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海辺の未来、私たちの未来。

 2013年のこと、北海道大学大学院環境科学院で行われた、
石狩海岸フォーラム-石狩海岸 海辺の未来会議-に参加した。

 石狩海岸は、小樽市銭函から石狩市厚田区望来までの、延長約25kmにまたがる。

 ある日、川はどこから来てどこへ行くのかに興味が湧き、支笏湖西部の小漁山を源とし、豊平峡・定山渓・簾米(みすまい)・札幌市街を経て石狩川に注ぐ豊平川を、真駒内から東雁来まで辿り、豊平川が合流した先の石狩川が、やがて石狩湾に注いだのを自らの足で辿った。

 石狩川河口の砂嘴の上にできた「はまなすの丘公園」は、約46ヘクタールある。
 そこからから海岸までの道のりが、かなり長く感じられた。

 歩いてみると、そのふところの深さを実感できる。

 木道が続き、その木道も途中で途絶え、やがて砂と草の道となった。
 石狩川によってもたらされた大量の砂でできたその道は、第一砂丘と第二砂丘が連なる海岸砂丘へと続く。
 海岸砂丘は自然堤防と言われており、大都市近郊では石狩浜だけだという。

 なんてスケールの大きい場所なんだろう。

 私は、コンクリートの防波堤で覆われ、自然の緩衝帯が無い苫小牧近辺の海岸を見て育った。
 故郷むかわ町にある鵡川の河口部にも、かつて30haを超える干潟が存在していたが、漁港建設や砂利採取などが行われた為に土砂収支バランスが変化し、昭和53年からの20年間に、約400mも海岸が侵食されたそうだ。
 
 渡り鳥が飛来し、種々の生命が育まれ、水質浄化し、自然の緩衝帯などの機能をもった、鵡川の干潟は、減少してしまい元には戻らない。

 あの美しい千葉県の九十九里浜も、付近の崖の侵食を止める為の護岸工事や、
漁港の工事などの影響で砂が流れ着かなくなり、失われつつあるナーバスな砂丘の代わりとして、海岸林が植えられた。

 このような自然の緩衝帯の「退廃化」が日本全国で進行している。

 石狩海岸は、そのような取り返しのつかない状態では無い、原始の自然の残る海で、人間と自然との付き合いの在り方として理想だ。ただ、問題点も多い。

 石狩湾の湾奥に大型の船舶が接岸できるようにと石狩湾新港ができて、銭函の侵食をもたらした。
 ビーチ利用客のゴミの不法投棄の問題や、バギー車などの車による植生の破壊、水の事故、海岸漂流漂着物の増大と、それによる生態系の破壊なども見られる。

 石狩湾の内陸、石狩低地帯には、「マクンベツ湿原」という低層湿原が約130haに渡って広がっている。 
 海岸に近いため風衝地であり、石狩川からの流入もあるマクンベツ湿原は、南は豊平川の流れから、東西の山々、北からの風など、周囲の自然環境の影響の集積する所だ。
 
 植生は、ヨシクラスやミズバショウ・ハンノキなど多様な植物が育っている。
 北海道の他の湿原で、あのようなミズバショウの繁殖地を私は他に知らない。
 長い年月をかけこのような湿原になり、これからも同じように、何かになっていくのだろう、それは生きているということだろう、と思わせる。

 石狩海岸も、未来永劫、何かになっていくのだろうと期待できる場所であって欲しい。

 「石狩ウォーターパトロール」の坂口さんが言った。

当団体は、事故の生まない環境を創造することと、
海を通じて様々なことを学ぶアクティビティをつくる、というような事をやっている。
今後も、後ろ向きな側面を捉えるのではなくて、この海岸の可能性を考えたい。

 私も海、山、川、と、フィールドを通じて様々なことを学んでいる。
 後ろ向きな側面を目にすることもあるけれど、それでも何かできないかと可能性を考えたいと思った。
 フィールドを学ぶために参加した会議で、可能性を考えたいという強い言葉に出会えて本当に良かった。

 それにしても、私のアクティビティが、未来を良くする為の活動にできるのだろうか。まずはやってみよう。

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