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青い炎【小説】第六話

 かつきが目を覚ます。そこはヨシの部屋だった。ようやく昨日のことを思い出す。広夢に言われたからではないが、すこし横になろうとして、疲れからすっかり眠ってしまっていたのだ。となりではヨシが静かに寝息をたてている。かつきはそっと部屋を出た。
「おはよう。かつきちゃん」
「おはようございます。シャワー、浴びますね」
 朝食をつくっている香織の横をすりぬけ、昨日風呂に入っていなかったかつきは、朝シャンしようと浴室へむかった。
 洗面所で着替えていると、鏡に自分が映った背中を見る。もちろん鬼の刺青などない。なんとなく安心したかつきはシャワーを浴び、香織のつくった朝食を食べて家を出た。
「おはよう。今日も暑いなー」
「おはよう。かつき」
 広夢が珍しく早めに来ている。そこにはあや子もいた。三人は並んで歩いた。口数は少ない。
「そーいや明後日、台風くるんだってな」
「あー。そうだね。明日から船、停まる?」
「うん。今日であらかた片づけなくちゃいけないから、大変だ。あや子も、対策ちゃんとしとけよー」
 学校に着くと校門に担任のゴリ松がいた。
「お前ら三人、生徒指導室に来い!」
 三人は驚いたが、目配せでわかった。昨日のことだろうと。ゴリ松について生徒指導室に入る。すると、つくえには広夢が持ってきたバケツがあった。あちゃー、と広夢は心の中でつぶやいた。
「昨日、立ち入り禁止区域にはいったやつがいる。まず広夢、お前だな? 証拠もある」
「はい」
「あと数人いたそうだが、お前らふたりか?」
「違います」
 かつきが毅然とした態度で答える。
「中学生くらいだったと、現場のひとは言ってたぞ」
「見間違いですよ。おれたち行ってないですもん」
 ゴリ松がかつきをにらむ、あや子は視線を泳がせているが、なにも言わなかった。
「よし! なら信じよう。広夢、お前は放課後居残りで反省文だ」
 はーい。三人は教室を出ると、微笑みあった。広夢のマヌケさとかつきの男らしさに、あや子は敬服する。
「と、いうことで。おれは台風対策とゴリ松対策でいそがしいみたいだから、今日はふたりでゴンドウにエサやっといてくれ。魚はシケモクでもらって、森さんにいれてもらって」
「わかった」
「かつきはわかると思うけど、中入ったら東海岸のほうから、見つからないように遠回りしてな」
 広夢はグッと手を出してみせた。あや子も真似をする。何気ない日常。かつきにはいとおしかった。
 
「おじさん。いつものふたつ」
 シケモクに着くと、かつきはマスターに声をかけた。マスターは焦らない。ゆっくりとした動作でコーヒーをいれる。
「広夢から電話があった。あいつ、見つかったんだってな」
「あ、うん」
「行くときにまた声をかけてくれ、魚を持たそう」
 そうしてふたりは放課後のお茶。というよくある女子会になった。とにかくふたりはゴリ松に因縁をつけて喋った。楽しい時間は過ぎるのも早い。
「ほら、魚だ」
 午後五時。すこし太陽が傾いてきたころ。ふたりは魚を受けとって海を目指した。
「ちょっと待って、誰かいる」
あや子がちいさい声でかつきに言う。神経が過敏になったふたりは、茂みに隠れた。ぽきっ。あや子がローファーで木の枝を踏んでしまう。灯台のしたにいる人影がふり返った。
「なんだー。森さんじゃん」
「……またお前たちか」
「釣れてますか?」
 森は岬から海に糸を垂らしている。海釣りなんてあや子ははじめて見る。森は静かに応えた。
「いや。まだ」
「ボウズなの?」
「釣れるのはこれからだ。海の呼吸が言っている」
 ぽかんとした顔がふたつ。森は静かになったふたりに、不思議そうな顔をして振り返った。
「広夢みたいなこと言ってる」
「……あいつはこの島で一番海の呼吸が聴こえる男だ。まあ、まだ子どもだが、いっぱしの海の男だ。すこし前にも、そんなやつがいたんだがな」
「呼吸、ですか?」
 あや子が問いかける。
「ああ、この地球の七〇パーセントは海だ」
「はい」
「ひとのからだもそれぐらいの割合で水分なのはわかるな?」
「理科でやったよ」
 かつきが岩場に腰を下ろす。
「地球がひとつの生命体の集合なら、おれたちは細胞ってことになる。だからおれたちは生命にあふれる海にも呼吸があると考えている」
「変な宗教みてー」
 ふっ。声に出さずに森は笑った。それは決して嘲笑ではなかった。
「ま、いいや。森さん。入るよ」
「……好きにしろ。あと、今の宗教じみた考えを持つジジイのひとり言だが、昨日不法侵入した三人のうち、ふたりが見つかっていないらしい。基地建設なんて馬鹿げたことをやっているやつらも真性のバカではない。今日は東海岸からやってくるだろうと網を張っている。侵入者が裏の裏をかいて西海岸からいくことは気づいていないようだ」
 かつきは目を丸くする。
「ありがとうございます」
 あや子が頭をさげた。ふたりは広夢と一緒だったら捕まってたなーと言いながら、西海岸をつたい、フェンスを抜けた。森の竿がしなる。
 渚に、黒い影。ゴンドウだった。ふたりは餌をやりながら話した。
「この子、群れからはぐれて、ひとりぼっちなんだよね」
 あや子が言う。それは東京から田舎に引っ越してきて、まだなじみも仲間もいない、そんなふうにかつきには聞こえた。
「じゃあ、おれもいっしょだ。この島の群れからはぐれてしまった、<鬼>なんだから」
「でも、かつきはひとりじゃないじゃん」
 かつきはすこし考えた。
「じゃあ、あや子もひとりじゃないよな?」
 あや子はふふっと笑って、優しい目でかつきに微笑んだ。
「ありがと」
 キュイッとゴンドウが鳴き声をあげた。渚にあや子が書いた意味のない文字は波に消えた。

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