#おうち旅行 土と、雨と、時々リース。【後編】
じんわりと蒸し暑い。風はあるが、もわりとした空気が鼻から入ってくる。
爽快!とは言えないが、こぎ出した自転車は快調だ。
2日目の朝
始めての一人旅で五島列島の北端、小値賀島に来ている。
スーツケースが単身でバスを降りてしまったり、観光事務局のスタッフさんの地元が、私と同じだったりした。
そして今、私は自転車で島を回っている。
もらったパンフレットには、“島のあちこちにハンモックをつり下げられるスポットがある”と書かれていた。
でも見上げる空は、昼前とは思えないほど薄暗い。一雨降りそうだ。
魅力的だけれど、ハンモックはやめておこう。レンタル布を持ち歩くほどの体力もない。
せっかくの一人旅にも関わらず、諦めは早い。
火山の赤い土
私は海が好きだ。泳ぐには断然プール派だが、幼い頃から海が遊び場で、週に4回は海に出かけた。
だから、まずは海。小値賀の海を見にいこう。
*
小値賀島は、火山の噴火によってできた火山群島なのだとか。
そのため砂も砂利も赤い海岸があるというので、行ってみることにした。
道中、案の定雨が降ってくる。ぽつぽつ降ったり、さらさら降ったり。
牛のみなさん。
数年ぶりに自転車をこいで息が切れている私を、物珍しそうに見ている。
*
着いたー!『赤浜海岸』!
港ターミナルから自転車で20分とあったが、私はなぜか1時間ほどかかった。これを人は方向音痴と呼ぶのだろう。
たしかに、砂浜が赤い。みっちりと、赤い。
お気に入りの革靴を履いてきてよかった。この靴とほぼ同じ色、赤茶色の砂利や砂浜だ。
火山礫によるこの色。ほんとに火山島なんだなあ…と1人神秘を感じてみる。
ひとしきり散策して石ころを触ったりしたあと、違う場所にも足を伸ばしてみた。
ここは北部の『五両ダキ』。“ダキ”はこの島で『崖』の意味なのだとか。
先ほどの赤浜海岸と同様、ここも小賀賀が火山でできた島だと体現している。噴火口が海水に浸食されてできた場所だと言われているそう。
この崖が迫力満点で、掌を押し当てたらゴゴゴゴ…と別世界に通じる道がひらける気がしてしまう。
どうしてこの角度で自撮りをしたのだろう。右から首が生えていてこわい。
海の色も絶妙にわからないし、伝えたいことがよくわからないが、きっと一人旅とはそういうものなのだろう。
雨とやさしいパンの味
さて、そろそろお腹も空いてきたし、町の方へ戻ろう。自転車にまたがり、深呼吸をする。
知らない土地の、知らない道を自転車で走っている。それは平凡なことのようで、とても不思議な行為に思えた。
そして雨がまた降ってくる。
さっきまではほとんど小雨だったけれど、今はだんだんと強くなってきた。
また1時間かけて帰還。「歓迎小値賀町」のゲートを見てほっとする。
雨もいつのまにか止んでいた。
途中、巡回中のおまわりさんとすれ違った気がする。夢だっただろうか。
ずぶぬれになって必死で自転車を漕ぐ私を、奇異な目で見る人もいたような。
とにもかくにも、1時間雨を浴び続けてずぶぬれになった私は、目の前にあったパン屋さんに転がるように入った。その名も“こじこじパン”。
おいしそう!とひとめぼれして買ったパンたち。
“ねばりけがすごいドレッシング”は、小値賀の魚醤を使っているのだそう。とてもおいしい。パンをディップしながらいただく。こんぶと魚醤のうまみ、くせになる味だった。
パンはもちもちとしておいしい。シンプルで幸せな気持ちになれる。
ちなみに、ずぶ濡れで来店した私にお店の方がタオルを貸してくださった。それどころか、「まだ降るかもしれないし、差し上げますよ」と言ってくださった。なんてあたたかいのだろう…。
優しい笑顔にほっとして、まだそこにいるのに「また来たいです!」と宣言する私だった。
記憶の中のリース
ところで、お世話になった民宿のことにあまり触れていない。
この旅で印象に残っていることをタイトルに入れようと思い「土と、雨と、時々リース。」と名付けた。
土は、赤浜海岸の土。雨は、島めぐりの道中ずっとともにあった雨。
そしてリースは…というと、民宿を切り盛りする千代さんが「よかったらおうちに飾って」と持たせてくれたお土産だ。
ただ残念なことに、このリースの写真がない。
その理由を書いておこうとおもう。
世界は当たり前につながってる
「お部屋のあちこちに、綺麗なリースがあるんですね」
民宿に着いた翌朝、朝食をいただきながら私は千代さんに言った。
「ああ、リースねえ。私が使ってるんですよ」
お茶を入れて、私の正面に腰掛けた千代さん。
「お花がお好きなんですか?」
「そうねえ、島中にいろんなお花があるから」
たしかに、この民宿「千代」の軒先にも、港ターミナルまでの道にも、個性豊かな植物が生えている。
「素敵ですねえ、どのリースもちょっとずつ違って」
私がそう言うと、千代さんはおもいのほか喜んでくれた。
「よかったら、持って帰って!」
