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【2021年8月】夏はそーめんより冷やし中華派


タイトルはいつもの如く特に意味は無いです。
セブイレの冷やし中華好き🔆



夏ですねえ。夏!!


8月はいっぱい遊ぶ予定入れてて超久しぶりに土日全部予定詰め詰めにしてたのに、某感染型ウィルスによって半分くらい無くなった。

怒ってます!!ぷんぷん!!


そんなこんなで8月ももう終盤に差し掛かっています。

そうです。終盤に8月noteを更新してます。へへへ。


理由は惰性とある予定の後に書きたかったからです。(割合8:2)

その話は一旦置いといてですねえ。


またつらつらと今月も心の内を綴って行こうかなと思います。



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やはり前から感じてはいましたが、特に最近某ウィルスによる弊害を感じます。

去年くらいまでは「まあしゃーないか、、」「今年は我慢か、、残念、、」程度に思っていましたが(それでも結構悲し悔しい)

行きたい場所へ行けなかったり、やりたいことへの制限であったりと、活動の制限がかかりまくることに、憤りや焦りを感じはじめてしまっている。。


「明けてから行けば、チャレンジすれば良いじゃん!」なんて話もありますが、そんな話では無いのです。。

今したいの!!今!!(泣)

子どものように駄々をこねたい。←


まあ確かに一理はある。この情勢の中においては正論だ。

別に年取ったって出来ないことなんてほとんどない。よく【何かをするのに年齢なんて関係ない!】と言いますが【若いうちに経験するに越したことは無い】と思います。自分は何にをいても最善手をとりたい。


まあ年齢に固執しているわけではないけれど、遊びでも様々な体験でも、何事も早めに経験しておくことに越したことは無いと思うし、早ければ早いほど、その後ろに色々詰め込めると思う。またその後何かにやるにあたってもその経験の数が手札となり糧として活かせることもあると思うから。

だからこそ、鉄と同じように気持ちが熱いうちに叩いてやりたいたいし、身も心も覚める前に、どんどんやりたいことをやりたい。。

「また今度」とか「いつか〜」って言葉、あんまり好きじゃ無いです。(よく気乗りしないお誘いとかには使うけど←、便利だよね←)

好きじゃ無いですとは言ったが、人が言う分には全然良いです。笑
自分が使う分として好きじゃ無いだけで。人に対しては1mmも思いません、むしろ分かる、、そう言いたくなるよな。。


【人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが何事かをなすにはあまりに短い】

学生時代の国語でお馴染み、山月記の作者の中島敦の言葉らしいね。


この言葉は結構ぐさりとくるものが昔からあって、18歳くらいの頃から生きてきた世界の狭さや特に何も無さすぎるこれまでの人生のちっぽけさを感じはじめ「やべっ!!」ってなってから。早い。早すぎる。笑

ダンス、フラッシュモブ、ミュージカル、よさこい、演劇、歌、海外、無人島、その他諸々、、

自分の好奇心とワクワクと経験欲と、焦りに駆り立てられて、本能のままに手を出してきた。とても濃いし、とても充実していた気がするが、一瞬だった。

特に周りに流され何も成そうとせず生きてきた時間は感覚としてゆっくりと流れ(部活には燃えてたけど)、そこから何か色んなことにチャレンジだ!と何か成そうと動きはじめてからは本当に一瞬にして過ぎ去っていった。掴みきれなかったものもあるくらいだ。


だから今その勢いのままに、このご時世で出来ないことが多すぎる、ひたすらに足踏みをさせられているこの現状にとても憤りと焦りを感じるのです。。


やばい!!そんなこんなしてるまに25歳になっちゃう!!!!

20代折り返しちゃう!!無理!!

