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ゴーギャンの妻(13)[小説]

「まあとにかく1日預かります。それで直らなかったら料金はいりませんよ。」
女性はその言葉を聞くと微笑んで店主のほうを見た。
「僕、この人はいつもこんな調子だから店もやっていけなくてね。近いうちに遠くのふたりが生まれた場所に引っ越そうと話していたところなのよ。」
僕は黙ってうなづいた。
 
「高杉君、勉強もスポーツも頑張ってね。」
(ああ僕の家の奇妙な事情は広くばれているんだな)と悟り、
「高校で『おばあちゃんとふたり暮らしなんだ』っていうと笑われます。あまり笑われるので言わないようにしています。」
「それでいいわよ、ふふふ。」
 
 あまりに美人なので高校生だった僕はうつむき加減に店を出る。
(ふたりが生まれた場所に引っ越そうと話していた----だってえ!!!それは心中するってことじゃないのか???世の中から美人が一人減ってしまう!!!)
 馬鹿なことを考えたものだ、人間焦ると馬鹿になるな。
時計屋に戻って灯りがおとされた店内をそっと覗く。2人とも青くない、大丈夫だって、お前は預言者か?)
 
 (マナオ・トゥパパウ・・・)
 (弘継、どうしたんだい、急に現れて。時計屋の美人は大丈夫だよ)
「あっ!」と声を上げて僕はオニヤンマのいる林へ走った。美人に気を捕られて気づくのが遅れた!
 
(弘継! 弘継! 弘継!)
と叫び、オニヤンマをとまらせた木のところへ走るが、木から落ちてオニヤンマは息絶えていた。僕と父にしか見えないだろう弱く青い光を放って。
 
(弘継、悔しかったろうな。奴に頭を割られて。ああ、僕も同じことを君にしてしまった。僕に近づいて来てくれたのに。でもいつまでも僕のことを見ていてくれる?僕が危なっかしいことをしていたら注意しに出てきてね。)
弘継はもう死んでいるのだ。2度死ぬってのは、まあないだろう。
(マナオ・トゥパパウ)
(ありがとう、初めて会話になったねー。)
 
 返事はなかった。しかしこれから僕は、弘継のやりたくてできなかった《生きる》ということをしなければならない。とりあえず帰宅してそのための勉強をしなくては。大学に入らねば。貯金通帳を眺めてはため息をついているお祖母ちゃんを喜ばせるためにもできれば学費の安いところ。その先はまだ考えるのはよそう。とりあえず勉強だ。
 
 弘継はあと、大学入試のときに1回出てきている。僕が斜め前の受験生の答案をぼんやり見ていると、
 
(マナオ・トゥパパウ!)と空耳。
 
 その声で顔をあげると試験官が鋭い視線で僕をにらみつけていた。僕は「カンニングでつまみ出される!」と瞬時にさとり、鉛筆を机上に置き、目を閉じて深呼吸をした。1分ほどして試験官を見るともう別の方向を向いていたので安心した。間一髪だったと思う。
(弘継ありがとう)
(マナオトゥ・パパウ)
(はは)
 また会話になった。試験そのものも結果オーライ。
 
(お祖父ちゃん、とりあえずここまではうまくいってるよ。)

>続く

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