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じぶんよみ源氏物語 8 ~色彩と言葉と~

THE 紫


「夕顔」の次は、第5帖「若紫わかむらさき」です。

タイトルの通り、
言葉と行間から紫色がぷんぷん匂います。

物語のヒロインである
紫の上の登場の印象が強いですが、
じつは、藤壺ふじつぼと光源氏が
ついに結ばれてしまう場面でもあります。

若々しい紫草むらさきの深いところには、
ダークな紫の根が絡みついているのです。


それにしても、紫は、
何とストーリーに満ちた色でしょう!

光の波長のうち、
最も短いのが紫。(長いのは赤)
つまり、いちばん強い色なわけです。

これを知ってか、
聖徳太子の冠位十二階では、
最高位の冠は紫色でした。

藤壺の「藤」は、藤の花。
古くから女性の象徴として愛されてきた
優雅な紫色の花です。

もう、最初から最後まで、
紫に染まっている巻、
それが「若紫」なのです。


なぜ「紫の上」なのか?

紫の上は、藤壺の生き写しでした。
それもそのはず、
彼女は藤壺の姪にあたります。


(光源氏)
手にみていつしかも見む紫の
ねにかよひける野辺のべの若草

(訳)
手で摘んで早く見たいものだ。
紫草の根につながっていた、野辺の若草を。

ここでの「紫」は、藤壺を指します。
「ね(根)にかよひける」とは
血縁関係があることを言っているので、
「野辺の若草」とは紫の上ですね。

恋する藤壺とゆかりがあるからこそ、
紫の上が愛おしくてたまらない、
と言っています。

なお、上の和歌は、
古今和歌集の一首が念頭に置かれています。

(読み人しらず)
紫の一本ゆゑに武蔵野の
草はみながらあはれとぞ見る

(訳)
ここにある一本の紫草のために、
武蔵野にある草が
すべて懐かしく感じられるよ

武蔵野とは、紫草の産地。
紫は、ゆかりを感じさせる色。

藤壺を思うだけで、
全てが彼女で埋め尽くされるのですね。


若紫を垣間見る

「中の品」の女性たちが物語から退出した後、
光源氏は熱病にかかってしまい、
京都北山の寺で療養を余儀なくされました。

夕暮れの小柴垣こしばがきから僧帽そうぼうの庭を眺めた時、
その少女を見つけたのです。
古文の教科書に載っている場面ですね。

藤壺で胸がいっぱいだった光源氏は、
若紫を見て胸がキュンキュンします。

そう簡単には女性になびかないが、
ひとたび好きになれば何としてでも手にする
光源氏の性癖に火がつきます。


心を盗まれた光源氏、紫の上を盗む

18歳の光源氏に対して紫の上はまだ10歳。
いてもたってもおられなくなった光源氏は、
あおいの上との不和も手伝って、
ある夜、
紫の上の寝床に忍び込み、
盗み出し作戦を決行するのです。
空蝉の時と同じ、お得意のやつです。

最初はおののいていた紫の上でしたが、
光源氏との生活にもしだいに慣れ、
少しずつ打ち解けていきます。

源氏は絵や書を描いてみせ、
何とか手なづけようと必死なご様子。

(光源氏)
ねは見えどあはれとぞ思ふ武蔵野の
露わけわぶる草のゆかりを

(訳)
まだ寝(根)てはないけど、心から愛おしい。
武蔵野の会うことができない
紫草(藤壺)のゆかりのあなたのことを。


すると、
紫の上はこんな和歌をしたためます。

(紫の上)
かこつべきゆゑを知らねばおぼつかな
いかなる草のゆかりなるらん

(訳)
武蔵野と聞くと恨み言を言われる
その理由を知らないので、
わけがわかりません。
私はどんな草のゆかりなのでしょう?


10歳にして、将来が楽しみな和歌が、
太い筆跡で書かれていました。


紫の上、
なんて素敵なネーミングでしょう。

この名前は、
現実世界において、
藤式部とうのしきぶと名乗っていた物語の作者を
紫式部に変えてしまうほどの
輝きと意味をもっていたのです。

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