一般化することもありえるでしょう。

このように、ここでも「対面」という接客方法はネガティブに捉えられています。宅配ボックスに入れることが「人間らしさの欠落」でしょうか? セルフレジと同じように、人の消極的な性質、つまり「人が接客しないほうが良い体験」を作り出してしまった事例といえるでしょう。

総じて、宅配ボックスは、利便性と安心を与えていると思います。そして宅配ボックスはインタフェースという意味でも興味深いものです。これまでECサイト、宅配業者、受取人という3者の関係がありましたが、宅配ボックスによってユーザーからは宅配業者は透明化し、Amazonでポチると家のボックスに商品が入っている新たなインタフェースとなっているのです。

絵文字を使うのは、文字では感情表現が困難だからでしょうか?

メール時代から絵文字の文化が育まれてきました。近年ではLINE登場以来、絵文字は大きくなりスタンプとしてショートメッセージやSNSでのコミュニケーションとして多様されています。絵文字を使う理由は、文章だけでは固くなったり、今の感情を伝えにくいからだという理由をよく耳にします。対面状況では「表情や声のトーンなどで感情が伝わるので、それを補うために絵文字を使うんだ」と。これは確かにそういう面もあり納得するところはあります。この視点は、face to faceが理想でリアルに会って話すことができないゆえの工夫といったところでしょうか。しかしそれだけでしょうか? 絵文字やスタンプはそれを使うこと自体楽しいこともあるわけですが、実は消極的な理由がないでしょうか?

私たちの感情は気持ちの伝達はface to faceであると、伝わりやすいのは事実ですが、実は伝わりすぎてしまうことはないでしょうか? たとえば、友人から誕生日や旅行でプレゼントやお土産をもらうことを考えてみてください。もらったプレゼントやお土産がいまいちだった場合、「エーウレシイ。アリガトウ!」って言いながら顔はそんなに笑ってないなんていうことありませんか。逆に渡したときも「この人そんなに喜んでいないな」ってすぐにわかってしまうなんてことありますよね。

感情はときには伝わったほうがいい場合もありますが、複雑な社会、多くの人と交流をする社会ですから必ずしも感情が伝わることは都合がいい時ばかりではないということです。感情は人間らしさかもしれませんが、ネガティブな感情を抑えながらも感謝を伝えたいという理性が働くこともまた人間らしさです。

face to faceを理想におくと、ネット上のコミュニケーションには感情が欠落しているのが問題だ、だから付加しようという話になりがちです。でも実は、face to faceだからといって、人は感情を丸出しにしたいのではなく、どちらかといえば、感情をできるだけ制御したい存在といえます。

感情伝達より感情を制御したい

LINEスタンプに戻って考えてみましょう。LINEのスタンプは、もし微妙なお土産やプレゼンが宅配などで送られてきても、「エーウレシイ。アリガトウ!」といながら、\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/というように、最高に喜びを表現するスタンプや絵文字を連打すれば、喜んでもらえている感情の伝達ができてしまいます。つまり感情のコントロールがスタンプを通じて行えるのです。これは消極的な発想かもしれませんが、人間関係の成立にはとても大事なことです。つまり、私たちは感情を伝達するというよりも感情制御、感情のマネジメントしたいのです。そういう点から考えると、face to faceのコミュニケーション方法はその制御が失敗する可能性を秘めていますから脆弱性、欠点があります。逆にLINEのほうがむしろリッチで高度なコミュニケーション方法とも言えるでしょう。

このようにネットのコミュニケーションは実世界のコミュニケーションより劣っている、実世界が理想であると考えがちですが、もはやネット上のコミュニケーションのほうがスピード的にも、感情的にもよりリッチなものになっている可能性があるのです。

まとめ:SHY is beautiful 人と人が直接は接しない消極的な新しいおもてなし、美しさ。

セルフレジにはじまり無人店舗、宅配ボックス、LINEスタンプ、どれも人と人が直接しない世界です。しかしだからといって、無機質で詰まらないネガティブな世界ではないということです。これらは新たなコミュニケーション方法であり、そこには戦略的で新たな人間性の高度な駆け引き、設計、計らいがあるのです。いわば新しい「おもてなし」なのです。人を介さずとも間接的成立する、出しゃばらず、人は直接見えないけれど、心地よく使える体験というような美しさみたいなものがあるといえます。特に日本は昔よりこういう方法や文化を知っているとも思います。そういった美しさを今再考し、テクノロジーとともにインタラクションデザインとして取り込むべきときが訪れるのだと思います。

(了)

▼プロフィール
渡邊恵太(わたなべ・けいた)

明治大学 総合数理学部先端メディアサイエンス学科 准教授。博士(政策・メディア)(慶應義塾大学)。シードルインタラクションデザイン株式会社代表取締役社長。知覚や身体性を活かしたインターフェイスデザインやネットを前提としたインタラクション手法を研究開発。近著に『融けるデザイン ハードxソフトxネットの時代の新たな設計論』(BNN新社、2015)。『消極性デザイン宣言』(BNN新社、2016)などがある。


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