見出し画像

#2 チャレンジャー精神.多芸多才.

時間に余裕ができ,書きたいネタも得たので,2日連続だが更新しようと思う.

今日綴っていくのは,パリスイーツ界の巨匠の1人,ピエール・エルメ氏.スイーツ好きの僕が,将来自分で稼いだお金で食べたいスイーツランキング第1位の有名ブランドだ.
本場パリに旅行に行った時にでも食べたい笑

いやいや,ピエール・エルメとこのタイトル,なんの関係があるんやと思ったそこのあなた.
このタイトルの意味は後々分かることだろう.
(途中で方向転換してこうなった.)
少々辛抱して読み進めていただきたい.

そしてこの記事を書くきっかけになったのは,

画像1

※画像をタップすると、ミスドの特設ページにジャンプします。

1/10(金)からのコラボ企画

PIERRE HERMÉ PARIS×Mister Donut

高校生の僕にとって,とてもではないが手が出せない PIERRE HERMÉ PARIS の大好きなスイーツの味を,リーズナブルな価格で楽しめる.(¥170~230 ※税抜き)

既に下の3種,フィナンシェシリーズ(左からクロエ,プレニチュード,モガドール)はいただいたが,上の3種(左からサティーヌ,イスパハン,キャレマン ショコラ)はまだいただけておらず,今1番何がしたいか聞かれれば,この3種類を食べたいと答えるほど楽しみだ.

あえて感想は述べない.皆さんにも是非食べていただきたいと思う.
そんな前置きはさておき,本題へ.

ピエール・エルメ氏ってどんな人?

まず気になるのは,この人の経歴.どれだけ凄い人なのか.

Pierre Hermé
ピエール・エルメ

21世紀のパティスリー界を先導する第一人者.

4代続くアルザスのパティシエの家系に生まれ,14歳のときガストン・ルノートルの元で修業を始める.

常に創造性あふれる菓子作りに挑戦し続け,独自の“オート・パティスリー”(高級菓子)のノウハウの伝授にも意欲を燃やしている.

多くのスイーツファンから絶賛を浴び,同業のパティシエたちからも畏敬されている.
その鬼才ぶりは世界的に認められ,ヴォーグ誌から“パティスリー界のピカソ”と称賛された.

1998年,自身のブランド「ピエール・エルメ・パリ」として,東京赤坂のホテルニューオータニ内に初出店.
2001年にはパリのボナパルト通りにもブティックをオープン.
2007年,レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞.
現在、国際的なプロ菓子職人協会「ルレ・デセール」の副会長としても活躍している.
そして2016年,《世界のベストレストラン 50アカデミー》より「世界の最優秀パティシエ賞」を受賞した.

「ピエール・エルメ・パリ」は高名なコルベール委員会に所属し,パリ,ストラスブール,ニース,ロンドン,ドバイ,ドーハ,東京,横浜,大阪,神戸,京都,香港,ソウル,バンコク,およびマカオなどに事業展開している.

※ピエール・エルメ・パリ 公式サイトより

パティシエ界の巨匠と呼ぶのに相応しい経歴をお持ちの方であることがわかった.

どんなスイーツを取り扱っているの?

さて,どんなスイーツを取り扱っているのかも気になるところだろう.挙げてみよう.
・ケーキ
・マカロン
・ショコラ
・焼き菓子
・アイスクリーム
・ティー,マロングラッセ,ジャム などなど.

画像4

いやいや,予想外の種類.超魅力的じゃん,買いたいなぁ,食べたいなぁ…
いやぁ,勉強のモチベ上がるなぁ笑


さてさて,ここで真面目な話.最近よく思うこと.これを書いていても思った.そして今日一緒にミスドに行った,うちの部活の副部長も言っていた.


1つの物にこだわらずにチャレンジする人,多芸多才な人が今の社会で活躍している。


ピエール・エルメにも当てはまることだ.

ピエール・エルメ氏がチャレンジャーであること,食に関して色々な知識を持っていることなどが,このブランドを有名にしたのであろう.

ハングリー精神,チャレンジャー精神,社会で活躍したり,結果を残したりするには欠かせないものだ.

「僕もハングリーに,自ら機会を作り,自分の人生を豊かにしていきたい.」と思わされた良い機会だった.
日々チャレンジャーとして,ハングリーに生きよう!
思いつきだからか,真面目な話の文量少なすぎ笑

しかし,元々ピエール・エルメ・パリのことをまとめるつもりだったのに,真面目な話も入ってしまった.
note書いてると,こんな事もあるようだ.

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?