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「Well-Beingな会社のつくりかた」OPEN VUILD #10

建築テック系スタートアップ VUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家を招き、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合う「OPEN VUILD」を開催しています。第10回は「Well-Beingな会社のつくりかた」をテーマに、2019年4月24日に開催されました。

「Well-Being(Well-being)」とは、心身が健康で幸福な状態であることを意味する概念で、企業経営や組織づくりの新しい手法として近年注目を集めています。そこで今回は、日本最大級の不動産ポータルサイト「LIFULL HOME'S」を運営する株式会社 LIFULL 代表・井上高志さんをゲストに招聘。利他の精神に基づく「利他主義」を社是に掲げ、「より良い会社づくり」から「より良い社会」の実現を目指す井上さんと共に、Well-Being な組織のあり方について対話しました。

Text by Risa Shoji

不動産業界のオープン化を目指し、26歳で起業

秋吉 本日のゲストは、株式会社 LIFULL の井上高志さんです。井上さんは起業家の大先輩であり、2017年の創業直後から出資いただいているビジョンパートナーであり、VUILD の活動を常にサポートしてくださる頼もしい存在です。

井上 LIFULL の井上と申します。みなさん、本日はよろしくお願いします。

秋吉 VUILD も創業2年目を迎え、メンバーが増えてようやく組織らしくなってきました。今は3つの事業を柱に活動しています。まず、全国の中山間地域を中心に 3D木材加工機「ShopBot」を導入し、デジタル生産拠点の全国ネットワークを構築すること。次に、クライアントワークにおいて ShopBot を積極的に活用し、新しいデザインの提案や事例を創出すること。そして、CADで設計した建築部品のデータをオンラインでアップロードするだけで、全国の生産拠点に設置されたShopBotで即座に加工してお届けするクラウドプレカットサービス「EMARF」の開発運営です。

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秋吉 この春からは、既存の3つの事業をそれぞれ独立させ、そこに管理部門を加えた4部門で運営する体制に移行しました。各事業部がルールメイキングから予算管理、発注管理まで各々の責任で行っています。今は、この新体制の中で社員ひとり一人が高いモチベーションを持ち、生き生きと仕事に取り組める環境をどうやってつくっていくかが課題です。そこで今日は、経営者の先輩である井上さんに、創業期の企業運営のあり方や組織づくりについてアドバイスをいただきたいと思っています。

井上 わかりました。それでは簡単に自己紹介から。私は新卒で不動産デベロッパーのリクルートコスモス(現・コスモスイニシア)に入社し、26歳で独立しました。1995年のことです。しばらく個人事業主として活動した後、1997年に株式会社化し、不動産ポータルサイト「HOME'S(現:LIFULL HOME'S)」を立ち上げました。

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井上高志 Takashi Inoue /株式会社LIFULL 代表取締役社長。リクルートコスモス(現 コスモスイニシア)を経て、1997年に株式会社ネクスト(現 株式会社LIFULL)を設立。不動産・住宅情報サイト『HOME’S(現 LIFULL HOME’S)』を立ち上げ、総掲載物件数No.1のサイトに成長させる。現在は国内外に40社以上のグループ会社を擁し、世界63ヶ国にサービスを展開。2017年に社名を「株式会社LIFULL」に変更。一般財団法人Next Wisdom Foundation 代表理事、公益財団法人Well-being for Planet Earth 評議員、一般社団法人新経済連盟 理事、一般財団法人PEACE DAY 代表理事、一般社団法人21世紀学び研究所 理事等も務める。

秋吉 誰もが全国の不動産情報にアクセスできるサイトをつくることで、それまで不透明な部分が多かった不動産業界のオープン化を目指したわけですね。経営面は最初から順調だったのでしょうか?

井上 いえ、厳しかったですよ。当時はインターネットで不動産を探す習慣がなかったので、そもそも市場がない。サービスを立ち上げることで、市場をつくっていった感じですね。だから「HOME'S」の売り上げが安定するまでは、並行して受託仕事をこなしながら日銭を稼いでいました。

秋吉 受託はどのような仕事を?

