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梶間和歌の宇治十帖本説取りチャレンジ


京極派歌人、九条左大臣むすめの叙景歌と『源氏物語』

御子左家みこひだりけ宗家である二条家の唱える、型を踏み外さない、決まり切った歌の詠み方など難なくできる。
しかしその詠み方は新興勢力である武士や、貴族でも歌才に乏しい者がおおやけの場で恥を掻かずにそれなりの和歌を詠むためのもの。
そのような歌のあり方に飽き足らないものが自分のなかにはある。
だからといって、それ以外にどのような和歌の詠み方ができたものか……。

心豊かで教養高く、古典作品を敬愛しながらも絶対視せず自身の目と心で読み味わう文学素養を育んでいた春宮煕仁ひろひと(のちの伏見天皇)とそのまわりの文学サロンメンバーは、
御子左家分家である京極家の、為兼という個性的な人間を仲間に迎え、
「心のまゝに詞のにほひゆくこと」こそ和歌である、というまったく新しい和歌観にのっとった歌の詠み方を始めました。

とはいえ、「心のまゝに詞のにほひゆく」ように詠んだ結果の成功例はこのようなものである、というめざすべきものが初めから彼らに見えていたわけではありません。
答えのない手探りの道を、自分たちの歌論と力の可能性を信じ、ああでもないこうでもないと試行錯誤しつつ開拓していたのが、揺籃期、また第一次模索期の前期京極派です。

そんな歌風模索期の京極派のなかで、
「あなたたちのめざす形はこうしたものではないか」と示すような叙景歌をいち早く詠み継いだ歌人がいました。

九条左大臣むすめ
二条家の祖である為氏、京極家の祖である為教、この兄弟の妹にあたる女性が、摂関家の二条道良(御子左家の二条家ではなく摂関家の二条家)と婚姻し、儲けたひとり娘です。
御子左家嫡流の権威のもと、為兼(為教の息子)のような異端的な和歌の詠み方を非難する二条家の為世(為氏の息子)から見ても、
摂関家の父、御子左家の藤原為家の娘を母に持ち、祖父為家のもとで和歌の薫陶を受けながら養育されたこのいとこの女性は、一目置くべき存在でした。

為世や二条派の唱える伝統的な和歌の詠み方はそつなくでき、すでに勅撰集にも入集し評価されている九条左大臣女は、
「心のまゝに詞のにほひゆくこと」を新たな和歌の詠み方として提唱する為兼に賛同し、即位後の伏見天皇まわりの前期京極派の一員として切磋琢磨、
親しんできた『源氏物語』などの古典作品の自然描写をもう一度自身の目で捉え直し、大柄でいきいきとした叙景歌として描き出す、ということを始めます。


もとあらの小萩、はしたなく待ちえたる風の景色なり。折れかへり、露もとまるまじう吹き散らすを……

『源氏物語』「野分」

しをれふす枝吹きかへす秋かぜにとまらず落つる萩のうへの露
風雅和歌集秋上480(470)


御格子など参りぬるに、後めたくいみじと花の上をおぼしなげく……

『源氏物語』「野分」

風にさぞ散るらむ花の面影の見ぬ色をしき春の夜の闇
玉葉和歌集春下256


五月雨の空、珍らしう晴れたる雲間に渡り給ふ。……過ぎがてにやすらひ給ふ。折しも郭公ほととぎす鳴きてわたる。……二十日の月さし出づる程に、……郭公、ありつる垣根のにや、同じ声に打ち鳴く。

『源氏物語』「花散里」

ほととぎす声さやかにて過ぐる跡にをりしも晴るる村雲の月
玉葉和歌集夏331


これらが模索期の仲間たちを導く形になり、のちに京極派は叙景歌で成功したと言われるほどに自然を描くことに特異性を発揮するのですが、
他のメンバーの迷走するなかいち早く自身の歌風を確立した九条左大臣女がその詠歌の基礎としていたのが、『源氏物語』をはじめとする古物語でした。


九条左大臣女に憧れて

京極派を愛し『源氏物語』を愛する私、梶間和歌には、残念ながら彼女のような確固たる和歌の基礎も、血肉にしたとまでいえる『源氏物語』体験もありません。

しかし、ねだっても降って湧いてきたりはしない幼少期の古典教育をうらやみ拗ねるより、
いまいる場所からせめてできることを、できるかぎりするのが、選択の自由のある程度保障された現代人である私に発揮しうる誠実さです。


『源氏物語』は『湖月抄』で持っておりますが、こちらの「宇治十帖」を過去2回読み通そうとし、挫折しました。
一度は「浮舟」まで、次は「椎本」か「総角」までだったと思います。

今回は「橋姫」から読んでゆくかたわら、九条左大臣女にはとても及びませんが、その本文の言葉を拾ったり場面設定を活かしたりして和歌を詠んでゆくことにします。

その和歌をこちらに記録してゆくことが、「宇治十帖」を読み通すモチベーションにもなるかと思います。
同時に読者のあなたにも、私の本説ほんぜつ取り(物語取り)が初期と比べてどのようにこなれてゆくか、変化、成長を楽しんでいただけましたらうれしく思います。

「夢浮橋」までの10巻分、全10記事に分けて記録してゆきますが、
巻の長さや内容により、その記事で何首詠むことになるかは変動する見込みです。
また、現代語訳でなく『湖月抄』の本文で読んでゆくため、いつ読み(詠み)終えられるかの見通しも立っておりません。
数年は覚悟しておりますが、休み休みやって参ります。

そのあたりを柔軟に受け止めてくださいます方に、ともに楽しんでいただけましたら、大変幸いです。


梶間和歌の宇治十帖本説取りチャレンジ

梶間和歌の宇治十帖本説取りチャレンジ
「橋姫」
椎本しひがもと
総角あげまき
早蕨さわらび
寄木やどりぎ
東屋あづまや
「浮舟」
蜻蛉かげろふ
手習てならひ
夢浮橋ゆめのうきはし

マガジン単位でのご購入
8記事以上読まれる場合、記事ごとに購入するよりマガジンを買われたほうがお安くなります。


長旅ですが、最後までお楽しみください。
応援よろしくお願いいたします。


京極派について知りたい方へ

第9回~12回で京極派について講義しております。


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数ページのレポートをPDFファイルで公開しております。
入門編にどうぞ。


「裕泉堂」吉田裕子さんとの対談で京極派についてミニレクチャーさせていただきました。

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「宇治十帖」が全10巻なので、巻ごとに10記事の有料記事にする予定です。 8記事以上お読みの場合、マガジン単位でのご購入のほうがお安くなるように設定しております。

敬愛する九条左大臣女に倣い、『源氏物語』「宇治十帖」を読みながら、その場面や情景を本説取り(物語取り)して和歌に詠んでゆく企画です。 「橋…

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