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プライベート・ビーチ(前編)


横浜に住んでいた頃、妻と2人で色々な街をただひたすらに歩いていたと以前書いた事があるが、夏のある日、ぼくらは京急線で「久里浜」駅に降り立った。


ペリーが来航した事でも知られる浦賀港周辺は、同じ海沿いの街でも湘南あたりとは性質が違っていて、自衛隊駐屯地や造船所跡地などがあり、どことなく堅い雰囲気があるが、賑やかな商店街もあり、川沿いの道は開けていて、潮風が気持ち良く吹き抜けていく。


妻とぼくはただひたすらに歩き、海岸線に辿り着いた。


「おお!海きれい!」


予想に反して白い砂浜と透き通る海。


「なになになにー。こんな穴場スポットあったの?来週ここで海水浴しようよ」


「いいね、M子も誘おうか」


「じゃあ、おれもMっちゃんでも誘うかな」


二人は盛り上がり、歩き疲れたし、帰りはバスに乗って帰る事にした。


バスから眺める久里浜の風景は歴史のある町だけに、古い建物が時々目に入り、飽きなかった。そもそも初めて降り立った街の風景は、どんなものでも見ているだけでウキウキする。


車内はガラガラで、後ろの方に50代くらいの女性が一人だけ座っていた。


「次は千代ヶ崎、千代ヶ崎です」


アナウンスが流れ、ん?少しだけ風景が変わったな。と感じた。もの寂しい雰囲気に変わったような....


バスは「久里浜少年院」の手前に停まり、先程の女性が席を立って降りていった。女性が降りるとバスはロータリーをぐるりと周り、また元来た道を引き返していった。


車内はぼくらだけになったが、なんとなく、はしゃぐ気分にもならず二人とも無言で外の風景を眺めていた。


(あのお母さん、息子の面会か何かなのかなぁ)


「罪と罰か、、、、」


「え、なんて?」


「いや、なんでもない」


ぼくらとは遠い世界だと思っていた風景が、いきなり日常の風景に混ざり込んできた事に少しだけ戸惑いを感じた。


そうか、そうだよな。そんな世界もあるんだよな。


でも、とにかく来週は海水浴だね。


つづく

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