井上 ウェブサイトの企画開発と運営ですね。ピーク時には、不動産関連サイトの開発から運営まで19社ほど手がけていました。その後、2002年ぐらいに「HOME'S」の売り上げが上がってきて、受託仕事とちょうど半々ぐらいの割合になったんです。それぞれ5億円ぐらいの売り上げがありましたが、その時点で受託仕事は思い切ってすべて止めました。

秋吉 5億円の売り上げを捨てるのは、かなり勇気がいる決断ですね。

井上 受託仕事は100%やりたいことができるわけではないので、やはり疲弊するんですよ。だから、本来やりたかったことにリソースを振り向ける「選択と集中」が必要だと判断しました。その後、創業13年目の2010年に東証一部に上場。現在は、国内外に16社のグループ企業と1300人以上の社員を抱え、海外60か国以上に事業展開しています(2019年4月時点)。

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経営理念を明確に言語化し、組織全体で共有する

秋吉 2017年には、社名を「ネクスト」から「LIFULL(ライフル)」に変更していますね。

井上 「LIFULL」とは「あらゆる人々の LIFE(人生)を FULL(満たす)にする」という意味の造語です。設立20年の節目に、創業以来の社是である利他主義を意識した社名にしたんです。

秋吉 そもそも「LIFULL」という社名が、心身ともに健康で幸福な状態であることを意味する Well-Being の思想を体現していますよね。井上さんが企業経営のコアに利他主義や Well-Being を置くのはなぜでしょうか。

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井上 それは利他主義や Well-Being を追求することが、事業の持続的成長や企業価値の向上につながるからです。利他主義とは、仏教用語の「自利利他」に由来する言葉で、要するに「目の前にいる人をHAPPYにすることで自分もHAPPYになれる」という意味です。

秋吉 世のため人のためになることをすれば、いつか自分の利として帰ってくる、と。

井上 いえ。よく誤解されるんですが、そうではないんです。「自利利他」の本来の意味は、世のため人のためになることをした瞬間に、すでに自分の利になっているという考え方なんですね。

秋吉 なるほど。奥が深い。

井上 説明が難しいので、スライドをつくりました。一番左の図を見てください。人が安心している状態がゼロ地点だとすると、不安な状態はマイナスですね。このマイナス部分である「不安」を取り除くとどうなるか。ゼロ地点に戻るだけで、プラスにはならない。つまり、人は「安心」に「喜び」が加わって初めてプラスの状態=幸福状態になるわけです。

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井上 これは私の勝手な持論ではなく、アメリカの心理学者マーティン・セリグマン先生が提唱している理論なんです。彼が創設したポジティブ心理学では、喜びには「快楽」「充足」「貢献」の3つの構成要素があるとされています。「快楽」は娯楽やレジャーなどで得られる喜びで、熱しやすく冷めやすい。「充足」は仕事や趣味、達成したい目標などに邁進することで得られるものですが、やはり時間とともに色褪せてしまう。一方「貢献」は、他者や社会に奉仕することで得られる喜びで、承認欲求がずっと満たされるんですね。だから喜びも長く持続し、結果的に幸福感が高まっていく。これが利他主義の本質と言えます。

秋吉 全方位にみんなを幸せにしていくことが、すなわち自分の幸せでもある、と。

井上 LIFULL が目指すのは、左の図で言うところの「プラスの状態=幸福状態」をつくること。だから経営理念には「安心」と「喜び」という文言を入れています。

秋吉 たしかに LIFULL の経営理念は「常に革進することで、より多くの人々が心からの「安心」と「喜び」を得られる社会の仕組みを創る」となっていますね。

井上 社是や経営理念は企業にとって究極の行動原則であり、社会における存在意義そのものです。だから経営理念の言語化は、絶対にやったほうがいい。

秋吉 VUILD は「建築の民主化」をビジョンに掲げているんです。そこには誰もが自由にものづくりできる、誰もが建築家や大工になれる社会をつくる、という思いが込められています。*

* 2020年3月、ウェブサイトのリニューアルに伴い「『生きる』と『つくる』がつながる社会へ」を新たな企業理念として策定しています。

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井上 経営理念は、明確に言語化して定型化したものがあった方がいい。と言うのも、 LIFULL では経営理念を一度つくり直しているんですよ。ちょうど社員数が30人ぐらいに増えた時に。

