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下山事件を読む 第3章 吹き荒れるレッド・パージ

相次ぐ鉄道テロリズム

 レッド・パージの前段として、鉄道にまつわる未解決事件を見ておきたい。

庭坂事件
【場所】現在の福島市町庭坂
【日時】1948年(昭和23年)4月27日午前零時4分
【概要】継目板(レールとレールを接続するための鉄板)・ボルト(継目板用)・犬釘(レールを枕木に固定するために用いられる釘)が外されていたことが原因で蒸気機関車が脱線した。この結果、機関士と機関助士の2名が即死し、技師が重傷を負った。その後、この技師は死亡した。事件の真相は明らかにならなかったが、手口は後に発生した松川事件と似通っているとされる。
  
予讃線事件
【場所】現在の愛媛県松山市
【日時】1949年(昭和24年)5月9日午前4時23分
【概要】継目板・ボルト・犬釘が外されていたことが原因で蒸気機関車が脱線した。この結果、機関助士1名が即死し、機関士2名と乗客3名が負傷した。その後、この機関士2名は死亡した。この事件の約一年前に起こった庭坂事件と同様に、事件の真相は明らかにならなかったが、手口は後に発生した松川事件と似通っているとされる。
  
三鷹事件
【場所】現在の東京都三鷹市
【日時】1949年(昭和24年)7月15日午後9時23分
【概要】無人の電車が暴走し、時速約60kmのスピードで車止めを突き破って脱線転覆した。これにより、商店街などで6名が車両の下敷となり即死し、20名が負傷した。この事件に関与したとして共産党系の労働組合員10名と非共産党員であった元運転士の竹内景助を逮捕した。竹内のみ死刑判決を受け、他は皆無罪となった。竹内は、最初は罪を認めていたが、後に無実を訴え続けることになる。
  
松川事件
【場所】現在の福島市松川町
【日時】1949年(昭和24年)8月17日午前3時9分頃
【概要】庭坂事件や予讃線事件と同様に、継目板・ボルト・犬釘が外されていた。さらに、レール1本が十数メートルも動かされていた。これが原因で蒸気機関車は脱線転覆した。この結果、機関士2名と機関助士1名が死亡した。この事件に関与したとして東芝松川工場の労働組合員や国鉄労働組合(国労)の労働組合員など合計20名が逮捕された。一審判決では20名全員が有罪、二審判決では17名が有罪となったが、1963年に被告全員の無罪が確定した。

日本共産党に対する弾圧

 GHQは、日本の民主化政策(治安維持法の廃止、特別高等警察の廃止、内務省の廃止など)をGS主導で推進した。その結果、日本共産党は合法的に活動できるようになった。また、日本共産党が支援した労働組合による労働運動も盛んになった。ところが、労働組合による大規模なストライキやサボタージュ、デモなどが行われるようになると、GHQは日本共産党や労働組合に対して警戒感を持つようになる。また、中国共産党が中国大陸を席巻したこともあり、日本の共産化を恐れたGHQは、勢いづく共産主義者を弾圧する方針に転換した。その結果、官公庁や民間企業から1万人を超える「日本共産党員とそのシンパ」が解雇されることになった。
 レッド・パージについて、主なものを挙げると次のようになる。

 上記の鉄道テロについて、日本共産党と国労の仕業だという雰囲気が、事件当時の世間には蔓延しており、その結果レッド・パージを許す風潮が生まれたという。それは、相次ぐ鉄道テロに対する非難の矛先が日本共産党に向かい、そのような世間の風潮がレッド・パージを後押ししたと言い換えても良いだろう。
 このような雰囲気を醸成していったのは、イールズのようなGHQの人間に限ったことではない。下山事件が起きる数日前、1949年(昭和24年)6月30日付の朝日新聞では「“政治的意図の印象” 国鉄下山総裁が反撃」と見出しを掲げて下山のコメントを掲載している。その内容は以下のとおりだ。 

専門的知識をもち、内部の事情に通じている者が計画的に行っていると思われるところがある。またその地域もかつて急進分子が多かった地方に発生しており、何らかの政治的意図によったものであったかの印象を受ける。

 諸永裕司は著書『葬られた夏』に次のとおり書いている。                           

下山の言う急進分子とはつまり共産党であり、その影響を受けた左派労組を指していた。彼らの仕業だったのかどうかはわからないが、下山事件が起きる前から、すでに疑いの目を向けられるだけの素地ができていたことは確かなようだ。     

 上記の下山総裁のコメントは意味深長な印象を受ける。下山のコメントを表面的に捉えたら諸永のような見解になるのだろうが、別の見方もできそうだ。しかし、長くなりそうなので、また改めて論じたい。

(つづく)

参考文献
諸永裕司著『葬られた夏』朝日文庫(2006年)

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