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コザの夜に抱かれて 第8話

 ある日の休日。家からバスを一度乗りかえて、みゆきは県内でも有数の大型書店<ジュンク堂>に来ていた。まず、チェックするのは、新刊の小説。みんな、かわいい顔で自分を買ってくれるのを待っている。みゆきはさっと、自分の好きな作家の新刊をチェックした。しかし、一ページ目でこころをつかまれなかった作品は買わない彼女は、その場を離れた。
 次に見るのは、沖縄の県産本。ピンクの新しい小説が、平積みしてあった。<忘れられた傘の会>と言うタイトルだった。あまり分厚くはなかったので、速読のみゆきはさっと読んだ。そしてそれをかごに入れた。あとは琉球王朝時代の歴史の本などをジャケ買いして、帰ろうとした。
 すると、児童書のコーナーで絵本をとらずに、ただただ表紙を見つめている女の子がいた。字が読めるのだろうかというくらいの、まだ小学校には上がっていなさそうなおかっぱ頭の少女だった。みゆきは、なんとなく彼女が気になり、どんな本を読んでいるのかをそっと後ろからのぞき見た。<百万回生きた猫>である。みゆきの顔が笑顔になる。
「なつかしいですねー」
 みゆきはその女の子の横に、立った。少女はみゆきを一瞥したが、なにも言わず、本を見つめている。
「あ」
みゆきがその絵本を手にとると、少女ははじめて声を発した。その声はどこか理知的だった。みゆきは少女にも見えるように膝を折って、パラパラとページをめくる。少女は興味津々にそれをうしろから見ている。みゆきはその子に声をかけた。
「お父さん、お母さんは一緒じゃなんですか?」
「ひとりできた」
「ふーん。この本、ほしいの?」
 その女の子は、ちいさく首を縦に振った。
「買ってあげますよ。おいで」
 少女は文字通り目を丸くして驚いた。そして、みゆきから目をそらして言った。
「……しらないひとについていっちゃいけないって」
「わたしたち、もうしりあいでしょう? まあ、いいですよ。じゃあそこで待ってて下さい」
 そう言うと、みゆきはレジにむかった。はたから見れば、ほしい本を買ってやる若い母親と、その娘に見えるような状況だが、ふたりは今日はじめて会った赤の他人である。
 会計を済ませると、みゆきはこっそりついてきていた少女に振り返った。そしてしゃがんだ。目線を合わせると、少女は目をそらした。怖さ。不安。興味。期待。それが入り混じっている目だった。
「……もらえない」
「なんでです?」
「おかあさん、おこる」
 すると、みゆきはすこし微笑んで、女の子の耳に口を寄せた。ふわっとシャンプーの香りが漂った。
――このひと、いいにおい。
少女のこころが揺らぐ。みゆきはささやいた。
「どこかに隠したらいいんですよ。もし見つかったら、頭のおかしなおばちゃんがくれたって言えばだいじょうぶですよ。もらわなかったら、なにされるかわからなかったから、怖かったって言えば、たぶんなにも言えませんよ」
 少女はハッとなってみゆきを見た。驚き。葛藤。そんな表情。みゆきはまたすこし笑った。そして、少女に無理やり絵本を押しつけて、立ち上がった。
「じゃあ、もう行くので」
「――なまえ」
「……みゆき」
 みゆきの目は節穴じゃなかった。少女はやはり、その年齢にしては賢いのだ。
「上は?」
「ないんです」
 驚愕の表情を隠せない女の子の頭を軽く撫でて、みゆきは最後にこんな言葉を残して、場を去った。
「次会うことがあったら、感想、聞かせてくださいね」

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