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9月入学の誤解と幻想(2)

前回は9月入学と「学習格差」の解消についてでしたが、今回は9月入学と「グローバルスタンダード」についてお話します。ポイントは、9月入学によって、すぐさま生徒・学生の海外留学と優秀な外国人留学生の受け入れが促進されるわけではないということです

30年以上前からあった9月入学議論

 大学の9月入学についての本格的な議論は、過去二回ありました。ひとつは、1984年に中曽根元首相のもとで設置された「臨時教育審議会」(臨教審)での議論で、86年12月には約200ページに及ぶ報告書「秋季入学に関する研究調査」がだされています。ちなみに、当時は9月入学のことを「秋季入学」と呼んでいました。報告書では、9月入学が児童・生徒や学校におよぼす影響や移行にともなう費用や移行方法のシミュレーションもされています。また、9月入学の「国際交流上の利点」として、現在の議論と同じく、海外留学や留学生・帰国子女の受け入れの円滑化をあげています。しかし、意義や必要性が国民に理解されていないという理由で、9月入学は実現しませんでした。
 もうひとつの本格的な議論は、2012年を中心に東京大学の濱田純一総長(当時)を中心に議論された「秋入学」についてのものです。ここでも、9月入学を導入する中心的な理由は、大学の国際競争力とグローバル化への対応でした。しかし、社会的な環境整備の見通しがつかないとの理由で、これも見送りになりました。
 これまでの議論と今回に議論に共通するのは、「9月入学=グローバルスタンダード=グローバル化対応」という前提です。では、入学時期を変更しただけで学生の海外留学と優秀な外国人留学生の獲得が促進されるのでしょうか。

9月入学にすれば学生は海外に留学するのか

 まず、学生の海外留学状況について確認します。日本学生支援機構(JASSO)の「2018(平成 30)年度 日本人学生留学状況調査結果」(令和2年4月)によると、海外留学する学生は右肩上がりに増加しています。

留学生状況

 ちなみに、「協定あり」というのは、大学と留学先とのあいだで、正式の協定や何らかの取り決めがあることをさします。これだけをみると、9月入学にして学期を世界の大学にあわせれば留学生は飛躍的に伸びる、と淡い期待をもつこともできます。
 しかし、留学期間に着目すると、ここでいう「留学」の内実がみえてきます。期間が「1か月未満」の学生は、全体の66.5%にあたります。このなかには、1、2週間程度の語学研修も多く含まれているはずです。期間が「1か月未満」の学生の割合は、過去のデータでも約6割程度で推移しています。通常、留学で何らかの単位を取得しようとすれば、最低でも4か月必要ですし、そのためには正規の授業に参加できるだけの語学力が必要になります。英語ひとつとってみても、このハードルはかなり高いものだといえます。
 もちろん、短期間の異文化体験を否定するわけではありませんし、その体験が入口となって、さらなる留学に結びつけばよいと思います。しかし、政府や産業界がいうグローバル化への対応を考えた場合、ある程度の語学力と異文化に対する理解が必要となりますから、中長期の留学者を増やすことが重要です。そのためには、留学に対する経済的支援や大学側の体制整備が必要です。したがって、9月入学論者がいうグローバル化対応を真剣に考えるのなら、入学時期の変更だけで問題が解決するわけではありません

9月入学にすれば優秀な留学生が増えるのか

 次に、優秀な外国人留学生の受け入れについて考えます。まず、学期がずれているから留学生が来ない、というのは本当かと問う必要があります。
 ちなみに、JASSOの「平成30年度 外国人留学生在籍状況調査結果」(平成31年1月)によると、平成30年現在で、学部・短期大学・高等専門学校に在籍する留学生は87,806人、大学院在籍者は50,184人です。

 日本と同様に、9月入学ではない国をみてみましょう。オーストラリアやニュージーランドの大学は、2月と7月に学期がはじまります。英語圏であるという優位性や留学生募集戦略といった事情はありますが、これらの国で留学生が集まらない、などということはありません。たとえば、オーストラリアの2017年の統計をみると、大学の在学生998,326人に対して、28.8%にあたる287,637人が留学生です。
 さらに、非英語圏で3月入学制の韓国をみてみましょう。教育部(日本でいう文科省)の「2019年国内高等教育機関等外国人留学生統計」によると、2019年度の外国人留学生数は約16万人で、11年から14年度までは減少したものの、それ以降は増加傾向にあります。内訳をみると、専門大学(日本でいう短大)を含む大学在籍者は65,828人、大学院在籍者が34,387人です。日本と比べれば総人口も18歳人口も約半分の韓国が、これだけ留学生を集めていることを考えると、9月入学ではないから留学生が来ない、などとはいえません。
 ちなみに、韓国の大学が多くの留学生を受け入れている背景についてもふれておきます。韓国の高等教育法では、「授業料の引き上げ率が直前三か年度の平均消費者物価上昇率の1.5倍を超えてはならない」(第11条⑧)と規定されています。そして、もしこの定めを違反した場合は、教育部長官(日本でいう文科大臣)が行政・財政的制裁等の不利益をあたえることができる、とあります。そのため、大学の財政状況に応じて授業料を値上げすることが困難です。また、韓国政府は大学の入学定員を厳しく抑制していますから、大学の財政状況はますます厳しくなります。そこで、大学は外国人留学生の獲得にのりだしました。というのも、韓国では外国人留学生は定員外に分類されるため、外国人留学生から授業料収入を得られるためです。その結果、とりわけ定員抑制が厳しいソウル特別市内の大学が多くの外国人留学生を獲得するようになりました。
 なお、韓国の大学事情については、これについては、すでに『大学論の誤解と幻想』の第四二章「改革は静かに、そして合理的に失敗する」のなかの「反面教師ではなくなった韓国社会」でふれています。

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9月入学の誤解と幻想(3)に続く





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