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[創作小説] 短編「午前零時の乗客」

柱時計は午前零時前をさしていた。
真夏の夜にしては妙に澄んだ空気で心地よいのだが、どうにも眠れないのでわたしはベッドから降りて窓を開けて外を見た。夜中だと言うのに、小さな路地を挟んで真向かいにある公園は人で賑わっていた。その癖まったく音がしないのはなぜだろうと不思議に思いながら、わたしはパジャマ姿のまま窓から外に出て公園に向かった。背後で愛猫シャルルがにゃあと鳴いた。
澄んだ空気がゆらゆら揺れる。路地を照らす街頭は薄明かりだが、公園だけはスポットライトを当てたかのように鮮明に照らし出されている。
公園は人で一杯だった。
ブランコには幼い少年と少女が振り子のように行ったり来たりを繰り返しながら、楽しそうに笑ってお互いの顔を見つめ合っていた。二人とも真夜中なのに小学校の制服を着ている。
こんな時間に二人だけなのかい。
ううん、お母さんがもうすぐ来るよ。自転車に乗って。
そこへ手提げバッグを持った母親と思われる若い女性が息を切らしながらやってきて手招きした。すると、二人は同時にブランコから飛び降りて母親の方へ駆けていき、三人手をつなぐとそのまま公園を立ち去っていった。
公園の砂場ではピンク色のビキニ姿で長い黒髪が印象的な若い女性が座り込んで砂のピラミッドを作っては壊し作っては壊しを繰り返している。容姿に自信があるのだろう、惜しげもなく白い肌を晒していたが、確かに男好きのする魅力的な顔立ちと身体つきをしていた。
なにをつくっているんだ。
ピラミッドよ。みりゃわかるでしょ。もうじき彼が迎えにくるの。それまでの暇つぶしよ。
そのうち飽きたのか、舌打ちして彼女はピラミッドを脚で蹴って壊し、公園を後にした。
公園の奥のベンチには手押しカートを横においてベンチで居眠りをしている老婆がいた。わたしが近づくとうっすらと目を開けた。
早くおむかえがこないもんかねえ。
もうすぐきますよ。
向かいのベンチにはウイスキーボトルを片手に酔いの回った目をぎょろぎょろさせた、見るからに商売女とわかる派手な身なりをした女性がひたすら愚痴を言っていた。
今日で店じまいだわね。
不景気ですからね。
いつも不景気だわね。
他にも多くの人がいた。
時計を片手にひたすら公園の中を走るジョギング姿の若い男、ゴミ箱の隣で満足気に煙草を吸う見るからにホームレスの中年男。
真夜中の公園は実に賑やかである。

頭のなかで鈴の音が鳴った。そろそろ時間らしい。
家に帰らないと。そろそろ眠りにつかないと。
わたしは公園を後にして家に戻った。
窓越しにわたしのベッドが見える。
シャルルの他に、わたしの妻と医者がいた。
妻は泣いていた。
ベッドにはわたしがうつ伏せになって眠っていた。
ああそうか、やっと眠れたのか。
空気がすぼむように意識が遠のいていった。
最後にシャルルの鳴き声を聞いた気がした。

(了)


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