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賽の河原も令和なんだからさ 1話 「令和だからさ」

「鬼さんが僕の積んだ石を破壊してくれるおかげで、リセマラ《やり直し》の手間が省けてます」

 それは鬼歴数百年の鬼瓦《おにがわら》ですら、初めての経験だった。
 今しがた彼が作った石の塔を思い切り蹴飛ばして木っ端微塵に破壊した。しかし直後に、少年は嬉々とそう言った。
 
「今なんて?」
「石って、形が悪いと積み上げるの大変じゃないですか。効率よく積み上げるとしたら、やっぱりいい形の石を見つけないといけなくて。鬼さんが蹴り飛ばして形を変えてくれるおかげで効率化が」
「違う、そうじゃない。君は石を積み上げては壊されるという労苦――無駄な努力を何とも思わないのか。他の子を見たまえ、みんなつらそうに積み上げて……」

 鬼瓦は肩に担いでいた金棒をおろして河原を指して見渡す。しかし、期待しているほどの反応がなかった。持っていたスマホで破壊済みの石の塔を撮影してキャッキャしている。絶望感で泣き叫ぶ光景を、そう言えば数十年以上は見ていない。
 少年は「なんか、この河原でしか使えないSNSが流行ってるみたいで……石の塔のビフォーアフターの落差が大きいほどバズるとか」と申し訳無さそうに目を逸らす。

「わ、笑うな!……ええい君は死んでから何日目だ」
「一週間くらいです」
「ではそろそろ初七日。三途川に到達してないとならない頃合いじゃないか……」

 鬼瓦は自分の不甲斐なさに思わず言葉を失いかける。このままでは、このあと子どもを救う段取りになっている菩薩にクレームをつけられてしまう。小学生にすらほとんど苦痛を与えられていない現実が鬼瓦を焦らせる。

「少年、ここは賽の河原と呼ばれる所だ。君の親は今も現世で嘆き苦しんでいる。親より先に死んだ大罪――その罪を償うためこの場は存在する」

 あの世とこの世の境界線、それが賽の河原。大人になれなかった幼い少年少女が、父のため母のために石を積んで祈りを捧げる場所なのだ。
 威厳を保たんと大きな声を張った鬼瓦とは対照的に、少年は困惑気味につぶやく。

「知ってます。でも今の時代、クラフト系ゲームは娯楽です。知育玩具に似たようなのがあるくらいには。なのでその……ちょっと時代遅れ、ですよね。はは」

 ■

「大将、鬼ころし追加っ!」
「鬼くんさあ、飲み過ぎじゃない今日。大丈夫?本当に殺されちゃうよ?」

 釣り上がった極太の眉と真っ赤に染まった顔で、閻魔部長は追加で水を注文する。
 
「大丈夫じゃないです閻魔部長。そろそろ我々も、価値観をアップデートせねばなりません」
「あ、あっぷでーと?」

 閻魔部長はカウンター越しの大将から水を受け取ると、鬼瓦の手元にすっと置く。酒と間違えた鬼瓦がすかさず一気に飲み干して、グラスを机に叩きつける。
 
「時代遅れって言ってんですよ!子どもに苦痛を与えるのが私たち鬼の使命なのに。このままじゃあクライアントからクレームが入ります!」
「うぅ……菩薩さん、そこらへん本当に妥協しないからなぁ。救いの振れ幅っていうの?すごい気にするもんね」
「そうです、我々がけちょんけちょんに子どもを痛めつけることで、クライアントが気持ちよぉく子どもたちを救う。これは江戸時代から続く伝統です。それが途絶えてもいいってんですか!?あっでも、あの救いの後光は我々が毎度セッティングしてやってる割に注文が多いんだよな、もう自分でやってほしい」

 口が止まんないねえ、と閻魔部長は申し訳無さそうに新しい酒を注文する。
 
「いつもごめんねえほんと。鬼くんの照明……ライティング技術がね、菩薩の世界観すごい表現できてるって評判良くて……」
「いえいえおかげさまで――じゃあないんですよ部長。話そらさないでくださいそろそろやり方を変えないとまずいっていうのは本当なんですから」
「えっ、その話始めたのは君だよ?……まあそうだな、新企画プレゼン大会しようか。子どもに苦痛を与える-1グランプリやるって、全拠点に通達して」
「名前がだめですよ。コンプライアンスに引っかかります。人を傷つけちゃいけない風潮が今はあるんで」
「いや鬼くんここをどこだと思ってるの?仕事も、子どもに苦痛を与えることだからね!?」
「子どもに苦痛を与える、世間からも舐められないようにする、両方やらなくっちゃあならないってのが『今の鬼』のつらいところなんですよ。変わるなら、きっとそういうところからです」

 閻魔部長は「むむぅ」と怖い顔をした後、水代わりに置いていた熱々の銅を一気に喉に流し込む。
 
「鬼くんの意見はよぉくわかった。菩薩さん含めて、賽の河原全拠点に通達だ。新企画プレゼン大会をするぞ」

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