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【小説】夜に編ム 1.赤い目-6

  イタチは夜の街に踊っていた。生と死の境界で。彼女と現世をつなぐのはビルの10センチの端と手すりだけだ。しがらみを抜ければ、この世界にひとりになる。それを多くのひとは避ける。けれど、彼女はこの街のなににも縛られていない。それだけは確かだった。
 ガチャン。エレベーターが到着する音。博士かな? イタチは踊りをやめて。その赤いドアを期待半分に見つめる。
「ゆーき!」
 そこに現れたのは優紀だった。イタチははじめて優紀が自分に会いに来たので、うれしくて飛び上がった。そしてそのまま、手すりを越えて駆けてきた。
「イタチちゃん。久しぶり」
 手にはビニール袋。中には箱が入っていて、イタチの好きなショコラのケーキが入っている。
「どーした? なんで優紀?」
「一緒に、ケーキ食べようと思って」
 それは口実だが、イタチにはケーキの誘惑が強い。コカ・コーラの赤いベンチに腰掛ける。蓋を開けると。輝くショコラのケーキ。イタチはよだれがでそうなほど、口を開けてみている。
「はい」
「ありがとー!」
 月をバックに手づかみで、ケーキを食む。
「ねえ、イタチちゃん」
「ん?」
「舞台、出てみる?」
「舞台ってなーに?」
「そうね……大人の学芸会かな?」
 優紀は言っていて自分でもチープなたとえに苦笑する。
「イタが出ていーの?」
 生きる上で、疎外、迫害されてきた彼女には、その世界は自分の立ち入ってはいけない領域であるのだった。優紀は優しく微笑んだ。優紀にとってはイタチは生きる“奇跡”であり、強い魅力のある人物だったから。
「イタチちゃんにしかできない役があるの」
「? なんだろー」
 ふふ、と優紀は笑った。その顔は、井口優紀ではなく、舞台監督の、普天間カナデであった。
「博士も、シンシアも、エヴァも誘う予定よ」
「! 楽しそう!」
「ええ、きっと楽しいわ」
「イタもやりたい!」
「決まりね。乾杯しようか」
カナデは手を伸ばした。イタチが手をつなぐ。
「どこでー?」
「井口で、血のような赤ワインを」
 カナデは夜の月のように笑った。

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