秋吉 今の VUILD の規模感とほぼ同じですね。なぜそのタイミングだったんでしょうか。

井上 どんどん新しい仲間が増える中で、全員が理念をしっかり共有するには、その本質を伝えるための言語化が不可欠だと感じたからです。そこで5ヶ月ぐらいかけて、全員で言語化に取り組みました。毎晩仕事を終えた後、缶ビール片手に宅配ピザをつまみながら、「会社とは何か」「幸せとは何か」といった本質的な問いを出発点に、様々な議論を重ねましたね。

秋吉 どのようなポイントを重点的に議論をしたんですか。

井上 単語の選択や語順に、徹底的にこだわりました。例えば「よろこび」に当てる漢字を「喜」「悦」「歓」のどれにするかで何時間も話し合ったり。「革新」をあえて「革進」と表記したのも、議論の結果です。「革新」という言葉について、本当に自分たちの理念が正しく表現できているか話し合った結果、「古きを革め新しくする」という過去完了的なイメージの「革新」より、「古きを革め進歩を図る」という現在進行形の意味合いが強い「革進」の方がふさわしいということで、こちらを選びました。

秋吉 なるほど。でも、事業内容を表す「不動産」や「暮らし」という言葉は入っていないんですね。

井上 もともと不動産領域だけでやっていくつもりではなかったからです。だから、あえて全方位に置き換え可能な文言を選びました。LIFULL が目指すのは、人生に関わるあらゆる領域で安心と喜びをつくり、世界中の人々を幸せにすることですから。

「世界平和」のために「幸福の定量的評価」を確立する

秋吉 井上さんは経営者として事業に取り組む一方で、より良い社会づくりを目的とした非営利団体の理事も複数務めていますよね。2018年には Well-Being に関する研究開発活動を支援する「LIFULL財団」(現在は公益財団法人 Well-being for Planet Earth に名称変更)も設立されました。井上さんが本気で Well-Being の社会実装に取り組む理由は何でしょうか。

井上 荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、私の究極の夢は「世界平和」なんです。どうしたらこの壮大な夢を実現できるかと考えた時、「心」「社会システム」「テクノロジー」を掛け合わせればいいと思い至りました。要するに、まずは心を科学的に理解して、古い社会システムをアップデートする。その上で、それらの進化をテクノロジーで加速させていけばいい、と。Well-Being の推進は、その前提条件となる「心」にアプローチする取り組みの一つなんです。

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井上 LIFULL 財団では、Well-Being に関する学術研究で得られた知を体系化し、新しい学問として確立しようとしています。現状、Well-Being に明確な定義は存在しませんが、世間では「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」といった意味合いで理解されています。幸せな状態を表す言葉には Happiness もありますが、これは「うれしい」「楽しい」といった心理状態を表現する意味合いが強く、Well-Being とは明確に区別されます。そのため近年は、幸福を理論的に扱う学術分野でも Well-Being という言葉を使うのが一般的になってきています。

秋吉 なぜ Well-Being を学問にする必要があるのでしょうか。

井上 Well-Being を学問として確立できれば、人間の幸福度を測定する様々な指標がつくられていくからです。そうすれば幸福の定量的評価が可能になり、新たな産業や文化の誕生につながっていく。例えば、病気になりにくい健康な身体づくりに注目した「予防医学」は、ロックフェラー財団が巨費を投じて研究を助成したことで新しい学問になりました。その結果、メタボリック・シンドロームの診断基準をはじめとする様々な測定手法が開発され、ヘルスケア産業やフィットネス産業が生まれたわけです。今や世界のヘルスケア市場の規模は約300兆円となり、10年後には500兆円超えが予想される一大成長産業となりました。LIFULL財団は、それと同じことを Well-Being という領域でやろうとしているんです。

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秋吉 幸福を産業化し、「幸せに生きること」を誰もが当たり前に志向する文化をつくっていく、と。

