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『おとうさんとぼく』 e.o.プラウエン 小学校の図書室で出会えた漫画

まん丸顔に立派なひげ、とっても子煩悩な”お父さん”と、
やんちゃだけど優しくて、とっても愛らしい小さな”ぼく”。
二人の何気ない日常をユーモアたっぷりに描いた作品『おとうさんとぼく』は、ドイツ人風刺画家e.o.プラウエンの8コマ漫画。
作中にはセリフがほとんどない。
にもかかわらず、読めば一瞬にして二人の会話が自然に聞こえてくる。


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親子の魅力にぐいぐい引き込まれて、134篇ものコマ漫画を一気に読み終えてしまう瞬間は、上質なサイレント映画を見た後のように、心地よい満足感に包まれる。

驚くことに、本作は、約90年前に新聞連載された「コマ漫画の古典」とも呼ばれるほど古い作品。
なのに今現在読んでも全く古びた感じがせず、むしろ今こそ、こんな”おとうさんとぼく”がいたらいいな、と親しみと愛おしさを覚える。

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本作との出会いは小学校の図書室だった。

活字への目覚めが二十歳という読書遅咲きの私にとって、小学校の”図書の時間”という授業は苦痛だった。それでもまだ低学年の時は、図鑑や絵本で凌げていたのだが、小学校4年生からは文庫を読むよう強制され、読まぬ本を手にじっと無言で過ごす数十分は苦行のようだった。それでもなんとか自分にも読めそうな本はないかと、棚の背表紙に目をこらしていたら、ディズニー映画でなじみのタイトルを見つけた。

思ったよりずっと活字が多くてがっかりしたが、挿絵の可愛さに没頭できて、しばらくはこの一冊が救いとなった。これを機に私は「岩波少年文庫」に"読めそう"という信頼を抱き、読書本はここから選ぶようになった。
そして、4冊目あたりであったろうか、私は出会った。

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全部ひらがなのタイトルに好感を持ち、手に取って本を開いた、あの瞬間の”緊張”をいまだに覚えている。
「ま、まんがだ!!」
当時、私の小学校では、学校に漫画を持ってくることはかなり厳しく禁止されていた。そのタブーである漫画が、こともあろうに図書室にあったのである。はたしてこれは読んでいいものなのだろうか・・・小心者だった私は、
とんでもなく緊張した。が、同時に、どうしようもなく心を奪われた。
先生からできるだけ遠い席を選んで、先生には絶対中身が見えないように気をつけて、私は『おとうさんとぼく』に没頭した。
遊び、笑い、食事をし、学校に行き、けんかをし、泣き、仲直りをし、クリスマスや正月を祝う、自分と同じような暮らしの中から、”おとうさんとぼく”が繰り広げる何もかもが可笑しくってしかたなかったし、でも同時に、ページのそこかしこから匂い立つヨーロッパの香りは敏感に掴んで大いに吸い込み、憧れを募らせた。
出会ってから小学校卒業までの約2年間の図書時間を、私は『おとうさんとぼく』で凌いだ。いや、凌ぐと書くには失礼なほど、はまりこんだ。
実際、図書時間以外の休み時間や放課後にも読んだし、借りたりもした。
級友がこの本の存在を知ってしまったら、みんなが借りて、なかなか読めなくなってしまうんじゃないかと心配もしたが、隠すまでもなく、作品自体が無名なのと、私には友達が少なく、いつも同じ本を読んでいると気づく子なんていなかったので、大いに独り占めできて幸せだった。
小学校を卒業してからは、読めなくなってかなり寂しい思いをしていた。「そうか、買えばいいんだ。」という、いたく当然のことを気づいたのは高校1年の時。以来、どんな時も手放さず、気づけば30年近く愛読している。

そして、私が『おとうさんとぼく』の秘密、といおうか、背景を知ったのは、活字読書に目覚めた二十歳過ぎだった。
『おとうさんとぼく』の巻末には、長い活字の解説が付いていたのだが、小中高と活字嫌いだった私は10年以上読むことがなかった。
そこには、作者プラウエン、本名エーリヒ・オーザーの人生が、二人の親友(二人の名前もエーリヒ!)との出来事と、当時のドイツの不気味な状況を軸に記されていた。彼が生きたのは1903〜1944年、第一次世界大戦から第二次世界大戦へ、ドイツがナチスに徐々に飲み込まれていく激動の時代。
和やかで温かくて、たまらなく愛おしい『おとうさんとぼく』が、漫画からは全く想像しえない辛く重い現実の中から生まれていたという事実は衝撃でしかなかった。が、知ることができて本当によかったと思った。と同時に、これまで全く背景を知ることなく、何千回と無邪気に『おとうさんとぼく』の愛と優しさ、笑いに屈託無く浸ることができてよかった、とも実感した。”おとうさんとぼく”の温もりに浸れば浸るほど、背景を知ったその瞬間、作品の持つ尊さが心に痛く強く沁み入ったからだ。

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解説には、親友の一人であり、『飛ぶ教室』や『エーミールと探偵たち』の作者として有名な、エーリヒ・ケストナーの悲痛なエッセイも併記されている。これらを読み終えると、『おとうさんとぼく』の最終話の二人の後ろ姿(扉写真)が、忘れ得ぬ絵として心に残る。
ただ、もしこれから初めて『おとうさんとぼく』を読む方には、どうか、こうした背景のことなどは気にせず、まずは二人が紡ぐ優しい笑いの世界に浸って欲しいと願ってしまう。

[追伸]
復刻版を見つけた時は、嬉しくて迷いもなく購入。
私が昔購入したものは全2巻の分冊だったが、復刻版は1冊に。
紙質が大きく違うものの、内容は数点違いがある程度。

また、これまでは世界中どこに引っ越す時でも携帯していた本作だが、今回の移住は荷物を最低限にする必要があり、初めて日本に置いていった。
が、先日あまりに恋しくなってしまって、ドイツ語版をKindleで購入。
セリフがないので、全く問題なし、ありがたい✨🙏


業務日報

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