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ケズレヴ・ケース〜コーデリア01光宙記録 Report 5〜

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Report 4から続く

観測-検証-

  -Ne pas déranger !!-
 「Don’t disturb!!(起こすな‼︎)…と来たか……」
「えぇ、まぁ……」
 群旗艦コーデリア〇一から一光日後方の待機軌道にあった移住者母艦群の一隻、ジュピター級五群母艦アドラステア〇二に到着した群司令部副司令ジョセフ・アサクラ一等宙佐は、目指す気閘扉に掲げられたメッセージボードの前で苦笑していた。
 彼をここまで案内してきた需品科の当番航務員も曖昧な笑みを浮かべる。
 「それで? この”アマノイワト”はどうやって開ければ良いのかな? あぁ……。チトセ宙士長?」
 アサクラは、彼の名札を一瞥したあと、少し困った風な程で尋ねる。
 チトセ宙士長は肩をすくめながら、やはり困り顔で応じた。
 「さて……。”アメノウズメ”にでも踊って貰いますかね?」
「……つまり?」
「はい。外からは開く手段がないのです」
 そうだろうとは思ったが、実際に断言されると、頭を掻くくらいしか出来そうもない。
 だが、アサクラとしても、ここに眠るキリギリス、あるいは群司令イリア・ハッセルブラッド宙将補が云うところの”イパネマのご老体”には、何としても群旗艦コーデリア〇一までご同道して頂かねばならない。
 現在進行形の状況にある程度の道筋をつけるためにも、この”公団の生き字引”が生涯かけて貯めに貯め込んだ知恵とそれを下地とした学識が必要なのだ。
 チトセは簡単に"岩戸"に籠っている人物の現状を説明する。
 「……つまりはグリーゼ五八一近傍宙域到達まで起きるつもりはないようで……」
「どうやって到達時に起きるつもりなのかね? 多少は光程のズレもあるだろうに?」
「そこまでは……。あぁ、一応、室内コンソールは生きているのかも? 衛生科の方でも生体情報は常にモニターしている訳ですし……」
 右手で顎を撫でながら思案していたアサクラは、彼の言葉に一筋の光明を見た気がした。
 「……試してダメなら、また考えれば良い……」
 アサクラ一等宙佐は踵を返すと、訝しむチトセ宙士長を引き連れ、艦内通廊をブリッジへと向かった。
 移住者母艦群は、このグリーゼ五八一方面第五次派遣光宙艦群の中核であり、同時にこの母艦群をケズレヴへ無事に送り届けることこそが本光宙艦群の主目的でもある。
 殊にジュビター級でも五群と呼ばれるシリーズの母艦は、単艦での収容人員数は五千名程度の小規模艦ながらも、アサクラたちが太陽圏進発時に就航したばかりの最新艦で、当時はまだ四隻しかなく、しかもその四隻全てがこの光宙艦群に配備されているのだった。
 従来のジュピター級に比しても、超長期凍眠が可能な最新の環境ユニットが実装されている上、艦内時間で年に二回実施される生活環境メンテナンスもほぼ自動化されており、運用する操船科のみならず後方支援にあたる需品科、医療科のスタッフもこれまでのそれよりも十分の一でこと足りるように設計されている。
 そして何よりも船殻内の居住・凍眠区ユニットを特殊な緩衝ジェルで包みこむことで、加減速時に発生する余分なGを相殺する耐衝撃システムを実装しているのだった。
 進発前の編成会議で、それを知った時、大の重力嫌いで群司令でもあるイリアが珍しく公私混同して、こちらのどれか一隻を旗艦にしようと云い出した程だ。
 無論、諸々の現実的な問題により、その主張は着任したばかりのアサクラたち三人の幕僚陣によって却下された。
 例のイリアの風変わりな質問通り、彼、彼女たちは、早々と上官にノーを突きつける権限を行使したのだ。
 だが、イリアが羨む程には、光宙艦の安全性と信頼性、それを踏まえた上での効率化と省力化は、公団がもっとも重きを置いているオーダーであり、そのための技術開発の更新を怠ったことはないのである。
 それはハードウェア然りソフトウェアも然りである。
 派遣光程途上にある光宙艦群のハードウェア更新には限界があるが、ソフトウェアに関しては、リアルタイム補正は無理としても、それでも不可能ではない。
