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あの日私がキャンプに行っていたら?

モノローグ

7月の参院選の投票日直前に起きた事件に日本人の多くの人が驚き、悲しみを抱いたのではなかろうか。元首相である安倍氏の殺害。政治的にはいろいろな意見を持つ人がいても、テレビやニュースで目にしていた公人が殺されたというのはやはりショッキングな出来事だったと思う。

その被疑者の事情聴取を進める中で出てきた宗教団体の名前もまた、令和のこの時代に再び注目を浴びるとは思っていなかった。旧統一教会、連日SNSやメディアでこの団体の名前やどのような活動がなされているのか、日本の政治家やそれに準じる人たちとの関りがどうなっているのかといったニュースが飛び交う。
最初に断っておくが私は宗教を毛嫌いしているわけではないし、人類が世知辛い人生を生きる上で宗教が果たす役割、特に救済は大きいと感じる。しかしそれは信者とその家族を破滅的に不幸にしないという大前提の上でである。

カルトと正当な宗教を分かつのは信仰の内容でなく、信者に対する虐待があるか否かという考えにも大きくうなずける。

一連のニュースを追いかける中で、もう10年以上前になる、自身の大学生時代の記憶が呼び起こされた。私もカルト的な誘いを受けていたのだと思い出した。

始まりは学生食堂で

大学入学後、地元を離れ大学の近くで1人暮らしを始めた。当時好きだった同じ学部の女の子に振られて失意の中、大学生活を過ごしていた私に小さな転機が訪れた。

その日はたまたま昼食後に期末テストに向けて大学の学生食堂で1人勉強をしていた。その時に2人組の女の子たちに声をかけられた。

「今新しいサークル活動やっているんですが、興味ありませんか?」
過去問とにらめっこしていた私が顔を上げるといかにも今どきの大学生という感じの2人の女性と目が合った。

当時彼女もまだできたことがなく、女性への耐性がなかった私は、もしかしてオレモテてる?という謎の自意識を発揮し、「今サークルは所属してるんですけど冬場であまり行事もないので、いいですよ。どんな活動されているのか教えてもらえますか?」と2つ返事で返してしまった。2人いた女性の片方の女の子が可愛いなぁなどと呑気に思いながら。私が惹かれた黒髪の女性はAさんと名乗のった。もう1人は茶髪の女性でB子さんという名前だった。

食堂で彼女たちの言うサークルの内容を聞くと、どうもディスカッションをしたり、野外活動でキャンプなどに行くらしい。ちかくにそのサークルの「たまり場」があるからよかったら今から行きませんか?と言われ、この後特に勉強する以外の予定もないしまぁいいやと思ってノコノコとついて行くことにした。

たまり場に向かう途中、その女性たちと話していると「実は私たち、あなたと同じ大学の人じゃないんです」と打ち明けられた。私が通っていた大学は当時は特に学外の人が入れない状態でなく、先の学生食堂も近所の老人が昼ご飯を食べに来ることもあったため、そこまで疑念に思わずに聞き流した。

他愛もない話をしている内に、彼女たちの言う「たまり場」に到着した。

顔合わせと夕食

たまり場の扉をあけるとすでに数人がその場にいて体の良い挨拶をしてくれた。(なんだかちょっと独特の雰囲気があるなー)と思いながらも私も挨拶を返す。

代表をしているという人が皆を紹介してくれた、この人の笑顔がまたいい表情だなーと思い、サークルに入るかはわからないけど見学させてほしいと話して、しばらくそのたまり場にとどまることになった。

学生食堂で聞かされたように「ここではいくつかのテーマでディスカッションをしたり、ちょっとした講義があったり、みんなでご飯を食べたりします。」と代表から説明を受けた。

代表は「今日は柳本さんが来てくれたので交流しましょう」と他のメンバーにも声をかけてくれた。「良かったらご飯を一緒にたべていきませんか?」と言われ、どうせ一人暮らしで自炊するだけだったので「いいですよ」とここも2つ返事で返した。

実際一人暮らしに慣れてきて、気の合う友達はいてもいつも遊ぶわけではないのでちょっと寂しいなと思っていた。人と一緒に食事をするのが好きだったので話しながら和気あいあいとできるのは嬉しかった。Cさんという1年ほど前からこのサークルに所属している男性と話すと「大学でいろいろ辛いことがあったけど、このメンバーに出会って、みんないい人で持ち直したんだ。こうやってみんなが家族みたいに過ごせるのが嬉しくて」と言っていた。

その日はそれで終わって、知らない人たちだったけど楽しかったのでまた顔出しますねと言って帰路についた。

そして数日後、そのサークルでディスカッションと勉強会があるのでぜひ来てとAさんに言われて、出向くことにした。サークルそのものものに深く興味があったわけでもないけどAさんも来るならと思いまたたまり場に赴くことに。

天使と悪魔が顔をだす

さて今回はどんな感じだろうと少しワクワクしなごら溜まり場のドアを開く。今日もAさんやCさん、代表の人もいる。

しかし、勉強会のテーマが「天使と悪魔」という話を聞いて、はて?となった。講義の仔細まで覚えてはいないが、急に話のテーマが縛られたなぁと感じたことは記憶している。

普段あまりそういうことを人と話さないので、講義そのものは興味深く聞いていたが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。それまで宗教的な色合いがなかったのに徐々に明かされていく感じだった。天使と悪魔の存在についてホワイトボードにいろいろ書きだされた講義を聞いて自分の中であまり納得したり理解できなかったので「それって違うんじゃないですかね?」など自分なりの考えを伝えた。Cさんが病みかけたけどここに来て救われたというのが宗教的な要素によってだったのかと腹に落ちる。

