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わかおの日記217

「バイトが大変だ」と言うと、飲食店でバイトをしている人たちはもれなく「慣れれば楽になるよ」と慰めてくれるのだが、そのたびに果たして本当に自分は慣れることができるのだろうかと不安になっていた。生存者バイアスの一種で、単に慣れることのできた人が淘汰されずに生き残っているだけなんじゃないかと考えていたのだが、そんなことはなく、ようやくぼくも皿洗いが板についてきた。ユンさんに、「ワカオ、だいぶ慣れてきたな」と言われたので間違いない。おれは慣れたのだ。気分がいいのに任せて、彼女とイチャイチャしながら仲通りを歩いていたら、ドイさんというカレー場の重鎮とすれちがって気まずかった。

この日は「まめ蔵寄席」というイベントがあって、バイト先で古今亭文菊という人の落語が見れる、しかも酒も飲み放題だしカレーも食べられるということなので、母親と友達を連れて行った。こないだの落研の寄席の後で、落語に対する関心が高まっていたので楽しみにしていたのだが、期待を裏切らない衝撃的な面白さだった。こないだの落研の落語がコメディ、大衆芸能だとするならば、この師匠の落語は短編映画のようで、笑いだけでない重厚な「面白さ」を感じた。それはまさにまめ蔵のカレーにも通底していて、いわゆる飛び道具的な斬新な美味しさのあるカレーではないけれど、やはり深みがあるのだった。

終演後の懇親会で、文菊師匠その人とも話したが、そういった「面白さ」というのは、ウケたい、金がほしい、うまいものが食いたいといった執着を捨てた先に生まれるのだそうだ。たしかにそうだと思う。人の「執着」に訴えかけた笑いは、インスタントだし面白いけれど、腹が膨れてしまえばそれでおしまいだ。コメディの面白さと、ストーリー・テリングの面白さ。後者がもっと評価されるようになってもいいんじゃないかと思った。自分にとって新たな笑いの地平が開けた?のかもしれない。


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