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【小説】夜に編ム 1.赤い目-3

 ドアを開ける。三人で暮らすには手狭な2DK。シンシアは両手にスーパーを2軒ハシゴして手に入れた食材が入ったビニール袋をぶら下げている。
「ただいまー」
 静寂。どうやらまだ誰も帰ってきていないらしい。シンシアはエアフォース1のハイカットを玄関に脱ぎ捨て、キッチンに立つとまずタバコに火をつけた。咥えタバコのまま買ってきた食材を冷蔵庫につめる。
「ただいまー」
 妹が帰ってくる。彼女は高校受験を控えた、現役中学生だ。
「おかえり。試験、どうだった?」
「聞くー? それ」
 カバンをイスに置いて着替えはじめた。
「ごはん何ー?」
「生姜焼き」
「お、いいね」
 弟が帰ってきていた。まだ中一の、サッカー部員。
「ボール見つかった?」
「いや」
「誰かが基地内に飛ばしちゃったんじゃない」
 そう言って妹は笑う。シンシアは笑わなかった。誕生日にあげたボールが、高かったからだ。妹がDVDを見出す。塾までのひととき、シンシアは何も言わず、キッチンで玉の汗をかいている。
 1時間。されど1時間。この忙しい家族の団欒は夕はんどきしかない。シンシアは夜の仕事で、子どもたちは勉強に部活に忙しい。自分が送ってきた人生をダブらせて、シンシアは青春真っ盛りだ。それもそう。彼女はまだ二十代なのだから。
 料理が完成する。大盛りのキャベツにドレッシングがかかっただけのサラダと生姜焼き。ごはんはすこし硬めがシンシアの好みだ。
「「「いただきまーす」」」
 シンシアは『麦選り』という発泡酒を開ける。箸がかちゃかちゃいう。ニュースでは明日春一番が吹き、相当体感気温は低そうだと言っている。
――寒緋桜も散るな。
 別に、特別思い入れはないけど。シンシアは明後日受験の妹を送り出し、化粧を始めた。肌荒れてるなあ。アイラインを長く引くのが彼女のクセだ。化粧が終わると、追加でもう一本ビールを開けた。ともかくガールズバーとは、呑まなきゃやってられない職業なのである。
「じゃ、行ってくるから。洗濯物回しといて」
「うい」
「行ってきます」
 夜のすずらん通りは凍てつくような寒さだった。確かに、いつもより風が強いな。シンシアは【深夜喫茶 井口】の前を通った。すると、そこには見知った顔。シンシアは店に飛び込んだ。
「エヴァ!」
「あ」
 エバの座るテーブル席。待ちあわせの人物は来ていないみたいだ。シンシアは正面に滑り込んだ。
「エヴァひっさしぶりじゃーん。元気?」
「……うん、まあ元気、かな?」
「死神博士?」
「うん」
「あちゃーあたし今から仕事なんだよねー」
「後でラインする」
「絶対ね」
 シンシアは壁掛け時計を見た。もう出勤時間だ。慌てて、店内を後にする。エヴァの元に、抹茶ラテが運ばれてきた。湯気がただ、エヴァの赤メガネを曇らせた。窓の外、遠くのビルの屋上で、イタチが踊っていた。


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