そして極め付けに私が違和感を持ったのはAさんからのこの一言だった。「柳本くんは講義もディスカッションも参加してくれたけど、このサークルに正式に入るためにはキャンプに参加しないといけないの。」確かに普通?のサークルでも入るために選別をするような所もあるけど、いきなりキャンプとはこのハードルや如何に。

それでもこれまでの会話で無下にはできないので、キャンプはどこで開催され、どんな内容なのかを問うと「それはキャンプに行ってからしか伝えられないの」と言われた。

その話を聞くまでAさんも行くならキャンプに行きたいなと思っていたけど、さっきの言葉で自分の中の何か変だなセンサーが働いて、一度考えさせてくれと言った。

入会のためのステップがあるのも変だったし、どこでやるのか、何をするのかも行くまで教えてもらえないキャンプには怖くて参加できないなと思った。

結局その後バイトなどが忙しくなり、その溜まり場に行くことはもうなく、キャンプにも行かなかったが、あの時行っていたらどうなっていたのかと今でも思う。

カルトは宗教という顔を出さずに面を被る

大学卒業後にこの話をカルトや霊感商法に詳しい人に話した時に「あー、それキャンプに参加してたら危なかったですね。そこで洗脳されていた可能性高いです。それカルトがよく使う手ですよ」と伝えられ私はゾッとした。

あの人の好さそうな代表やAさん達が私を無理やり洗脳し、入信させたかったのかは分からないが、これはカルトの団体が踏む一連のプロセスらしい。

確かに大学内に入り込み、学外の人間が勧誘活動をしてきた。特に1人で行動している人をターゲットにしていることも私の事例と合致した。そして異性から声をかけられるというのも教科書通りのセオリーだった。

カルトの団体は自ら宗教団体であるということを入り口では明かさない。大学生向けのアプローチらしくサークルという活動で仮面を被っていた。

また徐々に段階を経てより深いところに連れ込むというのも共通のステップなのだ。最初は大学等で声をかけ、「たまり場」のような施設に連れていき、一緒に食事をして、徐々に宗教色を出していく。そして極めつけはキャンプと称した世俗からの隔離による洗脳を行う。

入信させるまでのプロセスはきっちりできていてきちっとふるいにかけられる、ある一定まで踏み込むと後戻りはできない。相手はプロでこちらは素人なのだ。ちなみに洗脳とは一定のプロセスを踏めば誰でもできる。マネする人がいては困るので手法は明かさないが、心の強さに関係なく、洗脳プロセスを踏めば人は容易に変わってします。カルトを論破したという人はたまたま運がよかっただけだと心得て欲しい。

代表やAさん達には嫌な気持ちには全くさせられなかったけど、私自身も味わったそのやり方には違和感が拭えなかった。

世の中に溢れるカルトも子育て支援など、宗教から入るケースは少ない。弱っていたり困っている人を助ける風体を装い近づいてくる。だからこそ素人ではその危険性に気づけない。あるいは弱っていて判断力がマヒするときに取り込まれてしまう。

市民としてできることを

今回の安倍氏殺害の事件について、どのような同情的な背景があれ被疑者の行動を肯定することはできない。

しかしこの事件をきっかけに旧統一教会が及ぼした社会そして政治への負の側面を徹底的に洗い出し、被疑者と同じような境遇の人間をこれ以上ださないために、市民としてできることを模索するべきと思う。

宗教を通した人々の心の安定ではなく、信者や家族を蝕むカルトが更に被害者を生んでいる現状を見過ごすわけにはいかない。

では我々市民ができることは何か?

まず宗教に関する基礎的な知識を身に着けること、そしてカルトの手口についても学び、どのように人々が追い込まれていくのかを理解することは自分そして家族を自衛する上で必要と思う。
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次に被害者を救済している弁護士や団体の活動を理解し、認知向上・拡散に努めることだ。

統一教会 霊感商法の実態 全国霊感商法対策弁護士連絡会 (stopreikan.com)
何千という事件を扱い、時に本人だけでなく家族まで命の危険にさらされる人を何とか守り、前線で活躍できるようサポートする。

そして今回の事件を一過性のものとして風化させず、旧統一教会と関係のある議員の動向を常にチェックし、手を切るところまで目を離さない。関係を続ける議員には選挙をもって引導を渡す位の覚悟が必要と思う。大手メディアの情報の垂れ流しにも建設的な批判精神をもって事実を理解する努力を惜しまないことも付け加えておく。

政党内の自浄作用に期待したいが、秘書の派遣や選挙の応援など政治家が苦労するポイントを巧妙に支えている側面もある。大量の人員で成り立つ選挙の仕方そのものにもメスを入れ国民的な議論を起こす必要もあるかもしれない。

社会にはお互いが頼り頼られる健全な関係を持てるコミュニティが必要だ。一方的に金銭を吸い上げ、破産に追い込むコミュニティに先はない。そうして社会から孤立し、どこにも助けを求められない人は社会に対して牙をむく。だからこそ誰一人取り残さない社会を目指す必要がある。世界は見えにくくともつながってるいのだ。

我々市民の小さな行動の積み重ねが世界を変える。

私たちにできることを、一歩ずつ。


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