井上 そのためには、次の段階として社会システムのアップデートが必要です。それは資本主義に変わる新しい社会システムを構築するためのチャレンジでもあります。私がイノベーションによる社会変革に取り組む新経済連盟や、誰もが好きな場所で自分らしく暮らせる社会を目指す「LivingAnywhere」といった活動に力を入れているのはそのためです。

秋吉 資本の最大化ではなく、価値の最大化を目指すポスト資本主義社会を実現しようとしているわけですね。

井上 はい。それを実装するために、生活に欠かせない領域、例えば水や食料、エネルギー、住まい、教育、働き方などの分野をテクノロジーによって進化させていく。こうして生きるためのコストを限りなくゼロに近づけることができれば、貧困問題の解決につながり、世界中の多くの人々が豊かな暮らしを送ることも可能になる。世界平和とは、そんな社会の延長線上にあると私は思っているんです。

資本主義に代わる社会システムとしての「公益志本主義」

秋吉 少し難しい話題になってきたので、ここからは会場のみなさんと双方向で進めたいと思います。質問がある方はいますか?

質問者 金融機関に勤めています。最近、GDP至上主義に疑問を感じています。例えば小売業などでは、全体の物流コストを劇的に下げるアイデアがあっても、GDPを押し下げる可能性があるから改革に踏み切れない、といった話を耳にします。コスト削減は経済や人々の生活の質的な向上につながるはずなのに、GDP上はマイナスに働く。つまりGDPという指標には、Well-Being の視点が反映されていないわけです。金融機関としては、今後はGDPに代わるポスト資本主義的な指標に基づいた融資を行なうべきだと感じています。今 Well-Being という学問領域では、質的な豊かさを反映した指標の実用化に向けて、どのような動きが進んでいるのでしょうか。

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井上 たしかに、GDPには多くの無駄が含まれています。例えば、景気の悪化でモノが売れず、在庫が積み上がったとしても、GDP上は在庫投資が増加しているわけで、プラスに働く。国内で年間640万トンにも達する食品ロスも、GDP上は売上と見なされ、食品廃棄によるコストや環境への影響は考慮されません。質的な豊かさや幸福度を反映し、世界の状況を正しく計測するためには、 Well-Being を学問として確立し、いち早く新しい指標をつくることが重要なのです。

現在、ポジティブ心理学の世界的権威であるイリノイ大学名誉教授のエド・ディーナー先生が幸福度測定法の1つである「人生満足尺度」を考案するなど、世界の著名な経済学者や心理学者が新しい評価アプローチを提唱しています。また、アラブ首長国連邦(UAE)では、2016年に世界で初めて「幸福担当国務大臣(ハピネス大臣)」を創設し、国民の幸福度向上に国を挙げて取り組み始めました。UAEはすでにGDPを国力の指標としていません。法律や政策も、ハピネス大臣のアセスメントと承認を得なければ実現できないしくみになっています。国家運営に幸福度の視点を取り入れるケースは、今後増えていくはずです。

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質問者 金融業界でも欧米を中心に、よりサステイナブルで社会貢献度の高い企業や団体に投融資する動きが強まっていて、その基準や指標づくりが急がれている状況です。

井上 国内最大手の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、環境・社会・ガバナンスを重視した「ESG投資」に取り組んでいますよね。ただ、株式市場では依然として売上利益や時価総額、キャッシュフローなど財務指標による定量評価が投資意思決定において重視される現状があります。実際には、息の長い成長を持続しているのは従業員の満足度やクライアントからの信頼度が高い企業なのですが、こういう定性的な価値は指標化が難しいため、ほとんど考慮されていないんですね。

秋吉 だから市場も金融機関も、Well-Being な観点から投資判断ができない、と。

井上 そこで LIFULL では、そういった見えない価値を可視化する「ROC」という考え方を重視しています。これはリターン・オン・カンパニーという意味で、コンシューマーやクライアント、従業員、株主、パートナー、地球環境などすべてのステークホルダーに配慮しながら世の中を幸せにしていく経営スタイルのことです。

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秋吉 それが井上さんの提唱する「公益志本主義」の本質というわけですね。

