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古典de化学「舎密開宗を読もう①」序例と第一章

1.はじめに

私のブログシリーズ「近代漢字文化圏の話」ではすっかりお馴染み、江戸時代の化学書『舎密開宗(せいみかいそう)』。

これを読んで古典と化学の知識を深めていこうというのが今回の「古典de化学」シリーズです。

今までの「近代漢字文化圏の話」シリーズと平行してこれから連載していきたいと思います。


私のブログを今回から読んでくれている人のために『舎密開宗』について軽く説明すると、『舎密開宗』は徳川12代将軍・徳川家慶の時代に初版が発行された、日本初の体系的な化学書です。ちなみに「舎密(せいみ)」というのが現代語の「化学」に当たる言葉です。

初巻の刊行は今から300年ほど前の1837年。あの大塩平八郎の乱があった年です。

著者は蘭学者の宇田川榕庵(うたがわようあん)。

彼はオランダを初めとするヨーロッパの化学書を翻訳し、自分流にまとめ、この本を書き上げました。

そんな『舎密開宗』には、宇田川榕庵が化学概念をオランダ語から日本語に翻訳する際、当時の日本語には適切な訳語がまだなかったために造語した化学語彙が多数含まれています。

その語彙のほとんどは現代の私たちが中学校、高校の化学の授業で習うものです。

この本を読むことで榕庵の造語が今も私たちの日本語に生きていることを発見できるでしょう。


また『舎密開宗』は漢文調の文章で書かれています。

ですからこれを読むことは、単に江戸期の化学を知り、現代日本の化学の源流を知るだけでなく、漢文の教養や漢字の知識を再確認することにもなるのです。

本当にそんなことができるのか疑問ですか?

...それでは試しに一部部分を読んでみましょう。

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画像だと読みにくいので以下に引用します。

なお引用に際して、漢字は新字体に改め、外来語以外のカタカナについてはひらがなに改め、さらに句読点や括弧といった記号も読みやすさのために補うこととします。

水之成分 第四十六章
水は純体にあらず水素と酸素を以て成る。
今、試に澒槽を装置し水素瓦斯(ガス)、酸素瓦斯、分量宜(よろし)きに適(かな)ふを和し火を点じ爇(や)けば、乃ち水を生ず。
伹(ただ)し此に一種の瓦斯、直(ただち)に和合し成る者に非ず。

どうですか?

漢文の勉強も化学の勉強もできそうでしょ?

もちろん、300年前の化学なので今では否定された説が載っていることもあるのですが、そこについては誤った知識を広めないよう適宜注釈を付ける予定です。


それではこのブログを読んでくれている理系の皆さんは、漢文の文章に慣れるために、文系の皆さんは化学の教養のために、私と一緒に『舎密開宗』を読んで文理の知識を深化させていきましょう!!


2.『舎密開宗』序例

今回は初回ということで、『舎密開宗』の序例から読んでいきましょう。

..と思ったのですが序例は割愛したいと思います。

そもそも「序例」とは簡単に言えば「前書き」みたいなものです。

著者・宇田川榕庵の意気込みなんかが書かれていたり、当時の社会背景なんかが書かれていたりします。


ただ、あくまで前書きですから化学知識は必要とされませんし、内容的にはゴリゴリの漢文。完全に文系な感じです。

江戸時代の化学そのものに関心があったり、化学物質やその製法についての文章が読みたいという理系の方には序例は全然面白くないかもしれません。

それに『舎密開宗』の序例は異様に長いんです。

正直読んでいて私は飽きました。

ちなみにこんな感じです。

画像1

とりあえず画像を持ってきました。

私的にはあんまり面白くないしただ長いだけの文章だったので、読みたい方は各自で国会図書館のデジタルアーカイブからご覧ください。

それでは序例は飛ばして本編に入り、第1章から読み進めましょう。

3.第一章 「舎密親和」

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この章は化学物質の親和に関する章です。

つまり、親和性の話ですね。


それでは以下に引用しましょう。

なお引用に際して、漢字は新字体に改め、外来語以外のカタカナについてはひらがなに改め、さらに句読点や括弧といった記号も読みやすさのために補うこととします。また解説を適宜挟むため、章を分割して紹介することとします。

