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#おうち旅行 土と、雨と、時々リース。【後編】

じんわりと蒸し暑い。風はあるが、もわりとした空気が鼻から入ってくる。

爽快!とは言えないが、こぎ出した自転車は快調だ。

2日目の朝

始めての一人旅で五島列島の北端、小値賀島に来ている。

スーツケースが単身でバスを降りてしまったり、観光事務局のスタッフさんの地元が、私と同じだったりした。

そして今、私は自転車で島を回っている。

もらったパンフレットには、“島のあちこちにハンモックをつり下げられるスポットがある”と書かれていた。

でも見上げる空は、昼前とは思えないほど薄暗い。一雨降りそうだ。

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魅力的だけれど、ハンモックはやめておこう。レンタル布を持ち歩くほどの体力もない。

せっかくの一人旅にも関わらず、諦めは早い。


火山の赤い土

私は海が好きだ。泳ぐには断然プール派だが、幼い頃から海が遊び場で、週に4回は海に出かけた。

だから、まずは海。小値賀の海を見にいこう。 

小値賀島は、火山の噴火によってできた火山群島なのだとか。

そのため砂も砂利も赤い海岸があるというので、行ってみることにした。


道中、案の定雨が降ってくる。ぽつぽつ降ったり、さらさら降ったり。

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牛のみなさん。

数年ぶりに自転車をこいで息が切れている私を、物珍しそうに見ている。



着いたー!『赤浜海岸』!

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港ターミナルから自転車で20分とあったが、私はなぜか1時間ほどかかった。これを人は方向音痴と呼ぶのだろう。


たしかに、砂浜が赤い。みっちりと、赤い。

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お気に入りの革靴を履いてきてよかった。この靴とほぼ同じ色、赤茶色の砂利や砂浜だ。

火山礫によるこの色。ほんとに火山島なんだなあ…と1人神秘を感じてみる。

ひとしきり散策して石ころを触ったりしたあと、違う場所にも足を伸ばしてみた。

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ここは北部の『五両ダキ』。“ダキ”はこの島で『崖』の意味なのだとか。

先ほどの赤浜海岸と同様、ここも小賀賀が火山でできた島だと体現している。噴火口が海水に浸食されてできた場所だと言われているそう。

この崖が迫力満点で、掌を押し当てたらゴゴゴゴ…と別世界に通じる道がひらける気がしてしまう。


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どうしてこの角度で自撮りをしたのだろう。右から首が生えていてこわい。

海の色も絶妙にわからないし、伝えたいことがよくわからないが、きっと一人旅とはそういうものなのだろう。


雨とやさしいパンの味

さて、そろそろお腹も空いてきたし、町の方へ戻ろう。自転車にまたがり、深呼吸をする。

知らない土地の、知らない道を自転車で走っている。それは平凡なことのようで、とても不思議な行為に思えた。

そして雨がまた降ってくる。

さっきまではほとんど小雨だったけれど、今はだんだんと強くなってきた。

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また1時間かけて帰還。「歓迎小値賀町」のゲートを見てほっとする。

雨もいつのまにか止んでいた。

途中、巡回中のおまわりさんとすれ違った気がする。夢だっただろうか。

ずぶぬれになって必死で自転車を漕ぐ私を、奇異な目で見る人もいたような。

とにもかくにも、1時間雨を浴び続けてずぶぬれになった私は、目の前にあったパン屋さんに転がるように入った。その名も“こじこじパン”。


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おいしそう!とひとめぼれして買ったパンたち。

“ねばりけがすごいドレッシング”は、小値賀の魚醤を使っているのだそう。とてもおいしい。パンをディップしながらいただく。こんぶと魚醤のうまみ、くせになる味だった。

パンはもちもちとしておいしい。シンプルで幸せな気持ちになれる。

ちなみに、ずぶ濡れで来店した私にお店の方がタオルを貸してくださった。それどころか、「まだ降るかもしれないし、差し上げますよ」と言ってくださった。なんてあたたかいのだろう…。

