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お月様の魔法

数日前の夜半、帰宅途中の夫から電話。
「お月様がまん丸で綺麗だよ~」
満月パワーを浴びようと、いそいそと屋上へ行き夜空を見上げた。が、どこ?どこ?
お月様がいな~い!
どうやら建設中のバカ高いビルの陰に隠れているらしい。あー、残念。
思えばここに住み始めた頃に見えた富士山も、いつの間にかマンションに遮られて見えなくなった。
反対側に見えていたマリンタワーも、ホテルの向こうに消えてしまった。夏は花火大会の特等席だった屋上なのに、マンションに邪魔されて、運が良ければ高~く上がった大玉の上半分が見えるくらい。景気の良い音だけが聞こえる始末。
30数年の間に、雨後のタケノコみたいにニョキニョキ建ったホテルやマンションのおかげで、こんなにも景色が変わってしまった。

ため息をつきつつ、変わったのは景色だけではないなぁと思う。
気がつけば夫も私も高齢者の仲間入り。
あとどれくらい同じ時を過ごせるのだろう。
せめて「幸齢者」でいられるように、愛を惜しまず、優しさを惜しまず、笑顔を惜しまず、寄り添い労りあって過ごしていきたい。
見えなかったお月様のおかげで、そんなことをしみじみと思った。

「見えないよ~」と夫に電話をしたら、写真を撮ってきてくれた。こういう優しさが嬉しい。
小さな画面の中の豆粒みたいなお月さまが、愛のパワーでダイアモンドより輝いてみえた。なんて。

梅雨。じめじめと鬱陶しい季節だけれど、プランター菜園の水やりは楽チンで助かる。
雨の翌日が真夏日だったりでプランターの子達は元気いっぱい。セリと三つ葉が満員電車みたいになって、ぎゅうぎゅう言っている。

セリも三つ葉も八百屋さんで買ったものの根っこを植えたもの。八百屋さんのオジサンに写真を見せたら「八百屋の敵だな」と笑っていた。

三つ葉はモヤシと茹でてごま和えに。セリもさっと茹でて刻んでご飯に混ぜて、鰹節とゴマを加えてお醤油を少々。ざっくりと混ぜたら「幸齢者」の胃に優しいセリご飯の出来上がり。
うんうんと夫の美味しい笑顔。
満腹満足幸福な時間を、こうして積み重ねていきたいと思う。

さて。
今日は朝の電話攻撃もなく、ディサービスからの帰宅電話があったきりでやたら静かな母。昨日は病院へ行ったり買い物をしたりと、よく歩いたので疲れて寝ているのかな。
行けばいつも駅まで送ってくれて、見えなくなるまで手を振っている母。
手を振り返しながらいつも思う。
今日が最後かもしれない。
いつ何があってもおかしくない90歳。
できるだけ「幸齢者」でいられる手助けをしたい。
こうして優しくなれるまでずいぶん時間がかかったけれど。
それでも時々、体調の悪さと疲れが手伝って、鬼娘が顔を出す時がある。
「ごめんね。大きな声だして」
謝る私の手を握り、母は言う。
「いいんだよ。来てくれるだけで嬉しいんだから」
その笑顔と手の温もりに言葉がでてこない。
あとどれくらい同じ時を過ごせるのかわからないけれど、できるだけ優しい時間を積み重ねていこうね。お母さん。

お月様の魔法なんだろうか。
ここ数日の私は穏やかで優しい。
穏やかって無敵。
願わくば、この魔法がいつまでもとけませんように。ふふ。

そんなことを思っていたら母から電話。
「お腹すいたんだけと、何にもない」
「昨日一緒に買い物したでしょ。冷蔵庫みて」
「えー?あんた昨日来たの?」
お母さ~ん。
ま、いいか。
ふふ。


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