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あなたは「Vtuber」を応援出来ていますか?

こんにちは。



さて、この度Vtuber活動をしておよそ4年ほど経過致しました。いつも応援ありがとうございます。


その間、色んな方がVtuberを辞めていきました。


フォローしていた人

たくさんコラボした人

応援していた人

同期やお世話になった人…。



自分が始めた頃は所謂黎明期であり且つ知っているVtuberがほとんどいなかったため当時はそもそもVtuberが消えるとか居なくなるなんて想像もしておらず、自分がやりたいように、のうのうとVtuber活動を全うしていました。


しかしおよそ4ヵ月後、自分とほぼ同時期に始めたVtuberの突然発表された卒業報告。



衝撃的でした。衝撃の余り思わず配信を取りました。

さっきまで居たのに、なんで…やり場のない思いを配信でぶつけていました。そこに何かがあるはずなのに掬っても何も掴めないような空虚な気持ちになっていたのを思い出します。



この時、思い入れのあるVtuberが居なくなるという気持ちはこういったものだったのかと知り、そしてある事に気付いてしまいました。



話は少し変わって。



例えば、現実世界であなたには長くお付き合いしている人がいてお互いがお互いを信頼していた。

しかし、想像していなかった出来事に遭遇していつも隣に、目の前にいたその人が居なくなってしまった。

突然すぎる出来事。自分が見ていた真っ白な世界が黒く淀んだ世界に変わってしまい、長い月日をかけて次第に自分の身に起きてしまった事が現実だと認識し、受け入れていく。そういった気持ちになるのではないかなと思います。


あくまで上記は例えなので、失ってしまったものはあなたの思うもので結構です。


幼少から一緒に連れ添ってきたペット

親からもらったかけがえのない物

自分が守りたいと思った大切な人



忘れられない、悲しいけど受け入れるしかない。前を見るしかない。




私が気付いてしまった事。


それは何かを失った時の感情が現実の世界とVtuberの世界、どちらもほとんど変わらない事でした。


アニメを見て感情移入したり、主人公かっこいい、このキャラ可愛い、などの気持ちは幾度となく抱きました。作品が良すぎて最終回を見た後にもう続きがないんだな、と喪失感のようなものを感じる事もありました。


しかし、私の言っている事はこういった感情や喪失感ではなく、そこに確かに人が居たんだというもっと現実的なものです。



客観的に見れば二次元の要素が多く含まれているVtuberという存在だというのに、何故こんなに感情が揺れ動いてしまったのか。

どうして、と考えて至った答え。



それは、私達がVtuberの心を認知し、その部分を通じて対話しているからではないのか。



始めは見た目が好きだったけど、知れば知るほど心も好きになっていく。


Vtuberの世界は仮想、フィクションであり、実際には存在しないもの。


でも、そんな存在でもちょっとした言葉や文字で悲しくなったり、成長出来たり、貴重な意見だと思って参考にしたりするVtuberがいます。


絶対的フィクションであるのにその心によって現実世界で体験したような感情に苛まれてしまう。センシティブであり、どこか生々しい世界。


良くも悪くもこの生々しさがあるからこそ感情が揺れ動き、視聴者の心に来るのではないかと考えます。




この世界には推しのために、その人のために時間を使ってくれている、投げ銭をしてくれるリスナーさんがいます。


毎日毎日配信を見ていたある日、突然推していたVtuberが居なくなり完全に魂が亡くなってしまった事実を目の当たりにしてしまったリスナーさんは自分よりも遥かに深い傷を負ってしまっているのだろうかと思うとVtuberとして、もし去ってしまう事になるとしたらその部分を慮って報告をしなければと考えさせられました。




リスナー側としても大切な推しを失えば悲しさや苦しさがついて廻ると思いますが

自分がやってきた事に後悔が無かったか。

これでよかった、と思える行動が出来ていたか。

心から「Vtuber」を応援出来ていたか。




もし胸を張って心から応援出来たと言える人は強くて素晴らしい人間だと思えるし、頭に浮かんで離れないくらいの推しや素敵な人が自分の目の前に現れた時はそう思えるように行動出来ればなと、ふと思いました。



希望論、奇麗事の雑記でした。



質問&意見 https://marshmallow-qa.com/oda_nobu_ga

FANBOX記事 https://odanobu.fanbox.cc/posts



おしまい。

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