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「副業解禁」が解放するもの(5)〜下ろした荷物〜

今までの4回を通じて、副業を入り口に日本の雇用の仕組みについてまとめてきました。それは、競争力の向上というリターンがコストを上回る限りに、会社は社員の全人生に責任を負い、社員は全人格的に会社に人生を委ね、貢献を図る、といったモデルのことです。

そうしたモデルは次第に市場のルールへのフィットを失うとともに、意図的に、あるいは意図的ではないにしても、だんだんとタダ乗りする社員が集まってしまうことで、モデル自体も内側から崩壊し、結果、コストがリターンを上回ってきてしまった。にも関わらず、その状態がずっと続いてもきた、と言うのが今までのお話です。

で、お題に戻ります。「『副業解禁』が解放するもの」。一体、誰の、何を解放するのか?それが今回のお話です。まずは、いつものようにスライドをご覧ください。顕微鏡でも覗くように。

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十分には実現されなかった提言

少し古い話から始まります。それは、副業が解放するものと同じものが、過去に違う形で解放されたことがあるからです。

前回、モデルが市場とフィットしなくなった時、モデルを入れ替える、組み替える動きはあったが十分には実現できなかった、とお伝えしました。

1995年のことです。日本経営者団体連盟(日経連、2002年に経団連と統合されましたね)は、「新時代の『日本的経営』-挑戦すべき方向とその具体策」と題した提言を行い、多くの反響と誤解を呼びました。

反響を呼んだのは、雇用のポートフォリオと呼ばれる部分です。↓ですね。

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なぜ、この部分が反響を呼んだのか?

それは、これからの雇用のあり方の一つとして、正社員「以外」の活用を改めて提言したからです。正社員一辺倒の世界から期待する役割や能力に応じて、会社は複数の選択肢の中から、最適な雇用をバランス良く選択し、社員も実力と事情に応じて、自律的に会社との関係を構築していく。そんな世界を目指しました。

つまり、それまで「全てを背負って」と言っていた企業が(しかも、日経連に所属するような大手企業が)、見方によっては「いや、背負い方にも色々ありまして…」と言い始めたのだから、そこにはやはり反響があって当然です(ただし、それまでもパートや期間従業員と言う雇用の形態はもちろん一般的でした)

では、何が誤解をされたのか?

いくつもありますが、まずはその目的です。

この提言は、「人間中心」と「長期的視野」を日本企業の基本的な理念と捉え、その強みを活かすために人事施策を幅広く刷新することが目的でした。そのため、雇用のポートフォリオや人件費管理ばかりではなく、個性重視の能力開発、組織編成のあり方、これからの労使関係など、新たな環境下での競争力強化のためのメニューが数多く、幅広く並んでいました。

(4)でお伝えした市場のルールに合わせて、雇用の仕組みの組み替えや入れ替えを図る全体的な取り組みの提言だったのです。

しかし、現実には、「長期能力構築型」と「雇用柔軟型」を賢く活用する(というより、雇用柔軟型を今まで以上に使う)ことで会社が人件費低減を実現する、という点に過剰にフォーカスが当たってしまいました。全体的な取り組みを志向したのに、結果的には特定の部分だけに光があたってしまいました。(ただ、この提言自体が、あまりにも会社目線からの書き振りが強く、書き方としてそのように受け止められても仕方がない面があるとも思います)

また、光の当たり方も、偏った当たり方になってしまいました。提言から時間が経過したこともあり、提言の舞台裏が徐々に明らかになっています。そこで明らかになったことは、長期能力構築型と雇用柔軟型に目が行きがちではあるものの、実は本当の狙いにその間に置かれた「高度専門能力活用型」が存在感を増し、必ずしも既存の会社と社員の雇用関係に縛られずに、社会のあちらこちらで活躍する姿を念頭に置いていた、ということです。