 つまりは、例の御仁が籠る”茨の森の城”とて同じことなのだ。
 “城内”で眠る主が心置きなく眠り続けられるように、”城外”にある各種艦内システムは連動しており、文字通りのライフラインとして機能している。
 凍眠システムは、人を仮死状態にする訳ではない。
 あくまでも極低温下で”それに近い状態”で生き続けたままにするものである。
 半死半生状態、"生ける死人製造機"あるいは”半ナマ状態維持管理機構”などと揶揄する向きもあるが、それは適切な比喩とは云い難い。
 例えコンマ何パーセントであっても”眠りびと”に死なれては困るのである。
 どこまでも長く緩やかで穏やかな生の継続こそが、凍眠システムの本旨なのである。
 だから、生体に繋がれたいくつかのチューブを通して、緩慢ではあるが決して止められない新陳代謝のために必要なもの、体外へ排除すべきものの交換は行われるし、それらが正常に行われ、生体が安定した状態にあるかどうかのモニターチェックも欠かすことはないのである。
 アサクラは、そこに活路を見い出しそうとしていた。
 だが、もし、城の主人を目覚めさせる手段が、唯一、口づけのみだったとしたら……。
 彼は、自身が知る”公団の生き字引”のプロフィール写真を思い浮かべた後、力なく首を振った。
 もし、その時は、当番であるチトセ宙士長に王子役を押しつけるか、はたまた、ただただ、それだけのために群司令にお越しいただくか……。
 自らの職権を濫用するつもりも、ただでさえ貴重な時間と労力を無駄にするつもりもないアサクラとしては、今、ここで自分が出来ることを可及的速やかに全て試すしかないのだった。
 彼自身は自覚していなかったが、公団随一のワーカホリックとしての血が密かに、彼の脳細胞を活性化させ始めていた。
 アサクラがアドラステア〇二へ向かって程なく、コーデリア〇一のブリッジではペポニによっってもたらされた実測データの検証が始まっていた。
 彼の乗艦に先立って、トリトン二二との情報連結によって、群司令部CICでの解析が進んでいたため、可視化されたグリーゼ五八一周辺の宙域での異変は、誰の目にも明らかであった。
 「……これは光程十光年時点で行っていたグリーゼ五八一の立体観測の結果です」
「……まだ、兆しは見られていないな」
「はい。以後、一光年ごとの定期観測データしか残っていませんが、宙域を限定して詳細な検討を行なった結果、極めて僅かではありますが、直近八光年の時点から、グリーゼ五八一を中心とした観測値の揺らぎがあることが判りました」
 CICセンター長も兼ねる次席幕僚のスジュンがコンソールに指を滑らせ、当該宙域の拡大図を皆に提示する。
 「揺らぎと云うのは具体的にはどう云うことなんだ?」
 同じく次席幕僚のハメットが先を促す。
 「直接的には、グリーゼ五八一の光度に予想される自然変動の誤差以上のものが観測出来ました。さらには赤外線、X線などの放射量にも変化が見られます」
 スジュンはさらにトリトンの無人探査体(プローブ)によって得られたデータから割り出された立体的な星域図を表示させる。
 「視差一光時程度の精度ではありますが、問題の障害物は、グリーゼ五八一のハビタブルゾーンの外周に展開しており、その領域は現在も拡大中と思われます」
 「つまり、およそ三年前にグリーゼ五八一宙域に出現したなにものかが、ハビタブルゾーンを覆い隠そうとしている…と云うことか?」
 ここでイリアが口を開いた。
 「現在得られているデータでは、あくまでも推論の域でしかありませんが……」
「だが、極めてその可能性は高い」
「はい」
 イリアはコンソールのモニターに映し出されているグリーゼ五八一をじっと見つめた。
 彼我の距離では、絶対等級がたかだか太陽の一.三%に過ぎないこの赤色矮星の周辺で起こっている現象の詳細を、今すぐに掌握することは極めて難しい。
 しかし、それでもこの変異が、こちら側、つまり光宙艦群の近傍宙域に出現したのではなく、目的地周辺でのものだと云うことが判っただけでもこの先の対応は変わって来る。
 「さて、どうしたものか?」
「……まずは、こいつがいったい何なのか? その正体を知ることが先決なのでは?」
  ハメットが首を傾げながら意見を述べる。
 「……これも推論の域は出ませんが……」
