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子どものプライドを尊重すること

3歳の娘の保育参観へ行ってきた。

徒歩20分以上の公園まで皆で手を繋いで歩いて向かい、
公園で走り回ったり、
どんぐりを拾ったりしながら遊び、
また徒歩で園まで戻り、
戻ってから着替え、
ご飯を食べて昼寝する。

そのリズムがしっかりと身についていて、
ぐずる子もいなければ、
暴れる子もおらず、
イヤイヤしている子もほぼいなかった。

自分の着替えは自分で行い、
食事も全員席に着くまで静かに待って、
そして静かに食べる。
時々談笑しながらも、そのまま食べ終わる。家でのイヤイヤやわがままが信じられないくらい、
娘はものすごく良い子だった。

自分で淡々と着替えて、
自分のロッカーに荷物をしまって、
すっかり一人前に見えた。

園長先生が帰りがけに話してくれた。

「2歳児クラスの子どもたち、みんなもう一人前のプライドがあるんですよね。
だから、何でもかんでもお手伝いするのは失礼なんです。
大人と同じように、
苦手なことは、手助けはするけれど、
それは大人同士と同じです。」

何でもかんでもお手伝いするのは失礼、
という言葉が心に残った。

私はまだまだ娘を赤ちゃん扱いし過ぎているかもしれない。

3歳を過ぎて、最近の娘はもう何でも自分でやりたがる。
お兄ちゃんと同じように箸でご飯を食べたいし、
私と同じように料理もしてみたい。

それは当たり前のことで、
まだ無理だから、
危ないから、
と、やりたい気持ちを抑えさせてしまっている場面も多い。

全部をやってもらうのは時間的に難しいこともあるけれど。

子どもを子ども扱いし過ぎないこと、
1人の人間として尊重すること。
それは改めて意識したいなと思う。

今日は、
りんごを大人と同じように大きく切り分けて出してみた。
いつもは娘のものだけ小さく切っていたけれど。

娘はその口には大きすぎるりんごを、
嬉しそうにかじっていた。
食べづらそうだったけれど、
みんなと同じが嬉しかったようだ。

大きいりんごだって、
もう食べられるんだね。

何でもかんでもやってあげ過ぎない、
というのはこういうことなんだろう。

りんごを小さく切り分けてあげることは、
親切なようでいて、
娘にとっては、
子ども扱いされてつまらなかったのかもしれない。

子どもに対して、
親切にし過ぎていないか、
相手を下に見ていないか、
子どものプライドを尊重できているか。

改めて考えるきっかけになった日だった。


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