蘭
『心の傷を癒すということ』 劇場版
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『心の傷を癒すということ』 劇場版

蘭

昨日、「心の傷を癒すということ」劇場版を観てきました。
この作品は、先だってNHKが、4回に分けて放送したものを、劇場用に編集したもの。
テレビで観たときも、素晴らしかったのですが、劇場版はそれを2時間に凝縮した分、より胸に迫る内容でした。

主人公は、安克昌さんという実在した精神科医の方で、自らも阪神淡路大震災に遭われながら、被災した方々の心のケアに取り組まれ、それを一冊の本にまとめられたのが、「心の傷を癒すということ」ー大災害と心のケアー でした。

今でこそ、災害時の心のケアが重要であること、そして心のケアに携わる者が、どのように被災した人々と向き合い、取り組んで行かなければいけないか、マニュアルがありますが、当時はまだ、心のケア自体、広く知られていないどころか、精神科にかかることさえ、周囲の目を気にして憚られる時代でした。
阪神淡路大震災を機に、心のケアというものの重要性が認識され、マニュアル化が図られたそうで、安先生は、その先駆け的な存在だったと聞きました。

今回、NHKのドラマがとても大きな反響だったことから、より多くの人たちに見て欲しいとの要望から、劇場版になったそうで、29日に公開されました。

安先生は、1960年、大阪市の在日韓国人の家庭に生まれました。
その生い立ちが、後に安先生を精神科医の道む理由のひとつになったであろうことは、想像に難くありません。
しかし、それ以上に安先生を精神科医への道に進ませたのは、純粋に、人の心への飽くなき探究だったと思います。

劇中で安先生を演じたのは、柄本佑さん。
演技力には定評のある役者さんです。
安先生がジャズに長け、ピアノを演奏するシーンがあることから、ピアノを猛練習したそうで、吹き替えなしで弾かれたそうですが、軽快な指さばきに、さすが役者さん、数ヶ月でここまで弾けるようになるとは…驚きました。

大学を卒業し、神戸の医大の医局員となり、やがて結婚。
その数年後、阪神淡路大震災が起こります。
1月17日午前5時46分に起こった震災を、当時の映像が伝えていきます。
あのときたまたまテレビをつけていて、あのニュースを見ていたはずなのに、劇中で流れた画面を見て、記憶にないことに気がつきました。
遠く離れた場所にいた私でさえ、ショックを受けたあの日の朝。
実際に、未曾有の大地震に遭った人たちの精神的ショックは、どれほどのものだったか…想像することもできないほど、大きな大きなものだったと思います。

そのなかで、安先生はなんの手がかりもないまま、被災した方々の心のケアを担われたのです。
避難所で不自由な生活を強いられ、心身ともに疲労困憊しているにもかかわらず、安先生の肩書きに、強い拒否反応を示すのは、当然かもしれません。
今でも、精神科にかかることを憚られる風潮は、依然としてあります。
精神科=精神が病んでいるとみられる。周りに変な目で見られると、かかることを躊躇したり、隠したり…
心療内科という標榜は、そうした不安を抱えて、診察を受けることを躊躇っていた人たちにとっては、かかりやすくなる一つのきっかけになったのではないでしょうか。

焦らず、ゆっくりと時間をかけて、被災した方々のケアを続ける安先生。
1年余りが経って、被災地でのケアの記録が、ある形を残していくことになります。
「心の傷を癒すということ」が、本になったのです。
その同じ年、喜ばしいことが起こりました。
その華やかな場面で、安先生が恩師に向けて語るセリフが、あまりに今の自分と重なり涙が溢れて、止まらなくなってしまいました。

それはもしかして、私個人の立場に深く関係するからかもしれません。
このシーンから、幾度も心を揺さぶるシーンとセリフが大波のように押し寄せ、最後まで、涙が途切れることはありませんでした。

4年後、先生は不治の病に冒されます。
特に心を破られるように痛かったのが、安先生を見舞いにきた、恩師に言った言葉です。
ひとは健康なときには考えないことを、病に侵されると、身体だけでなく心も弱くなる。そのとき、意識していなかった、心の奥底に眠っていた恐怖が押し寄せてくる。安先生でさえ、否、安先生だからこそ、極限状態になって初めて気づくのかもしれないと思いました。
あまりにも苦しく悲しい、言葉でした。

心に傷を持っているひとと向き合うということはどういうことか、どんな精神的、心理的な作用をもたらすかを、客観的に見ることができたと同時に、俯瞰できたように思います。

一つだけ、ネタバレになってしまいますが、許してください。

「誰も一人ぼっちにしないことや」
ラスト近く、車椅子で散歩をされていた安先生が、身重な奥様の仕草を眺めながら、心のケアの真髄に気づかれたシーンでのひと言に、堰を切ったように涙があふれ、声を殺して泣きました。
それがどんな意味を表すかは、観た方に感じ、確かめていただきたいと思います。

安先生は、2000年12月2日  39歳の生涯を閉じられました。

ぜひ、たくさんの方々に観ていただきたいと思います。
そして、心に関わる仕事をしている方は、出来る限り観ていただきたいと思います。




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蘭
書の世界に40年、心理の世界に10数年。 2年前、突然、封印していた音楽への興味、関心が再燃、20年ぶりに電子ピアノを弾いたり、ボイトレに通い始めたり… 日常感じたことのあれこれ、音、声、歌、音楽、演劇や映画、ドラマなどについて綴っていきます。