 アサクラの留守中、ハメットが首席幕僚の席に移ったことで空いた次席幕僚席に座っていたトリトン二二の艦長ペポニが眉間に皺を寄せながら、ひとりごとのように呟いた。
 恐らく、自分でもはっきりとした確証はないのだろう。
 「どうにも観測値の揺らぎが気になるのです。単なる遮蔽物だと云うだけでは説明がつかない程度には、グリーゼ五八一から放射されている赤外線やX線などの数値が低すぎる気がするのです」
「……あれは遮蔽しているだけではない……?」
 スジュンが興味深げに、眼鏡のレンズ越しに瞳を輝かせ、ペポニの言葉を反芻する。
 「通常の自然減衰値以上に吸収している……」
「あるいは……」
「それ以上の推論は我々よりもプロの学者、技術者の仕事だろう」
 そこまで云ってから、イリアは、空間電子工学博士でもあるペポニが苦笑するさまに気づき、自身が先程のエミリア主演のソープオペラにいまだ動揺していることに気がついた。
 「済まない。二佐、含むものはないのだ」
「いえ、お気になさらずに。小官は光宙艦艦長としてここにいるのです。それにこれは電子工学ではく、物理学の領域の話ですから」
「プロの物理学者は、今、副司令が迎えに行っている。それまでの間、プロに問うべき疑問を山積みにしておこうではないか」
 ペポニは本当に気分を害してる訳ではないのだと、イリアへの気遣いも含めて、彼女の提案に、育ちの良さも彷彿とさせながら首肯してみせた。
 何処か朴訥でありながら、その人柄も垣間見える彼に、イリアは好感を覚えた。
 ペポニとエミリアは人間としての品格が真逆のベクトルを指向しているのではないか?
 「彼と小官は共にないものねだりで惹かれて合っているのです。もしくはバイナリ……」
 エミリアがそう本気の愛を込めて語る程度には、ンガジ・ペポニ二等宙佐はタフでありジェントルであった。
 まぁ、公団では三番目だがな……。
 今回のブリーフィングには参加していないエミリアが艦長席からこちらをチラチラと眺めつつ、何か云いたそうではあったが、サーシャの指示で、各部署から矢継ぎ早に送られてくる艦長未決ファイルが、その口を封じていた。
 エミリアを黙らせたくば仕事に忙殺させるべし。
 サーシャ・ソビエスキーが一等宙佐として昇進し、光宙艦艦長の任を得て転属した折、後任の副長へ贈った言葉である。
 案ずることはない。
 私の艦の主砲は、常に彼女にゼロ距離で照準を合わせて指向している。
 非武装の光宙艦乗りにはお馴染みの冗談だったが、サーシャが普段は決して見せない無邪気な笑顔で囁かれた側は、百万の味方を得たようなものです、と彼女への信頼を口にするのだった。
 だが、エミリア・カートライト艦長が乗艦する光宙艦のブリッジがゼロ距離砲撃を受ける時、彼女の傍らに佇むのは、他ならぬ後任の副長たる自分なのだと云うことを、何故、気がつかなかったのか?
 そこで初めて、サーシャの言葉の真意に気がつく後任者だった。
 エミリアが万が一にも艦長として使えない人間と堕した時、サーシャの艦の主砲は、コンマ何ミリかの照準修整の後、精密狙撃を以って、無能な副長たる自分を屠るつもりなのだと。
 「……それはそうと……」
 スジュンがそっと右手を挙げて発言の許可を求めた。
 基本、自由闊達な発言が尊ばれるイリアの群司令部の幕僚とは思えないほど、控えめで複雑な笑みを彼女は浮かべていた。
 それはむしろ、常日頃のスジュンらしくない表情でもあった。
 「お忘れかもですが……。ウチにもひとりいます……。その……プロの物理学者が……」
 イリアは忘れてはいないと云い掛けて、実際には忘れていた自分に気がついた。
 スジュンの直交替士官として、CICに詰めることを仕事のひとつとするクライヴ・ハメット二等宙佐は、例によって、ただの飲料水をひとくち啜ったあと、誰にともなく呟いた。
 「あぁ、いたな。ひとり……」
 数分後、CIC直属のMOT嘱託調査員で統合物理学者のローズ・マダー博士が、常駐している機動モジュールシュピーゲル一七格納庫に隣接する機動調査班-Mobile Observation Team-待機室から、ブリッジへあがって来た。
 「……呼ぶのが遅い!」
 それが居並ぶ群司令部要員への、彼女に云わせれば、雁首ぶらさげているだけの阿呆な輩への彼女の第一声であった。

(続く)

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