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認知言語学のテキスト

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認知言語学を研究する大学院生が、認知言語学の最近の研究をまとめたマガジンです。1ヶ月に20回くらい更新します。言語学に興味がある人なら、誰でも楽しめる内容になっています。認知言語…
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#文系大学院生

多義語についてのボツ原稿をアップロードしてみた(序章のみ)

第1章:序章本節では、まず多義性の概念について論じる。多義性に関する知識が重要である理由を述べた後、本論文の中核をなす概念である「多義語のパラドックス」について説明し、関連する概念についても触れる。最後に、本論文の構成を明らかにする。 ①多義性とは何か 単一の単語形態が複数の異なる意味を持つ現象は、言語において広く知られているものである。 この現象は多義性と呼ばれ、自然言語において広く見られるものである。任意の辞書の多くの項目には、様々な意味(および/または用法)が記載

何を持って単語とみなすのか:言語形式と単語の数え方の問題

はじめにこの講義では、形態学の基本概念について紹介します。テーマは「単語とは何か、その構成要素は何か」です。一見、簡単な質問のように思えるかもしれませんが、実はそう簡単ではありません(というか、難しいです)。 ここでは、単語の定義についてさまざまな視点から考察します。 正書法的定義最初の定義は正書法によるもので、スペースや句読点で区切られたものを単語とみなします。 しかし、正書法の定義には問題があります。多くの言語は文字を持たず、正書法の定義を前提にすると、文字を持たな

独立研究者になって研究したいこと

こんにちは。今回は、独立研究者として取り組みたい研究テーマについてお話しします。これまでの経験や学びから、私が独立して研究を進めたい分野や具体的なテーマをいくつか挙げ、その理由や意義について説明したいと思います。 1. 認知言語学のこれから - 学際的とは何か 認知言語学は、言語を通じて人間の認知を探る学問です。私が特に興味を持っているのは、認知言語学が他の学問とどのように連携し、どのように応用されていくのかという点です。学際的な研究は、新しい視点や方法論を提供し、従来の

認知言語学と言語哲学:何が違っていて何が同じなのか

はじめにこんにちは。最近、認知言語学と英語教育について語っていることが多かった気がしますが、今回は、趣向を変えてみます。言語哲学と認知言語学について語っていきます。言語学初心者の中には、認知言語学も言語哲学も一緒ではないか!という人もいると思います。実際に僕がそうでした。 では、何が違っていて、何が同じなのか、調べてみました。 では、早速始めていきましょう。 認知言語学と言語哲学認知言語学は、言語と人間の心の関係について深い洞察を提供する、動的かつ学際的な分野です。この分

英語教育に認知言語学の知見を活かすことは、どうして大事なのか?ー文法と語彙から考えるー

1. はじめに外国語教育において、言語学の研究成果は非常に重要な基盤となります。しかし、最近の言語学、特に認知言語学の発展を知らない人の中には、「言語学は語学教育には役立たない」という誤った固定観念を持つ人がいます。そのような誤解が広まると、外国語教育の基本的な土台が揺らぐことになりかねません。本論では、認知言語学的アプローチが外国語教育のさまざまな側面において重要であることを示していきます。 2. 外国語習得の困難さと言語学の重要性言語を習得するためには、綿密な計画と多大

博論日記(3):多義語って結局は何なのだろうか?

はじめにー多義性ってなんだろう?ー多義性というのを説明するには、ある語が多義かどうかを説明しても不毛であるということに気づいた。今日も、ツイートをベースにして自分の研究を考えていきたい。今日も、結局多義って何?と考えて日が暮れてしまった。 コミュニケーションは文字という名の「コード」を伝えるのではないことはもう認知言語学なら明らかだろう。特に、フィルモアのフレーム意味論の台頭、また、コーパスの出現によって、それが明らかになっている。 でも、多義を実験する以上、考察する以上

課題山積みな博士論文の研究に関して、あれやこれやと言って良いですか?(その2『意味のスタンスについて』)

はじめに意味の意味とは?という哲学的な問題について答えることはほぼ不可能である。意味の意味について答えても、それは意味の「意味」であり、意味について答えを出すことはできない。今回は博士論文で課題になっている「意味のスタンス」問題について考えてみたい。 2種類の多義語研究これまでに多義語の研究では、多義性をどう捉えるかという研究が幅広く行われてきた。多義語の研究には、ある特定の単語の用例を集めて、それが多義性があると証明したもの、そして、多義性について包括した理論的なものを求

課題山積みな博士論文の研究に関して、あれやこれやと言って良いですか?

