浮世絵とJ-POP
現代で生活に寄り添う表現で最たるものは音楽なのではないかと思っています。昔気に入ってよく聴いていた曲を時間が経ってあらためて聴くと、懐かしさとともにその時過ごしていた場所や大事な人を思い出すことがあります。
歌川広重が「名所江戸百景」に取り組み始めたのは安政の大地震があった直後で、復興の願いを込めて江戸の各所を歩き描いたという話を聞いた時、その浮世絵を見た江戸の人たちは現代人が曲を聴く時と同じように思い出に耽ったんじゃないかと想像しました。東京の風景を描く「下町百景」というシリーズを始めてみると、それを見てくれた人が当時を思い出してくれて気持ちを共有するきっかけになった事がたくさんありました。大切な場所にはレコードのように思い出を再生する機能があるのかもしれません。
さらに「下町百景」を描く時には、J-POPや歌謡曲、日本の童謡に描かれる情景の世界を絵に取り入れたいと思っていました。時間経過による四季や朝、昼、夜の移り変わり、雨、風、雪といった天候、同じ場所一つとっても千変万化して、それはひとつの心象風景でもあり、その場所を知らない人でも伝わる部分があったらいいなと考えていました。広重の浮世絵にもそういった工夫が随所に散りばめられています。作品を見た人にホッとしてもらったり、慣れ親しんでもらいたいという心遣いに広重の温かみを感じます。
音楽のように絵を描きたいという思いが通じたのかは分かりませんが、少しずつCDジャケットのご依頼をいただくようになり、特に力を入れて取り組んできました。バンドによって毛色も違うのでよく聴きこんで、なるべく歌詞の意味を理解して絵に盛り込めるように毎回工夫しています。イラストと合わせて、聴いてみてください。
クウチュウ戦「Sukoshi Fushigi」
プログレッシブロック色の強いバンド。少し幻惑的にシュールレアリスムとポップアートの要素を取り入れて、夢のような風景を描きました。
「Koochewsen - 光線 Ray of light (Official Music Video) 」
森山威男・板橋文夫「おぼろ月夜」
モダンジャズの大御所のお二人が日本の童謡を演奏したアルバム。郷愁を誘うような、日本人の誰もが持っている心象風景を描きました。
「板橋文夫 Fumio Itabashi - 渡良瀬 Watarase」
waffles「Tokyo Métropole 」
wafflesの曲はその名の通り、柔らかいけどしっかりとした存在感があります。楽曲のイメージから、稲垣足穂のような宇宙観と未来の東京が交錯したようなファンタジーを描きました。
「waffles 2018 newE.P “Tokyo Métropole” - teaser」
MINAMI NiNE「IMAGINE」
パンクロックバンドなのでストレートかつカラフルに描きながら、日本的な情緒やメンバーの持つ外連味のない温かさも意識しました。
MINAMI NiNE – 群青 (OFFICIAL MUSIC VIDEO)