優しい笑顔にほっとして、まだそこにいるのに「また来たいです!」と宣言する私だった。


記憶の中のリース

ところで、お世話になった民宿のことにあまり触れていない。

この旅で印象に残っていることをタイトルに入れようと思い「土と、雨と、時々リース。」と名付けた。

土は、赤浜海岸の土。雨は、島めぐりの道中ずっとともにあった雨。

そしてリースは…というと、民宿を切り盛りする千代さんが「よかったらおうちに飾って」と持たせてくれたお土産だ。

ただ残念なことに、このリースの写真がない。

その理由を書いておこうとおもう。


世界は当たり前につながってる


「お部屋のあちこちに、綺麗なリースがあるんですね」

民宿に着いた翌朝、朝食をいただきながら私は千代さんに言った。

「ああ、リースねえ。私が使ってるんですよ」

お茶を入れて、私の正面に腰掛けた千代さん。

「お花がお好きなんですか?」

「そうねえ、島中にいろんなお花があるから」

たしかに、この民宿「千代」の軒先にも、港ターミナルまでの道にも、個性豊かな植物が生えている。

「素敵ですねえ、どのリースもちょっとずつ違って」

私がそう言うと、千代さんはおもいのほか喜んでくれた。

「よかったら、持って帰って!」

「えっ??いいんですか?」

リースをいただくという発想がなかったので、驚いてしまう。

「いっぱいあるし、1ヶ月くらいはもつと思うから」

そう言うなり席を立って、千代さんは何かを探しはじめた。

「このへんにたしか…あったあった、ありました」

なんだろうと思っていると、それはラップと箱だった。

そして「これはどう?」とひとつリースを持ってきて、見せてくれた。

「あ!かわいいです!素敵〜」

ドライフラワーがバランスよく、でもふんだんに使われたかわいいリース。持って帰ったら、母が喜ぶだろうなと目に浮かんだ。

「こうやって包むと、崩れにくいのよ〜」

手際良く、でも慎重にリースを箱におさめる千代さん。

「慣れてらっしゃるんですね」

「そうですねえ。まあこれがね、作るのが好きというのもあるんだけれども…」

「はい」

「メルカリでよう売れるのよ」 

「ほ!?そうなんですか!」

意外すぎる一言が出てきた。そうか、メルカリか。ほかのフリマアプリでも、ハイクオリティな手仕事が、たしかに注目されている。

しばらくぼーっとしてしまったが、言われてみればこの島にだって宅配便は届くわけで、ということはこの島から荷物は発送できるわけで。

五島列島にいようがご高齢だろうが、好きなものをつくって、それを欲しいという人に届けたりはできるわけで。

なんだか当たり前のことだが、「世界はつながってるんだな」と感じたやりとりだった。

写真を撮らなかった理由

今思うと、あのリースの写真を撮っておけばよかった。2年後にこうやって、旅行記というかたちで振り返るとわかっていたら。

でもあのときは、撮らなくていいと思った。

むしろ、1ヶ月もすれば崩れはじめてしまうであろう花々のリースを、その時だけの状態で見ておきたかったのだ。あの手触りを、未来のためじゃなく、その時のためだけに感じたかった。

母にも「いいお土産があるよ」とだけメッセージを送って、リースのことは内緒にしていた。

保存する手段は当たり前にあるからこそ、初めての一人旅でもらった「人の手」のぬくもりのあるお土産は、自分の目と手だけに保存した。

それはそれで、よかったなと思うのだ。


旅の終わりとはじまり

初めて旅行記を書いてみて気づいた。エピソードごとのボリュームがとてつもなく偏っている。そして肝心なタイトルに一役買っているリースの存在証明が、わたしの言葉だのみだ。

なんて自己満足な話だろう。

人からもらってばかりで、誰かを楽しませたり喜ばせたりするには、まだまだ及ばない。

それでも、そういう状態の自分なんだな、と気づけたことはありがたいことだ。この「#おうち旅行」という企画に参加させてもらってよかったなあ…と思う。

なにより、誰かにとってこの旅の記憶が面白かったかどうかは別として、私が楽しかった。

1人で飛行機に乗って、バスに乗って、船に乗って、島を自転車で回って、雨でずぶぬれになって、変な爽快感を携えながら、いろいろな人に出会った。

ここには書かなかった面白い人たちが何人もいる。

最初の晩ご飯をともにしたあの親子と従姉妹は、元気にしているだろうか。一緒に佐世保の精霊流しをTVでみたよね。

自転車でなんども迷子になって、お店の前をなんども通りかかる私を心配してくれたおばあちゃん。あのあと、ちゃんと千代さんのところに帰れました。

すっかりおやすみ気分でおしゃべりしていたのに、私が暖簾をくぐって入ってきたから、あたふたとたこ焼きをつくってくれたママさん。あれ、やっぱり営業中って看板出てたと思います。

ほとんどお話しなかったけれど、毎食の食卓にのぼるおいしいお魚を獲ってきて、さばいてくれていたのは千代さんの旦那さん。照れ臭そうに手を振っていたお顔は、実は忘れがたい宝物です。



初めての小値賀島旅行は、2泊3日で終わったけれど、その記憶はまだ終わっていない。

きっと島には住民のみなさんの暮らしが続いていて、変わらないものもあれば、変わったものもあるだろう。

私が旅しても、旅しなくても同じ。

世界には、そんな日常があふれていて、それはかけがえのない日常だった。

人と会えなくなって初めてわかる触れ合いの大切さだとか、頼っていた社会システムだとか、そういうものは、ぜんぶ、日常がとっくに教えてくれていた。

教えてくれたものに気づくのは、教わった時じゃないんだ。

だから、「いつかこの記憶が、ちがう記憶になるのだろう」とわかりながら旅をしたい。

今、悲しい気持ちがあるとして。楽しい気持ちがあるとして。

その気持ちは、その時にしか味わえない。

次の瞬間には、次の瞬間の気持ちがある。

それは切ないことのように思えるけれど、そんな移ろいゆく記憶とともに、私は生きてゆける。


人を支えるものは、何なのか。


出会ったさまざまな顔を思い浮かべながら、心は次の旅をはじめようと思う。


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