確か20歳のときに20代のプランを結構考えてたのに、今結構狂ってます。つらひ。。

こうやってもたもたしてるうちに年老いて死んでいくのか、、と思ってしまうほどに弱ってます←、よくない!!!!!!笑


まあこのご時世でも何かしたいなあと色々とやってはいますが、心の底からワクワクするような出来事には久しく出会っていません。

正直、やろうと本気で思いなりふり構わずやってやろうと思えば割と出来るんでしょうが、仕事柄や、やったところで環境として万全でないこと、様々な面で自分にコントロールできない制限があること、周りと一緒に100%で楽しみきれないこと、周りの目(これが一番デカい)等があるので、中途半端になったり、自分として100%の満足感は得れないのだろうと感じているので下手にやったれ精神で動くことはしません。(言い訳とか言わないで←)

まあ裏を返せば逆に知識、お金、技術、経験、様々な面において、蓄えの期間でもあると思うので、そこは地道にやっていきたい。

とはいえ、何とか出来ることもあると思うし、自分がまだ見出してない楽しみもあると思うので、諦めず心を強く持って、まだまだ先の見えないこのご時世を生きていきたいと思います、、!!!


※ちなみに今したいのは遊びです。学生時代はとても周りに比べ遊んでこなかったので遊びの経験が少ないから、いっぱい憧れてきた遊びや自分の知らない遊びを経験したい。とりあえずチープなところでいえばプールに行きたいです。←
(行ってないテーマパーク、日本各地、島。フェス。バンジー。スカイダイビング。旅。etc,,,)


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理由は惰性とある予定の後に書きたかったからです。(割合8:2)

この2割のとある予定。

それは

今年も無人島に行ってきました。

4回目の無人島。

慣れたもんです。←


今回は今まで一番過酷やった。←

ほぼ嵐の中船で向かい、暴風雨にさらされながらご飯を捕る、食べる。

テントの中で水浸し、水溜りテントで就寝。

【生きるを学ぶ】がテーマの中、今まででダントツでかなり生を感じたな。。。笑


まあそんなことは置いといて。


社会人になってから、とあることを少しずつやっている。

学生の頃から計画していたが、それは

学生の頃に経験したことを、社会人になってからもう一度やる。

ということです。

無人島は一応去年も行ったが、やることが無さすぎたので今年も行ってきた。


無人島には色々な人が来ます。

大学生、学校の先生や、医療従事者、カメラマン、営業マン、経営者、社長、フリーランス、旅人や世界一周を目指すパティシエから、エリート街道突っ走り、アメリカの大学を卒業して日本で幅利かせまくってる天才一個下、ジョージアでお酒作ってる人やら何してるかわからない人などなど。。

そんな人たちと無人島という身分も年齢も関係無くなる環境で対等に話ができ、同じ空間で生活を共にするという経験を、学生時代と社会人である今とでどう感じ方が変わるかを検証した。


まずは周りの反応。学生時代は若いね〜〜!!と言われまくるが、24歳ともなると何もない。←

自分の行動も変わった気がする。正直4回目なので慣れもあるが、皆が意気揚々と魚を獲りに行く中、自分は海に潜らずに岩場で貝と蟹と亀の手をひたすらに採っていた。←


でもやはり大きく変わるのは「話題」じゃないだろうか。

学生時代は聞き手に回ることが多いように感じる。それは色々な人から話を聞いて糧にしたいとか、アドバイスがほしいとか、まあ年上は年下に話したがる傾向にあるためよりそういった構図になりやすい。

ところが社会人になると話し手になることが増えた。自分は聞き手が好きなので(話すの苦手なだけ)あまり元々身分年齢は気にせず各個人一人の人間としてバックグラウンドや想い、価値観があると思うから、それを聞きたいなあと思っている。しかし学生からアドバイスを求められたり、どういう考え方や想いを持っているのか、これからのことなど、話し手に回ることが多い気がした。


気持ちとしてはそこまで学生時代と社会人時代の今と変わりはないように感じるが、この社会は自分の内面的な成長があろうがなかろうが関係なく、時が経っていけば、勝手に大人になっていき、ある程度その年齢に適した人間性やスキルがあるという前提でフィルターをかけてみられるのだろう。

と、思った。笑

いや、自分の周りが出来すぎているだけなのかもしれないが。。笑


まだまだ自分は社会人3年目、24歳であることを胸張って堂々と誇れるほど、相応な人間ではないし、年下の人と話していても「り、立派や、、!!」と打ちのめされることも多いので自分のような半端者、そんなフィルターでみられてしまうと、ボロが出そうで顔を覆いたくなる。←