こんにちは。博士論文について、あれやこれや語ります。語ってはいけないのかもしれないけど、語りたいです。なので、書きます。具体的には、博士論文を書いていて、色々と思うことがあるのです。 ①博士論文のテーマ:多義性の解明僕の博士論文のテーマは、大まかに言えば「多義性という複雑性をときほぐす」ことです。その方法の切り口として「多義語のパラドックス」と言われる現象について取り上げます。具体的には、どうすれば、これまで話者の判断に委ねられてきた多義性という複雑な現象を1つの包括する理

教育の知見を論文にすることに意味はあるか?ーChatGPTと会話してみたー

こんにちは!飯島尚憲です。 今回は、ChatGPTと会話した履歴を載せました。 この3点を主に質問しました。以下、会話内容です。 それではどうぞ! ①『研究して論文にする』意味ChatGPT 語彙指導における研究は英語教育の領域において非常に重要な役割を果たします。研究を行うことには、実際の教育現場に直接関わること以上の、複数の意味合いがあります。以下の点でその重要性を説明します。 理論と実践の橋渡し 新しい知見の提供: 研究は新しい教育法や教授法、語彙習得に関する

第2言語習得研究における応用認知言語学の役割についてー架け橋は成立するか?ー

はじめに第二言語(L2)習得の分野の研究は、日々進歩しています。そんな第2言語習得の研究において、認知言語学の視点がますます重要視されています。指導法などに、教育者や学習者に新たな道が開かれたと言っても良いでしょう。 応用認知言語学(Applied Cogniitve Linguistics : ACL)は、言語学習の効果を高めるために認知科学からの洞察を活用します。実践的な教授法に情報を提供するフレームワークを提供します。 この記事では、ACLの中核となる原理を掘り下げ

OVER物語〜OVERの多義性研究〜

はじめに認知言語学の領域において、多義性(一つの単語が複数の関連した意味を持つ現象)の研究は最強に魅力的な研究分野です。その中でも、前置詞 "over "は特に興味深い研究対象です。この記事では、多義語研究における「over」の旅を掘り下げ、このシンプルな単語が、言語と認知の仕組みにいかに深い洞察を与えてきたかを探ります。 初期段階 "over"の多義性の特定まず、OVERの多義性を研究するには、もちろんのこと「なんでOVERが多義語なのか」ということを解明する必要があり

多義性ネットワーク:認知言語学における単語の意味の相互関連性について

要旨認知言語学において、多義性ネットワークという概念は、1つの単語が持つ複数の意味が人間の心の中でどのように相互に結びついているのかという興味深い洞察を提供します。本稿では、多義性ネットワークの本質に迫り、それがどのように形成され、機能し、言語と認知の理解に寄与しているかを探ります。 はじめに多義性とは、一つの単語が複数の関連した意味を持つ現象で、自然言語によく見られるものです。古い文献ですと19世紀の頃から多義性ということは言われてきました。 これらの複数の意味がど

語彙研究: 第二言語習得(SLA)における軽視された側面

はじめに第二言語習得(SLA)の分野では、伝統的に文法、音声学、構文に焦点が当てられてきました。しかし、同様に重要な要素であるボキャブラリーの研究すなわち語彙の研究については、あまり注目されていません。 そこで、本稿では、第二言語習得における語彙研究の重要性を強調することを目的とし、語彙習得についてより深く理解することで、言語学習や教授法を大幅に向上させることができると主張していきます。 SLAにおける語彙の重要性語彙力は言語習熟の礎です。語彙のない言語はそもそも存在しま

認知言語学における最近の研究手法

実験的手法アイトラッキング 視線追跡技術(アイトラッキング)は、認知言語学研究の要の1つと言って良いでしょう。視線追跡技術により、ある刺激に対して人の視線がどこに、どのくらいの時間留まっているかを観察・記録することができます。この方法は、言語処理や読解の研究に特に有効です。Rayner(1998)による代表的な研究では、眼球運動データから読解中の言語処理の時間経過が明らかになり、根底にある認知プロセスについての洞察が得られることが示されています。 反応時間(RT)測定