井上 公益志本主義では、利益の四分法という考え方を基本にしています。国に税金を納めた後に残った利益は、従業員と会社、株主で均等に配分する。要は、計画よりも利益が出たら山分け、少なかったら痛み分けということです。株主の利益だけを偏重するのではなく、すべてのステークホルダーと調和しながら、等しく利他を実践することを目指しています。

秋吉 まさに株主資本主義に代わる、ポスト資本主義的な Well-Being 経営と言えますね。

井上 ただ、口で言うだけでは机上の空論になってしまう。だから LIFULL では、公益志本主義の達成度を定量的に評価する「LVAS」(LIFULL Group Vision Achievement Score)」という指標をつくったんです。財務指標に加えて、理念の浸透度や従業員満足度、クライアントに対するバリューといった定性的な価値をスコアリングし、グループ各社を2000点満点で67段階に分けてプロットできるようにしました。LVASはグループ会社の代表と役員の評価制度にも紐づいていて、スコアの結果によって彼らの給料の上限が決まるようになっています。会社の規模が大きくなっても、社員一人ひとりがきちんと利他を実践できる組織でいるためには、理想を掲げるだけでなく、評価の仕組み化までセットにして実践することが大事なんです。

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秋吉 なるほど。LVASのスコアは、経営陣にとって利他主義の実践や「良い会社」をつくるインセンティブになるわけですね。

井上 今は過去30年間の成長率と不祥事の有無の相関関係などを調べながら、社会に対する企業の付加価値を測る指標づくりにも取り組んでいます。この指標ができれば、世の中の投資行動や人気企業ランキングも、ガラッと変わるでしょう。つまり、より良い社会のために貢献する企業が当たり前に支持される環境をつくろうとしているんです。

理念を実現するために「日本一働きたい会社」を目指す

秋吉 利他主義や公益志本主義を実践するために、会社としては具体的にどのような取り組みを行なっているんでしょうか。

井上 会社が描くビジョンを実現するには、それを本気で達成するという志を持った強い組織が必要です。組織は複数の人間の集まりですから、結局は「人」が一番大事なんです。だからこそ、まずは従業員に対して利他を実践するべきだろうと考えました。そこで2008年に始まったのが「日本一働きたい会社をつくる」プロジェクトです。誰でもビジネスプランを提案できる新規事業提案制度や、社員が講師役となって互いに学び合う「LIFULL大学」(企業内大学)、勤務時間の10%を新たな技術や能力の向上に使える「クリエイターの日」などを設け、社員一人ひとりが働きがいを感じながら自発的に挑戦できる環境を整えていきました。

秋吉 まずは社員が夢中になって働き、挑戦できる組織ありき、と。

井上 そういう環境をつくると、社員たち自ら組織をより良くしていこうという文化が生まれる。そのため LIFULLでは、有志の社員たちによるワーキンググループがどんどん立ち上がっています。例えば、本体の役員を含む150名ほどが参加する「ビジョンプロジェクト」。これは目の前の業務がビジョンの実現にどうつながるのか、その意義を社員一人ひとりが深く理解し、モチベーション高く取り組めるようにする活動です。

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井上 他にも、育児や持病など事情を持ちながら働く社員を互いに支え合う「もちもちワーキンググループ」、ダイバシティに配慮した快適な労働環境をつくるためのワーキンググループ「AS US」(アザス)など、20ほどのWGが活動を続けています。そういうことを約10年やり続けて、2017年にはついに「日本一働きたい会社」という目標を達成しました。リンクアンドモチベーション社が主催する「ベストモチベーションカンパニーアワード2017」で第1位を獲得したのです。そこに至るまでの全施策は、書籍にまとめて公開しているので、是非読んでみてください。

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LIFULL の組織改革のすべてを同社人事本部長・羽田幸広氏がまとめた書籍『日本一働きたい会社のつくりかた』(PHP研究所、2017年刊行)

