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当事者でなければ子どもの悪事にも冷静になれる

昨夜、仕事で遅くなった私のLINEに、代休で家にいた夫からメッセージが入った。

「息子くんが最悪です」という報告だった。

聞くと、習い事に勝手に家のiPadを持っていき帰りの道中遊び、それだけにとどまらず、家の目の前の駐車場に座り込んで30分ほど遊んでいたらしいのである。

あまりにも帰宅が遅いと心配した夫が探しに出たところ、家の前で発見されたといういきさつだ。

LINEメッセージをもらった時点で息子の無事は分かっているし、その後の始末(夕飯や説教)が全て終わった後、わたしは帰宅した。

1時間前の我が家は、それはもう大混乱だっただろう。なにしろ小3の男子が夜8時を過ぎても帰宅しないのだから。事故や事件に巻き込まれたのではないかと心配するのは当然だ。

でも、すべてが終わった後に知った側からしてみれば、ちょっとしたエンターテイメントなのである。むしろ、息子の果敢なチャレンジに対して、賛辞すら送りたくなる。何せ、家のiPadにはパスワードがかかっていたし、家のWi-Fiがなければコンテンツを楽しめないのだから。

ああ、一般的に世の中の父親がこういう感じなのね、と思う。全てが一旦完結した後に聞く家庭のトラブルは、なんだか物語に見える。

客観視できる大人の役割

怒りで息子と話ができず、娘を連れてさっさと寝支度に入ってしまった夫を横目に、ここは冷静なわたしの出番だと、息子と話をした。

君のやったことは、私たち家族の信頼を損なう行為であり、このことにより今後君は、しばらくの間、自分の言うことを信用されなかったり、相手から約束をしてもらえないという損失を被ることになるが、これは当然の結果である。このままの状態が嫌であれば、自分の信頼を回復するよう努めよ。

こんな具合に話して聞かせたものの、自分が夫もしくは祖母の立場で当事者だったら、冷静にこんな話はできなかっただろう。

家族のことであっても、その場で自分が当事者になっていなければ、こんなにも心持ちが違う。と、同時に、家庭内で大人が子どものトラブルに対応する際、こういう役割分担が出来るとなかなか良いということに気づく。ただし、当事者としての大人も一人では対応しきれないこともあるため、複数人必要だ。(我が家の場合でいえば、その場には義母がいた)

「孤育て」に果敢に奮闘している(主に)母親一人では、こういうケースをうまく最後まで持っていくのはなかなか難しいよなぁと思うのであった。

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