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角度を変えながら見つめる、日本とシンガポール

朝、起きたら1時間、小説を書く。
私はライターなので、脳を切り替えて、それから仕事の執筆作業に入る。

これが日本にいるときの私のルーティンだった。
しかし2週間前にシンガポールに来て以来、少し変わった。

環境の変化のせいだろうか。
朝は早起きできる。
ストレッチをして、歯磨きをして。
ここまではいっしょなのに、いざ小説を書こうとすると、とんでもない眠気が襲ってくるのだ。

環境の変化のせいなのだろう。
1時間とはいえ時差の影響もあるのかもしれない。

理由ははっきりしないが、日本ではあまりないことだった。

私はシンガポールが苦手だった。
「きれいな国」
「安全」
「いろいろな文化が味わえていいね」

周囲からそう言われてガイドブックを広げるが、どうも興味が持てない。

私はもともと、歴史的建造物や文化遺産が好きだった。
日本とは異なる景色が味わえる国が好きだった。

20歳のとき、初めて短期留学で訪れたフランスの街並みに衝撃を受けて、大学卒業までの3年間、毎年夏にはフランスに行くようになった。
旅行で訪れたイタリアやトルコ、ベトナムでも、何もかも異なる風景を楽しんだ。

自然あふれる国も私は好きだ。
ニュージーランドは素晴らしかった。
高い山に囲まれた道で、私の乗った車が進む。
緑の豊かさやサンセットの美しさは今もまざまざと思い浮かべることができる。
ニュージーランドだけではない。
短期留学したフィリピンで、休日に訪れた島は、海の色が今まで見たことがないほど美しく、「ずっといたい」と思った。

しかし都市国家であるシンガポールには、日本と大いに異なる景観も自然の豊かさも感じなかった。
交通の便が良く便利で、街が整っていてゴミがない。
人工的な観光地もある。
シンガポールは日本に似ている。

暮らすにはこれ以上ない国だ。
しかしひとりで外を出歩きたいとは思わなかった。
海外にいてこんな気持ちになったのは初めてである。

朝の眠気がさめない私は一度起こした体を再び横たえて、目を閉じる。
浅い眠りだと思っていたら、リモートワーク中の夫に「いびき、かいてたよ」と言われてしまった。

心地よく目覚めるのはそのときである。
最初に起きた時ではなく、昼寝ならぬ朝寝をして再度起きた時の方が脳も体もすっきりしている。

晴れた日なら、まぶしすぎるほどの南国の太陽の光が部屋に満ち、雨の日なら、ごうごうと激しい雨音が耳に響く。

じょじょに習慣が変わっていったのは、シンガポールに来て2週間ほど経ったころだろうか。
「外から日本を見る」ことが、習慣になったのである。

具体的に言うと、パソコンで日本語のニュースをチェックするだけで私はシンガポールの人たちが知らない、極東の国のニュースを手に入れられる。
当たり前のことだし、もともと英語が苦手だから日本語の報道を見るしかないのだが、異国で日本を見るのは興味深いことだった。

日本であることが起きた。
そこで疑問が生まれる。
シンガポールでは、同じようなことが起こっているのだろうか。

メモをとり、英語の翻訳サイトを使いながら調べる。
日本を知ると同時に、シンガポールを知る。
これが私の習慣になったのだ。

習慣が変われば街を見る目も変わる。

シンガポールの動物園のアトラクション。
ベルトがないのに、「立つな」という張り紙がいたるところに貼ってある。
そのアトラクションが急降下したとき、思わず「ベルトは!?」と叫んだ。

日本のテーマパークや遊園地のアトラクションにも「立つな」という表示はある。
しかしそれ以前にベルトがあり、全員、きちんとベルトを締めているか係員がチェックをしてからアトラクションが始まる。

「念には念を入れて」がシンガポールにはない。

私はあくまでも日本での日々を土台にしてシンガポールを見ているのだ。

24時間営業の店がシンガポールにもあると知った時は、日本にいるような気持ちになった。
日本ではレアな果物であるマンゴーを毎日のように食べて「日本になくてシンガポールにあるもの」を味覚で感じる。

だんだんと五感が冴えて、日本とシンガポールの共通点や異なるところを探そうとしている自分に気づく。

朝寝をしたあとの私の毎日は変わった。
夫がシンガポール赴任になってから買った食器を見て、「日本ならこんな模様だっただろうな」とメモをする。
前述したように日本語で日本のニュースを見てから、苦労しつつもシンガポールのニュースを見て、比べる。
Twitterに表示されるようになったシンガポールのトレンドと日本のトレンドを見比べる。

それが私の習慣になったのだ。

明日からは4泊5日でバリ島に行く。
バリ島では日本、シンガポール、インドネシアの三か国を、日本での日々を土台にしながら見比べることが習慣になるのかもしれない。

いや、もしかして。
2週間もシンガポールにいるので、シンガポールでの日々も日本の日々と同様に、私の土台になっているのかもしれない。

どちらがわからないが、そんな私の目に映るバリ島はどのような姿をしているのだろうか。

外国にいて、初めて生まれた習慣。

これまでもいろいろな国を旅したり、時には留学したりしたが、こういったことを習慣にしたのは初めてだった。

日本に戻れば朝寝をせず小説を1時間書く習慣が取り戻せるのだろうか。
取り戻せるだろう。
その自信はある。

一方で、シンガポールに来てからの習慣は続けられるだろうか。
日本にいて、日本で起こっている出来事を調べながら、シンガポールでいま何が起きていて、何がトレンドなのかを知る。
今、毎日していることが、日本でもできるだろうか。

日本にいたら忙しくなるので、毎日の習慣ではなくなるのかもしれない。
だけど一週間に一回、そういった習慣を持つことができれば。
シンガポールに対する苦手意識が克服できて、次にシンガポールにいる夫のもとへ行く日が楽しみになるかもしれない。

そんな期待が、心の中に芽生えた。
習慣は愛情をはらんでいるものなのだ。きっと。

#わたしの習慣

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