舎密親和第一章
天地間異類の万物は各々親和の力徳を具(そな)へざる者莫(な)し。

意訳すると「この世界のどんなものでも親和力を備えている」ということです。

「具(そな)へざる者莫(な)し」は漢文らしい二重否定。結局は肯定を表すので注意です。

然れども其の彼と此とを択(えら)ばず、甲と乙とに拘(かか)わらず尽(ことごと)く親和するにあらず。
諭(たと)へば油の水に於(おけ)る、澒(みずがね)の水に於るが如し。
三物一器に在て膚接すれども和せず、油水は必ず浮み、澒は必ず沈降す。

「だけど、あれこれを選ばず全ての物質が親和性が高いわけではないよ」という意味の文章で、具体例も挙げて説明しています。

具体例は「水と油」「水と澒」を挙げています。

「澒」は「みずがね」と訓読みし、これは現代語の「水銀(元素記号:Hg)」を表す言葉です。「(みずがね)」は今後もよく出てくる頻出漢字ですので、是非ここで覚えていてください。

確かに「水と水銀」を混ぜても、混ざらずに水銀は沈むだけですよね。

こんな感じで物質には親和性があるのとないのがあるよという話です。

それでは次です。

按(あんずる)に舎密親和は異類分の相見て親(したし)み和する力にし、引力の一種に属す。
故に一(ひとつ)に舎密引力と名(なづ)く凝聚力、黏着力と自ら差別あり。

「今話してる『舎密親和』は異なる物質同士の親和する力なので、『凝聚(ぎょうしゅう)力』や『黏着(ねんちゃく)力』とは違いますよ」と言っています。

どう違うのかが次からです。

所謂(いわゆる)凝聚力は同類分の相積(あいつみ)て形を成す力なり。故に凝聚親和、堆積引力の名あり。
凡そ物の固形を成し、或(あるい)は流動し、或は瓦斯を成すは凝聚力の進退存亡に係るなり。

「『凝聚力』は同じ物質同士が繋がるときの力で、『凝聚親和』や『堆積引力』という別名をある。物質が固体になったり、液体になったり、気体になったりするのはこの『凝聚力』が強くなったり弱くなったりするからだ」と言っています。

さっきのところで『舎密親和』は異なる物質同士の親和する力と言っていたのでそこが違うことが分かりますね。

ちなみにこの『凝聚力』は今では『分子の運動エネルギー』と解されています。物質が固体になったり液体になったりするのは『分子の運動エネルギー』が温度や圧力によって活発になったり減退したりするからですね。

さて、次にいきましょう。次は『黏着(ねんちゃく)力』の話です。

所謂黏着力は二個の異類体の外表に在る引力にし、夫(そ)の同類体の内情より起る。凝聚力に異なり。
諭へば、玻瓈(はり)板の一寸五分平方の物を天秤の右盤の背(うら)に正しく膠(つけ)し、其左盤に権(ふんど)を置きて針頭を対し大盂(おおざら)に澒(みずがね)を盛て右盤の下に置、衡の右端を推(おし)て板の下面を澒に触れば、板と澒と黏着し、左盤に九銭十八分の権を加へざれば離れず。
然れば則ち、一寸五分平方の玻瓈板と澒は九銭十八分の黏着力ありと称す。

まず、『玻瓈(はり)板』というのは『ガラス板』です。つまり、これは「『ガラス板と大皿』の間に『水銀』を塗って接着するとくっついてなかなか離れない」と言っているのです。

ここで『ガラス板と大皿』を離れなくしている力が黏着力(粘着力)だと言っているのですが、皆さんはこの『黏着力』の正体は分かりますでしょうか?


...表面張力?


そう思ったあなたは正解!


ただ、前段で「二個の異類体の外表に在る引力」と述べていることから、より正確に言うのであれば、表面張力をもたらす力、分子間力です。

この分子間力の原理を軽く説明すると、ガラスのように、すごくなめらかな面どうしを密着させると、接した面の分子の間に引き合う力が多数はたらき、強くくっつくのです。


こんな感じで第1章は色々な力について解説しています。

3.おわりに

とまぁ第1章は現代とは呼び名が違う難しい言葉が多くて少し大変でした。ちょっと面白くない章でしたね。
本当はもう少し化学らしく『塩化なんとか』とか『酸化なんとか』とかを扱いたかったのですが、まぁ第1章がこんな内容だったので仕方ありません。


次回は第2章から読んでいきます。
次回は塩酸ナトリウムとかも出て来て少し化学らしくなってきますよ!

今回は少し難しくて退屈だったかもしれませんが、理系の皆さん、ここで読むのをやめないで次回以降も見てみてください!
もっと理系らしく、実験なんかもこの後出てきますので、きっと楽しく読める章もあるはずです!!


それではまた次回お会いしましょう!

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