「えっ??いいんですか?」
リースをいただくという発想がなかったので、驚いてしまう。
「いっぱいあるし、1ヶ月くらいはもつと思うから」
そう言うなり席を立って、千代さんは何かを探しはじめた。
「このへんにたしか…あったあった、ありました」
なんだろうと思っていると、それはラップと箱だった。
そして「これはどう?」とひとつリースを持ってきて、見せてくれた。
「あ!かわいいです!素敵〜」
ドライフラワーがバランスよく、でもふんだんに使われたかわいいリース。持って帰ったら、母が喜ぶだろうなと目に浮かんだ。
「こうやって包むと、崩れにくいのよ〜」
手際良く、でも慎重にリースを箱におさめる千代さん。
「慣れてらっしゃるんですね」
「そうですねえ。まあこれがね、作るのが好きというのもあるんだけれども…」
「はい」
「メルカリでよう売れるのよ」
「ほ!?そうなんですか!」
意外すぎる一言が出てきた。そうか、メルカリか。ほかのフリマアプリでも、ハイクオリティな手仕事が、たしかに注目されている。
しばらくぼーっとしてしまったが、言われてみればこの島にだって宅配便は届くわけで、ということはこの島から荷物は発送できるわけで。
五島列島にいようがご高齢だろうが、好きなものをつくって、それを欲しいという人に届けたりはできるわけで。
なんだか当たり前のことだが、「世界はつながってるんだな」と感じたやりとりだった。
写真を撮らなかった理由
今思うと、あのリースの写真を撮っておけばよかった。2年後にこうやって、旅行記というかたちで振り返るとわかっていたら。
でもあのときは、撮らなくていいと思った。
むしろ、1ヶ月もすれば崩れはじめてしまうであろう花々のリースを、その時だけの状態で見ておきたかったのだ。あの手触りを、未来のためじゃなく、その時のためだけに感じたかった。
母にも「いいお土産があるよ」とだけメッセージを送って、リースのことは内緒にしていた。
保存する手段は当たり前にあるからこそ、初めての一人旅でもらった「人の手」のぬくもりのあるお土産は、自分の目と手だけに保存した。
それはそれで、よかったなと思うのだ。
旅の終わりとはじまり
初めて旅行記を書いてみて気づいた。エピソードごとのボリュームがとてつもなく偏っている。そして肝心なタイトルに一役買っているリースの存在証明が、わたしの言葉だのみだ。
なんて自己満足な話だろう。
人からもらってばかりで、誰かを楽しませたり喜ばせたりするには、まだまだ及ばない。
それでも、そういう状態の自分なんだな、と気づけたことはありがたいことだ。この「#おうち旅行」という企画に参加させてもらってよかったなあ…と思う。
なにより、誰かにとってこの旅の記憶が面白かったかどうかは別として、私が楽しかった。
1人で飛行機に乗って、バスに乗って、船に乗って、島を自転車で回って、雨でずぶぬれになって、変な爽快感を携えながら、いろいろな人に出会った。
ここには書かなかった面白い人たちが何人もいる。
最初の晩ご飯をともにしたあの親子と従姉妹は、元気にしているだろうか。一緒に佐世保の精霊流しをTVでみたよね。
自転車でなんども迷子になって、お店の前をなんども通りかかる私を心配してくれたおばあちゃん。あのあと、ちゃんと千代さんのところに帰れました。
すっかりおやすみ気分でおしゃべりしていたのに、私が暖簾をくぐって入ってきたから、あたふたとたこ焼きをつくってくれたママさん。あれ、やっぱり営業中って看板出てたと思います。
ほとんどお話しなかったけれど、毎食の食卓にのぼるおいしいお魚を獲ってきて、さばいてくれていたのは千代さんの旦那さん。照れ臭そうに手を振っていたお顔は、実は忘れがたい宝物です。
*
初めての小値賀島旅行は、2泊3日で終わったけれど、その記憶はまだ終わっていない。
きっと島には住民のみなさんの暮らしが続いていて、変わらないものもあれば、変わったものもあるだろう。
私が旅しても、旅しなくても同じ。
世界には、そんな日常があふれていて、それはかけがえのない日常だった。
人と会えなくなって初めてわかる触れ合いの大切さだとか、頼っていた社会システムだとか、そういうものは、ぜんぶ、日常がとっくに教えてくれていた。
教えてくれたものに気づくのは、教わった時じゃないんだ。
だから、「いつかこの記憶が、ちがう記憶になるのだろう」とわかりながら旅をしたい。
今、悲しい気持ちがあるとして。楽しい気持ちがあるとして。
その気持ちは、その時にしか味わえない。
次の瞬間には、次の瞬間の気持ちがある。
それは切ないことのように思えるけれど、そんな移ろいゆく記憶とともに、私は生きてゆける。
人を支えるものは、何なのか。
出会ったさまざまな顔を思い浮かべながら、心は次の旅をはじめようと思う。
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