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【小説】夜を編ム 1.赤い目-4

 猫じゃらし。旧古民家を改造して造られた、タトゥーショップ。鉢では高値の金魚が泳ぎ、掛け軸には陰翳礼讃の文字。琉球畳の敷き詰められた店内には、漆器のような色の赤いパーテーションがあり、施術台は2つしかない。ジャンクじゃなく、“高級感”を売りにしたスタジオだ。
 生あくびをしながら、またたびは受付で客を待っていた。すると、すりガラスのドアがひらき、客が入ってきた。黒いシャツに黒いデニム。団子状にまとめられた長い髪にーーひときわ目をひく赤い目。絶世の美女だが、只者ではない雰囲気。
「優紀さん!」
「客としてくるのは久しぶりね」
 【深夜喫茶 井口】のオーナー、井口優紀であった。
「今日は客ですか」
「ええ」
「店は?」
「月曜日は定休日よ」
 そっか、そうっすよね。またたびは後頭部をかきながら、施術室へ優紀を招いた。
「――で、どうするっすか?」
「今日はすぐ彫りたい気分なの」
「フリーハンドっすか?」
「ええ。やっぱり和柄ね。右の脇腹あたりに麻の葉紋を」
 またたびが握り拳を出す。
「これくらいっすか?」
「それを、広げた感じ」
「結構時間かかるっすよ?」
「どうぞ」
 優紀は意味深に笑った。またたびは底の無い深さにすこし恐怖を感じた。
「じゃ、脱いでもらって台に」
 黒いワンピースを優紀は脱いだ。背中に般若の面。黒と赤の牡丹。右腕いっぱいに雲と竜。どこからどう控えめに言っても「極道の女」だ。
「般若、ホワイトが出てきていい感じっすね」
「そう? よかった」
 顔料と精製水を混ぜる。針を変えたリアスティックにインクを吸い込ませて、輪ゴムで縛り、またたびは医療用のゴム手袋をはめた。
「てか姉さん目え真っ赤っすけど」
「だからきたのよ」
「……どMっすね。お願いします」
「はい」
 針が皮膚を食い潰し、そこに溶けた鉄が流れる。痛みは半端なものではないが、それが優紀には一種のエクスタシーすら感じさせる。
「どうっすか? 若い情熱は」
「そうね。そろそろ教えてあげようかしら」
「巻きこむ感じっすか?」
「ええ」
 優紀はさらりと言ってのける。
「優紀さんが、“普天間カナデ”の正体だって知ったら腰抜かしますよ」
 普天間カナデ。沖縄芸術の大物作家だ。その活動は多岐に渡り、暗黒舞踏などのネオ・ダダの舞台の演出から、映画の監督まで幅広くやっている。しかし、それはどれもアナーキーなものであり、普段店に出ている優紀からは想像できないだろう。
「闇を隠すなら夜が一番よ」
 そう言って優紀は嗤った。またたびの背中を寒いものが通り過ぎた。


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