秋吉 単なる理想論で終わらせず、有言実行するところがすごいです。こうした施策を始めたのは、組織としてどのようなタイミングだったのでしょうか。

井上 経営理念を定めた後、社員が40〜50名ぐらいになったタイミングですね。上場や海外展開を見据える中、会社の成長スピードの予測から3年ぐらい逆算して組織づくりに取り組みました。組織づくりは、社員がどっと増えてから手を打っても遅いんです。例えば、VUILD が3年後に100人規模の組織を目指しているなら、今からその時を想定して動かないと手遅れになる。

秋吉 組織づくりは、今まさに着手したばかりで。VUILD は今、アルバイト含めると50人ほどのメンバーのうち35人ぐらいが業務委託という形でジョインしていて、それぞれ高い専門性やマネジメントスキルを持つ人材が集まっている状況です。だから、できる限り業務はプロジェクトベースにして、日々チーム運営をする中でマネジメントや戦略立案などのスキルが育っていけばいいと思っているのですが……。

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井上 個人として優秀だからといって、体系的なマネジメント・スキルが身についていない状態でマネージャーに登用しても、たいていうまくいきませんよ。プレーヤーとしてはもちろん、マネージャーとしても優れた手腕を発揮する人材を育てるのは、数ヶ月程度では無理。2〜3年単位で育成していく心算が必要です。

秋吉 心当たりがありすぎて、非常に耳が痛いです……。

井上 例えば、優秀な人材が1人いたとして、彼の個としてのスキルに依存した家内制手工業的なやり方では「一人力」にしかなりません。でも、一人ひとりのパフォーマンスを最大化できれば「十人力」にすることもできる。それを担うのが、経営者やリーダーの役割。私はその「リーダーがなすべきこと」について「人 × 情熱 × 仕組み化」というオリジナルの方程式にして整理しています。

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井上 リーダーの究極の目標とは、社会的価値を極大化することです。その方程式の起点となるファクターは、先ほどお話したように「人」です。だから企業のリーダーとして、最高の仲間を集めて育てることに力を注ぐ。そして、そんな仲間たちをビジョンにコミットさせ、最高のチームに導く「情熱」を持ち続ける。さらに、それらを加速させるための組織デザインや適材適所、業務改善などを「仕組み化」していく。この方法を徹底的に因数分解して、常に実行していけば、掛け算の積は何十倍、何百倍にもなる。つまり、企業の価値創造力を最大化することができるのです。

社員一人ひとりの「内発的動機付け」が強い組織をつくる

秋吉 会場からも質問があればどんどん挙手してください。

質問者 事業が軌道に乗り、組織が拡大フェーズを迎えた際、井上さんがメンバーの強みや適性を計測するツールとして活用したものがあれば教えてください。

井上 いろいろ試しましたが、長く使い続けてるのはリンクアンドモチベーション社が提供するモチベーションサーベイですね。組織の状態を定量的に計測するツールで、従業員の会社に対する満足度や期待度を64項目・5段階で評価し、「エンゲージメントスコア」として算出します。部署やチーム単位など様々な分析軸でクロス集計できるので、課題が見える化し、取るべき対策や戦略も明確になる。もう10年以上、組織の健康診断として活用しています。また半期に一度、経営理念に基づくガイドライン(行動指針)を体現できているかをアセスメントする「360度評価」も行なっています。

質問者 LIFULL は2006年にマザーズ、2010年に東証一部に上場していますが、その前後で組織にはどのような変化がありましたか。

井上 一番大きく変わったのは、採用活動で集まる人材像です。上場前は、ベンチャースピリット溢れる人材が私たちの理念に共感し、集まってくるケースがほとんどでした。一方、上場後は一流大学を出た優秀な人材が目立つようになりました。採用の現場は大喜びでしたが、そういう「ふつうに賢い人材」ばかり採用するうちに、いつしか企業文化が崩れ始めたんですね。と言うのも、上場後は強気の採用をしがちで、あっという間に社員数が2倍、3倍と増えていく。新卒は私自身が最終面接までやりましたが、中途採用は応募書類だけで1万通近く来るような状態で、とても手が回らない。そこで現場に任せるようにしたのですが、それが失敗だった。創業以来の文化や価値観を共有できないまま、どんどん人が入ってくるので、古参の社員と新しい社員の間に溝が生まれ、組織に歪みが生じてしまったんです。結局、今は理念を共有できる人材か否かを私自身が最終判断する体制に戻しました。組織の拡大フェーズで陥りやすい「マネジメント不全症候群」には注意すべきです。

