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コザの夜に抱かれて 第9話

「岬さんは、静かに消えてしまう光と、止まったままの光、どちらが好きですか?」
「えーっと。太陽と蛍光灯、どちらが好きかってことっすか?」
「そうです」
「なんとも言えないですね」
「そうですか」
「みゆきさんはどっちなんですか?」
「わたしは、やはり静かに消えてしまう光が好きですね」
 屋上でタバコをふかしながらみゆきと岬はしゃべっていた。
「みゆきさーん。お客さんです」
 黒服が夜のとばりにあらわれ、みゆきに言った。
「はい。どなたですか?」
「良平さんです」
 みゆきはなにも言わずに岬を見た。良平という人物は岬をひいきにしていたからだ。
「なんでですかね?」
「さあ、良平さんの気まぐれじゃないっすか?」
「すいません。行ってきます」
 タバコをニコチン、タールで黒く濁った水のはいっているバケツにすて、みゆきは部屋を目指した。薄暗い、コンクリートの壁の廊下には、いつも通り、喘ぎ声や話し声、罵声が響いている。
「やっぱり、いいですね」
 ちいさなつぶやきを、呼吸するようにはいて、みゆきは今日の部屋に入った。中に入ると、廊下の色とは正反対な、どぎついピンクの壁紙と、オレンジに光る、ちいさい豆球が光っていた。いつも通り身支度して、部屋を整える。メガネは、カバンの中にしまった。
 コンコン。
 丁寧に部屋がノックされる。みゆきはドアを開けた。
「お久しぶりです。良平さん」
「よう! お久し!」
 ふざけた笑いを見せた、この良平という男は、顔に弾痕の刺青をいれている。髪型は、ワンブロックで、黒いかりあげが見えている。あとの髪は金色で、オールバックにしていて、その日は頭に黒いペイズリーのバンダナをしていた。
「シャワー、浴びましょうか」
「はいはい」
 みゆきが良平の服を脱がせてやる。腕、胸、腹、すべてに刺青が入っている。なにも言わす、みゆきは彼のからだを洗う。
「良平さんは、なんで背中には刺青いれてないんですか?」
「ああ。よく聞かれるんだけどさ、おれのからだにはいっている刺青は全部自分でいれたんだ。どうやっても背中は自分でいれられないだろう? だからだよ」
「彫り師さんでしたね」
「ああ。背中は絶対に師匠にって思ってたんだけど、おれが店を出す前に逝っちまった」
 みゆきはなにも言わなかった。良平はそれが心地いいと感じた。地面のタイルにうつる水滴は、幾何学模様のように、綺麗だった。
「みゆきさんは刺青、興味ないの?」
「そうですねー。いれるとすれば、<ハヂチ>ですかね」
 良平は目を丸くした。そして、くっくっと笑った。
「さすが渋いねー。でもハヂチは結婚の証だろ? 結婚すんの?」
「いえ。相手がいないので」
 ふーん。良平は背中の白い泡を流していたみゆきに振り返った。
「じゃ、おれと結婚するか」
 ふふ。みゆきは口だけで笑った。彼にはその目に寂しさが宿っているように見えた。
「考えておきますね」
「かー。 二連敗だぜ」
 そう言って良平は自嘲気味に笑った。そして、こんなことを言った。
「でもな、おれ結婚できねーの。忘れられないやつがいるんだ」
「――そうですか」
 短絡的にそう応えた彼女の頭に、声が響いた。『ぼくは、君を好きなままで消えていきたいんだ』。
「そんなことも、ありますよね」
 それからふたりはからだを重ねた。ふたりともなにか想いを振り切るように、行為にはげんだ。


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