まあ落ち着きがあるとか、お金がめちゃくちゃあるとか、そういう所ではなくて、普段ふざけていようとも内面的な基盤がしっかりしていて、自分の軸をしっかり持ち、自立していて、それなりの知見の深さがあるような、せめてそんな人間でありたいなと思うわけで。


最近人と住むことを考える機会があったが、共に住むということは支え合うことではあるものの、自分としては一人でも完全に自立して生きていけるという土台(前提)があるうえで、その選択肢をとりたいと思っていて。シェアハウスみたいなある程度独立している環境ならまだしも、そもそも自分のことも中途半端な自分が人と支え合い住もうなんて、おこがましすぎると感じてしまいます。。笑(自分のやりたいことに制限がかかってしまう意味合いもある)


やっぱり自分としては、年々勝手に自分がアップデートされていくので、それに伴いしっかりせめて年相応に恥じぬくらいには中身もアップデートしていきたいですねぇ!


まあ結論から言うと、同じ経験を学生から社会人になってしたうえで感じたことは、周囲が自分を見る目が変わるということ。

でもそれは良い意味悪い意味でも大人になっているということだから、自分もどんどん変わっていってるねんな〜、あの頃からは環境も変わって、もう学生じゃなく一社会に出た大人として生きてるねんな〜って改めて感じた。


学生時代にこの経験をしていた功績はでかいぜ。。


ただ学生を見てて学生に負けないくらい一生懸命に生きてる自分、ええやん??って思ったからそういう意味でいうと、学生の頃何となく良いなと思う社会人にちょっとだけ寄ってる気がしたからこれからもがむしゃらに追い求めてキラキラしたいなあと思います。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 



後最後に仕事の話。


無人島で4回生の人に社会での生き抜き方とか楽しみ方とか教えてください!って言われて「いや”!!!俺が知”りたい!!!!」ってなってんけど、


確かに社会人の仕事って学生からすると大変なイメージあったなぁ、、と思った。笑


自分結論から言うと仕事楽しいから「仕事楽しいで!!!俺仕事たのしい!!!」って言うけど、


それは総評として【楽しい】っていう評価になってるの。


でもそれを聞くと全部楽しいって思うから、いざやってみるとしんどいこともあって「え、、楽しくない。。」となるのよね。笑


自分も楽しい言うてるけど、いざ楽しいと言っているその箱を開けて見てみると、大変こととか、しんどいことめっちゃ入ってるし、楽しいって思うことよりそういう辛いことのほうが割合としては多いかもしれない。

でもそれありきで、楽しいと思う。


空腹のときに食べるご飯が美味しいみたいに、

障害物の多いコースのほうがゴールした時気持ち良いように、



自分で言うなら福祉業界なので、子ども、親御さん共に、例えば「できないことがある」とかの悩みを持っていて、それに一緒に悩んで考えて一緒に頑張って、いつ来るか分からないゴールまでの道のりを大変なことや辛いことを乗り越えた先にある、子どもの「できた!」っていうほんの些細な一瞬の喜びが、


それまでの苦労を全てひっくり返す瞬間になったり。


それまでに自分が感じた苦労や悩みも、それがあったからこそ次に活きるし、それすらも糧になる。その最中はそうは思えなくても、きっと乗り越えた先にはそう感じられるタイミングがあるんじゃないかな、、


このちっぽけな3年目現在と少しそう思える所があるから、

全部が全部楽しいわけじゃ無いと思うけど、むしろ楽しいことって割合としては少ないかもしれないけど、色々悩んだ先にはきっと、それをも凌駕する「楽しい!」って思う瞬間があるかもしれない思うから無理のない程度に頑張りたい!!って自分は思う。



まだまだ仕事は不十分で未熟だけど、「何年目?」って聞かれて胸張って「3年目ですう!!!!!」って言えるようになりたいぜ!がんばろ!!



(でも本当に自分に合ってないとか、ごく一部環境がシンプルに良くないこともあるから、そこの見極めは難しいけど、そうであればこれ一択。逃げるが勝ち!!!他の選択肢なんて山程あるもんね!!!!)




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今年は暑さに弱くなったのか、気温の高さにやられやすくなったけど、残り少ない夏、ちょっとでも楽しむぞー!!!🌞


#卓球オリンピック #めちゃくちゃ良かった #水谷はやっぱりレジェンドやった

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