質問者 VUILD の吉沢と申します。今、VUILD はまさにマネジメント不全の状態と言えるのですが、具体的にどのような対策が有効でしょうか。

井上 一つは社員の「内発的動機」を尊重することでしょう。内発的動機とは、働く上で社員それぞれの心に湧き上がる意欲や情熱のことです。これを引き出す「内発的動機付け」によって、社員は自ら成長し、やりたいことの実現に向けて自発的に挑戦するようになる。そのため、LIFULL では基本的に「やりたくないことをやらせない」姿勢を大事にしています。例えば、将来を見据えて長期目標やキャリアビジョンを書く「キャリアデザインシート」。半期に一度、このシートを元に上長と面談し、できる限り希望に沿う働き方ができるよう支援しています。

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井上 あとは、ミドルマネジメントの強化ですね。組織が大きくなると、役員だけではなかなか現場まで目を配れない。そのため、経営層と現場の結節点として役員たちの意向やビジョンにコミットしながら、現場ではリーダーとして社員たちのパフォーマンスを最大化するミドルマネジメント層が重要なんです。こうしたミドル層の育成には、先ほどお話しした「LIFULL 大学」で階層別研修などを実施しています。マネジメント人材の育成は、どれだけやってもやりすぎということはありません。

また、組織が拡大すると、社員の間に既決感が蔓延しやすくなります。既決感とは、業務に関する意思決定に関与できず、主体性やモチベーションを失った状態です。これを防ぐために、「挑戦ができない」という言い訳ができない仕組みづくりに力を入れています。先に紹介した新規事業提案制度や「クリエイターの日」、キャリアデザイン制度などがそれに当たります。

秋吉 挑戦せざるを得ない環境をつくる、というのは名案ですね。

「会社組織」から「自律分散型のコミュニティ」へ

質問者 フリーランスで編集者をしています。プロジェクトによってチームで動くことも多いのですが、メンバーの適性やスキルにばらつきがある中、業務を円滑に進めていくには何が必要でしょうか。

井上 フリーランスが集まったチームで、会社組織のような当事者意識を持つのはたしかに難しい。でも私は、15年後ぐらいには、おそらく会社組織はなくなると思っているんです。そうなった時、チームがまとまる契機となるのは会社への帰属意識ではなく、何か別の魅力です。カリスマ性のあるリーダーや、より明確なビジョン、メンバーのコミットメントを高める仕組みなど、新たなマネジメント手法が必要になるでしょう。人々が自由に集合離散するワークスタイルが当たり前になっても、常に優れたサービスやイノベーションを生み出し続けるコミュニティづくりについて、私たちも模索している最中です。

秋吉 VUILD の業態は、まさにそういったスタイルを先取りしていて。スタッフの多くは業務委託で、週3日だけコミットする人や複業している人、フルリモートで地方から業務を担う人も珍しくない。このスタイルで課題を感じるのは、やはり深いレベルでのビジョンの共有です。VUILD が目指す未来に、部分的には深くコミットできても、コアとなるビジョンを組織として体現するという意識が全体的に弱い気がしていて。そこは改善すべき点だと実感しています。

井上 そういう新しい組織づくりのチャレンジは、どんどんしていくべきだと思います。中央集権的な管理主体としての企業のあり方は、もう時代にそぐわない。だから LIFULL は、2025年までに100カ国に100社のグループ企業を設立し、100人の経営者を育てることを目指しているんです。100人のリーダーが、それぞれ「人 × 情熱 × 仕組み化」のサイクルを回しながら、世界中で Well-being を実践していく。そんな自律分散型のコミュニティをつくろうとしています。

秋吉 私たちも公益志本主義や内発的動機付けといった考え方を参考に、VUILD のメンバーのみならず外部の人たちにもビジョンを共有しながら、より良い組織や社会をつくる努力をしていきたいと思います。井上さん、本日はありがとうございました。

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[2019年4月24日、VUILD川崎LABにて開催]
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