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【短編小説】ヒエラルキーの牢獄 第6話

 暗がりの道を、ぽつぽつと街頭の明かりが照らしている。二人は重い足取りで、駅へ向かって歩いていた。
「あの子を連れて帰るのは、きっともう、無理なのでしょうね。あれだけ頑なに、拒絶されたのだから」
 テレサは、寂しそうにそう呟く。俯いた母の横顔を見るのが辛くて、アレンは目を逸らした。
「今日は突然だったから、素直になれなかっただけかもしれないよ」
 母を慰めようと、アレンが声をかける。しかし、彼女は首を横に振った。「あの子の言葉は、どれも本心だったわ。この国に来て、たくさん、辛い思いをしたのでしょうね。心底、私の事を恨んでいる目だった」
「そんな事……」
 アレンは、最後まで言い切ることが出来なかった。エリサの激しく燃える様な眼が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「あの子はもう、私と話す気もないでしょうね。少なくとも、この短い間に、あの子の心を解きほぐすことなんて……」
 テレサは、ここに来るために、職場に1週間の休暇を申請していた。滞在費を考えても、それが、この国にいられる限界だった。
「明日、彼に謝りに行くわ。きっと、期待させた分、ひどく落胆させてしまうでしょうね」
 いつしか、テレサの目からは、ぽろぽろと涙が溢れていた。その事を、彼女の擦れた声が、アレンに知らせた。
「謝るのは、少し待ってよ。僕、明日もお姉ちゃんの所に行ってみる。だから、お母さんは、お父さんの傍にいてあげて」
 アレンは、再び母の方に視線を向けた。その目に、彼女は向き合う。彼の目には、家族の事を想う、まっすぐな決意が宿っていた。その純粋な瞳に、彼女の心は和らいだ。 
「ありがとう、アレン。あの子の事、お願いしていい?」
 アレンはただ、力強く頷いた。

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