コザの夜に抱かれて 第10話

 大晦日の朝、みゆきのもとに一件の着信が入った。ディスプレイの表示を見て、みゆきは五秒くらい考えたが、出ることにした。
「はい。○○です」
「あ。○○? あんた、今年の正月も帰ってこないの?」
 みゆきの祖母からだった。祖母は、彼女がどんな仕事をしているのかを、当然知らない。
「すいません。明日も仕事なので」
「今日は?」 
「休みです」
「じゃあ今日でいいから来ないと! みんな集まるからね! 必ずだからね!」
 プツッ
 それだけ言うと、みゆきの携帯は黙った。
「しかたないですね」
 みゆきは風呂に入って着替えた。それからバスで店の近くの花屋で、ちいさなカゴに入った花を買った。彼女の祖母が、花が好きだからだ。
寒波が来ているせいで、バス停で本を読もうとすると、冷たい風が日焼けた古本のページをぱらぱらとめくった。しおりが飛んでいく。みゆきはどこまで読んだかと、八十ページあたりをめくってみたが、探せないうちにバスが来た。中には何人かのサッカー少年がいた。だれもかれも大げさな荷物をしょっている。みゆきは一番前のオレンジのシートに座った。
 彼女の実家は、実はそれほど遠くはない。同じ沖縄の中頭郡の村にある。何年かぶりに家を見たみゆきは、中に入る前に、玄関先をうろうろした。
「リフォームしたとは聞いていましたが」
 その新しい白塗りの壁を見てみゆきは言った。
「綺麗すぎて、気持ち悪いですね」
 インターフォンを鳴らす。すると、元気な声がたくさん飛んできてドアが開いた。
「○○姉ちゃん!」
「ほんとだ! ○○ねーねーだ!」
 たくさんの、みゆきとは歳のすこし離れた、いとこたちだった。
「早く早く」
「お邪魔します」
 子どもたちに手を引かれ、どったんばったんいいながら、みゆきは久しぶりに祖母と対面した。みゆきが知っている祖母より白髪が増え、しわも多かった。それをすこしだけくしゃっとして、台所をみゆきの妹に任せて、彼女を迎えた。
「おばあちゃん。ごぶさたしております」
「あんたちょっと、やせたんじゃない? 食べてるね?」
「まあ、それなりには」
「相変わらず他人行儀だね。家族なんだから、もっと楽に喋りなさい。今イカ汁つくってるからね。たくさん食べなさいよ」
「はい。おばあちゃん、これ」
 みゆきは手に持っていた花を差し出した。祖母が目を細める。
「じょーとーだから、玄関にかざっておこうね。だあ、お母さんにうーとーとーしなさい」
「はい」
 みゆきは仏壇の前で手を合わせた。後ろでは、みゆきと遊ぶことを楽しみにしている子どもたちが、今か今かと待っている。その視線を感じたみゆきは、適当に祈ると、子どもたちに振りかえった。
「なにして遊びますか?」
「かるた!」
「トランプ!」
「はいはい。じゃ、かるたからやりましょうね」
 しばらく子どもたちと遊んでいると、日が傾いてきた。みゆきは久しぶりに橙色の太陽が沈むのが見たくて、二階の祖母の部屋のベランダでタバコを吸っていた。西海岸の海を眺めながら、街の情景に目をやった。耳も傾けた。郵便配達のバイクの色。道端で携帯ゲームに熱くなる子どもたちの声。部活帰りの学生がボールを地面に叩きつける音。すべてが今この時を生きていた。
「綺麗ですねー。でも」
 日が沈んだ。空がだんだん紫ががって、夜を呼び寄せる。魑魅魍魎の、動き出す時間。
「この空の方ががいいんですよねー」
 すると、からからと引き戸の開く音がした。みゆきはふりかえった。
「元気くん。どうしましたか?」
 そこには、みゆきの妹の子ども、小学生の元気という少年がいた。みゆきは膝をおって、視線を合わせようとした。しかし、元気はそわそわして、みゆきの方をちらちら見るが、視線を合わせようとはしない。
「なにか、用ですか?」
 すると、元気は突然大きな声で下を向きながら言った。
「チュ、チューしたい!」
 みさきは一瞬目を丸くした。元気の耳はもう火のように真っ赤だ。しばらくみゆきは考えた。祖母が嫁入り道具としてもってきた、アンティークの古時計が、カチカチと時の経過を告げている。みゆきは考え抜いた末に、元気の肩に手を乗せた。元気がようやくみゆきを見る。期待。不安。興奮。恐怖。それらが入り混じる表情。みゆきがすこし前に、本屋で見た少女の表情と同じだった。
 そして、みゆきは彼の頬にそっとキスをし、あっけにとられている彼のその開いた唇を人差し指で押さえて笑った。
「ここは、好きなひとができたときのために、とっておいてくださいね」
 すっと、放心状態の元気の横をすり抜け、みゆきはリビングに降りて行った。それからみゆきは祖母と妹と食卓を囲んだ。子どもたちは、テレビのある部屋で食事をとっていたので、ふたりはみゆきの仕事についてや結婚について、しつこく聞いてきた。みゆきはのらりくらりとかわしながら、イカ汁をのんで、歯がすこし黒くなった。

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