長期能力構築型はストック人材という名称で、雇用柔軟型はフロー人材という名称で、それまでも区分がされていました。しかし、その間に「高度専門能力活用型」を生み、彼らが社会で広く活躍することで、会社に新たな活力と競争力を生み出す、というのが本当の狙いでした。

しかし、実際にはそうは受け止められませんでした。

誤算、それとも予期された未来

ポートフォリオ。金融や資産運用の世界では、ポートフォリオとは組入資産の構成状況を指します。目標リターンを念頭に市場環境に応じて資産のバランスを変えることによりリスクとリターンのバランスを図ります。

しかし、雇用のポートフォリオにおいては、金融商品のように柔軟に組入資産の構成を変えることはできません。だって、そこに生身の人間がいるんですから。(ものすごく厳しい言い方をあえてしますが)たとえ不良債権化していたとしても、(日本では)急な損切りなどできません。

そのため、まず「すでに働いていた社員(の多く)」は、長期能力蓄積型にそのままスライドされました。会社内のマジョリティがいきなり長期能力蓄積型に滑り込んだ状態で、ポートフォリオ上のバランスを取るには、現在的に取れる手段は他の部分を大きく絞り込むくらいしかありません。結果、「これから働く新卒者」には、偏ったバランスが適用され、特に不幸にもいわゆる就職氷河期にあたった新卒者は図らずも「雇用柔軟型」へとぎゅうぎゅうと押し込められてしまうケースが数多く出てしまうことになりました。

それから30年近く経った今、そこに現れたのは、狙っていたのとは全く違うポートフォリオでした。

あえて厳しい言い方をすると、時代の流れに能力がそぐわないと言う意味で不良債権化した長期能力構築型の正社員(もちろん、全員ではありません。許容できる範囲以上のと言う程度の意味です)、たまにしか見かけないと言う意味でレアキャラのままの実力ある高度専門能力活用型、そして、潜在的な能力は十分あったにも関わらず、機会を得られなかったために雇用柔軟型に押し込められたままになってしまった数多くのかつての若手たち。

これが目指していたポートフォリオとはとても思えないということは、昨今の日系企業の市場での存在感が示しています。

しかし、一方で、いくつかの目的は達せられたとも言えます。

一つめは、人件費管理です。雇用柔軟型には、十分な昇給はありません。しかし、そのおかげで、雇用柔軟型の拡充を通じて、"より安く”が実現されました。

二つめは、「全てを背負うから」の対象を、これ以上増やさずに済んだことです会社は、入り口を絞り込むことで、新卒者を雇用柔軟型に流し込み、「全てを背負う」対象を徐々に減らしました。

いきなりすでに働いている社員の責任を「とん」とどこかに荷下ろしすることは困難ですが、これから働く人たちの方はとても簡単です。正社員として雇用しなければいいんですから。結果、会社は「全てを背負う」対象を縮小することができました。つまり、引き受ける責任の総量を減らすことができたのです。

95年ごろから、時間をかけてじわじわと実現されたのは、入り口を絞り込んで、責任の総量を減らす、解放される、そんな世界です。

(ちょっとくらい感じですが)今日の分はここでおしまいとなります。

(4)で次で終わりと言いながら、終わりませんでした…。すいません!

(5)のまとめ

・95年の提言で、市場の変化に合わせたモデルの刷新は提言されていた。
・しかし、結果的には雇用のポートフォリオの部分に注目が集まってしまい、実現されたのも望んでいたポートフォリオではなかった。
・結果、長期能力蓄積型とグルーピングされた正社員の多くは温存され、そのしわ寄せを受けるかのように多くの新卒者が雇用柔軟型に押し込めらた。
・それは人件費抑制と「全てを背負う」対象を減らすことを実現してくれた。

-----今までの記事はこちらからどうぞ-----

(1)全てを背負うから、すべて委ねて
(2)もしもあなたの副業が会社にバレたら
(3)副業って三方よし?
(4)失われたフィット、内側から崩れたモデル

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