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真夏の君と白いカーテン Episode7

 奇妙な経験をしてから数日後、あれから彼女が再び現われることはなかった。夏休み前の前期最後のテストの日程が発表され、遅くまで学校に残って勉強する生徒も増えてきた。俺と悠人の勉強場所である図書館にも生徒が溢れかえっていた。

 人気を避けるように旧校舎の多目的室に着くとテストに向けて意識が高まっているせいか、若干生徒はいるがそれも最初のうち。三日坊主という言葉があるように、三日も経てば多目的室には誰一人来なくなった。

 夏は夕方になるにつれて涼しくなるはずだが、今日は猛暑のせいか涼しい風は感じない。体温に触れているような生温い風がそよぐだけだ。じっと机に向かうより外を歩いていた方が涼しそうだ。暑さで頭が冴えずに手を止めて夕暮れを眺めていると向かい合わせで座っていた悠人が思い出したかのように声を上げた。



「そういや、この間の面談が終わって帰るとき、教室に行って何してたんだよ」

「あ、それは、忘れ物を取りに行ってたんだ」



 あの時、彼女に会った幻覚のような衝動には満たないが、てっきり気にしていなかったであろう、いや忘れていたであろう悠人からその話題を持ち出されて脂汗が出る予感がした。ついでに歯切れの悪い返事をしてしまった。



「忘れ物を取りに行ったことは知ってる。新井から聞いた。それは別に気にしていないんだよ。僕が聞きたいのは普段から冷静でいて施設以外の人間には一歩引いたような態度を取って翔太が、見たことがないほど酷く取り乱していたから他に何か起きたのかなって気になっていたんだ」

「そうだったのか」

「言いたくなければこれ以上は聞かないけれども、もしよかったら何があったのか聞かせてくれないか」



 悠人の真っ直ぐな視線が俺を捕らえる。いつになく真剣で目を背けることが申し訳ないと思ってしまうほど、微かに動揺している瞳の奥と心をしっかり見つめていた。やはり長年一緒にいるせいか考えていることを見透かされている。

 しかし、話したとしても理解されずにくだらないと言い切られるだろうし、幻覚じゃないかと全てなかったことにされるかもしれない可能性が高い。俺ですら自らの目を信じることができないのだから、安易に話してしまって本当に幻覚であったのならば黒歴史になりかねない。それだけは避けたい。そう考えると答えは自然に決まっていた。



「ごめん。今はまだ確信がないから言えない。確信がもてたらすぐ共有するよ」

「そうか。待ってるよ」

「ありがとう」



 悠人はそれ以上詮索することはなく、再びノートの上をシャープペンシルが走った。

 外は暗闇に包まれて、この教室の明かりがピンポイントで俺たちだけを照らしている。この明かりに彼女もふと照らされにきてくれたらどれほど説明が楽だろうか。けれども面倒なことにもなりかねないと頭を垂れた。

 そもそも俺が彼女に出くわしたこと自体がおかしなことではないだろうか。

  勉強に集中するべきなのに頭の中で彼女がちらつく。これで成績が下がったら彼女のせいだ、と勝手に彼女に責任を押し付けてシャープペンシルを強く握った。


                *


 彼女に脳内を支配されながら受けたテストの成績は、前回よりもよろしくはなかった。これは完全に彼女のせいだ、そう胸の中でむさ苦しく怒りが衝突する。担任の新井にも心配されたほどだ。

 テスト返却後、悠人に先に帰ってもらい一人で教室に残り見直し作業に取りかかる。他の生徒はテストの開放感に背中を押されて教室から出て、ぽつんと一人分のペンの駆け巡る音だけが響く。


___彼女のせいだ、彼女のせいだ、彼女のせいだ。


 自分の集中力や勉強量の問題でテストの結果が悪かったのに、素直に受け止められずただ彼女を責めるばかり。



「今出てきたら絶対文句言ってやる」



 ぶつぶつと独り言を言いながら解答用紙と問題用紙、教材を忙しなく見ていると勢いよく窓から風が吹き抜けた。



「あ、飛んでく!」



 机上の問題用紙と解答用紙が風で宙に浮いた。その後を追いかけて掴み取り、窓を少し閉めようとした途端、カーテン越しに人影が見えた。彼女だ。反射でおい、と噛みつこうとしたが彼女の透明感には自然と見入ってしまう。そしてなぜか彼女の周囲には桜の花びらが舞っていた。冗談ではなく彼女は妖精なのかと思ってしまうほど彼女は奇麗で、彼女に対する怒りは静かに消えていた。

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