マガジンのカバー画像

認知言語学のテキスト

41
認知言語学を研究する大学院生が、認知言語学の最近の研究をまとめたマガジンです。1ヶ月に20回くらい更新します。言語学に興味がある人なら、誰でも楽しめる内容になっています。認知言語… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

英語教育に認知言語学の知見を活かすことは、どうして大事なのか?ー文法と語彙から考えるー

1. はじめに外国語教育において、言語学の研究成果は非常に重要な基盤となります。しかし、最近の言語学、特に認知言語学の発展を知らない人の中には、「言語学は語学教育には役立たない」という誤った固定観念を持つ人がいます。そのような誤解が広まると、外国語教育の基本的な土台が揺らぐことになりかねません。本論では、認知言語学的アプローチが外国語教育のさまざまな側面において重要であることを示していきます。 2. 外国語習得の困難さと言語学の重要性言語を習得するためには、綿密な計画と多大

博論日記(3):多義語って結局は何なのだろうか?

はじめにー多義性ってなんだろう?ー多義性というのを説明するには、ある語が多義かどうかを説明しても不毛であるということに気づいた。今日も、ツイートをベースにして自分の研究を考えていきたい。今日も、結局多義って何?と考えて日が暮れてしまった。 コミュニケーションは文字という名の「コード」を伝えるのではないことはもう認知言語学なら明らかだろう。特に、フィルモアのフレーム意味論の台頭、また、コーパスの出現によって、それが明らかになっている。 でも、多義を実験する以上、考察する以上

課題山積みな博士論文の研究に関して、あれやこれやと言って良いですか?(その2『意味のスタンスについて』)

はじめに意味の意味とは?という哲学的な問題について答えることはほぼ不可能である。意味の意味について答えても、それは意味の「意味」であり、意味について答えを出すことはできない。今回は博士論文で課題になっている「意味のスタンス」問題について考えてみたい。 2種類の多義語研究これまでに多義語の研究では、多義性をどう捉えるかという研究が幅広く行われてきた。多義語の研究には、ある特定の単語の用例を集めて、それが多義性があると証明したもの、そして、多義性について包括した理論的なものを求

課題山積みな博士論文の研究に関して、あれやこれやと言って良いですか?

こんにちは。博士論文について、あれやこれや語ります。語ってはいけないのかもしれないけど、語りたいです。なので、書きます。具体的には、博士論文を書いていて、色々と思うことがあるのです。 ①博士論文のテーマ:多義性の解明僕の博士論文のテーマは、大まかに言えば「多義性という複雑性をときほぐす」ことです。その方法の切り口として「多義語のパラドックス」と言われる現象について取り上げます。具体的には、どうすれば、これまで話者の判断に委ねられてきた多義性という複雑な現象を1つの包括する理

教育の知見を論文にすることに意味はあるか?ーChatGPTと会話してみたー

こんにちは!飯島尚憲です。 今回は、ChatGPTと会話した履歴を載せました。 この3点を主に質問しました。以下、会話内容です。 それではどうぞ! ①『研究して論文にする』意味ChatGPT 語彙指導における研究は英語教育の領域において非常に重要な役割を果たします。研究を行うことには、実際の教育現場に直接関わること以上の、複数の意味合いがあります。以下の点でその重要性を説明します。 理論と実践の橋渡し 新しい知見の提供: 研究は新しい教育法や教授法、語彙習得に関する

第2言語習得研究における応用認知言語学の役割についてー架け橋は成立するか?ー

はじめに第二言語(L2)習得の分野の研究は、日々進歩しています。そんな第2言語習得の研究において、認知言語学の視点がますます重要視されています。指導法などに、教育者や学習者に新たな道が開かれたと言っても良いでしょう。 応用認知言語学(Applied Cogniitve Linguistics : ACL)は、言語学習の効果を高めるために認知科学からの洞察を活用します。実践的な教授法に情報を提供するフレームワークを提供します。 この記事では、ACLの中核となる原理を掘り下げ

生成文法と認知言語学を比較してみる

はじめに言語及びその構造に関する研究は、広範にわたり複雑です、決して1つの理論では収束しない深い深い深い世界です。その証拠に、人間による言語の獲得、処理、利用方法を解明するため多様な理論やモデルが提案されて、実行されてきました。 これらの中でも、言語理論として、生成文法と認知言語学は特に影響力があり、広範囲にわたって議論されている二つの枠組みです。生成文法も認知言語学も、人間の言語理解を目指す共通の目標を持ちながらも、そのアプローチ、基本的な前提、そして意味するところにおい

フレーム意味論と自然言語処理の深いつながり

はじめにフレーム意味論は、1970年代に言語学者であるチャールズ・フィルモアによって提唱された言語理論です。彼は自ら提唱した「格文法」という概念をさらに拡張させて「フレーム意味論」という概念を提唱しました。 近年、自然言語処理(NLP)において「フレーム意味論」という考え方は、ますます重要な概念となっています。フレーム意味論の中心的な考え方は「単語の意味は、その単語に関連する背景知識や文脈に大きく依存する」というものです。NLPがより複雑な言語理解タスクの自動化を試みるにつ

多義語と同音異義語:その違いを理解する

はじめに認知言語学において、多義性と同音異義性を区別することは、言語のニュアンスを理解する上で不可欠である。両者は一つの語形が複数の意味を持つ現象であるが、その意味の性質は大きく異なる。本稿では、多義性と同音異義性の区別を、具体例を豊富に用いて明らかにすることを目的とする。 多義性とは何か?多義性とは、一つの単語が複数の関連した意味を持つことである。これらの意味は、共通の語源に由来することが多く、概念的に結びついている。 多義性の認知的根拠認識上、多義性は異なる概念間のつ

認知意味論についての簡単な導入

はじめに進化を続ける言語学の分野において、認知意味論は、言語と人間の認知との関係についての理解を再構築する画期的なアプローチとして、そして認知言語学の一分野として登場しました。この記事では、認知意味論の核となる原理、従来の言語理論との違い、そして言語処理と習得に関する理解への影響について書いていきます。 認知意味論の起源認知意味論は、形式的な言語理論の限界に対処するために20世紀後半に登場した、認知言語学という広範な学問分野に根ざしています。チョムスキーが創始者となった生

OVER物語〜OVERの多義性研究〜

はじめに認知言語学の領域において、多義性(一つの単語が複数の関連した意味を持つ現象)の研究は最強に魅力的な研究分野です。その中でも、前置詞 "over "は特に興味深い研究対象です。この記事では、多義語研究における「over」の旅を掘り下げ、このシンプルな単語が、言語と認知の仕組みにいかに深い洞察を与えてきたかを探ります。 初期段階 "over"の多義性の特定まず、OVERの多義性を研究するには、もちろんのこと「なんでOVERが多義語なのか」ということを解明する必要があり

多義性ネットワーク:認知言語学における単語の意味の相互関連性について

要旨認知言語学において、多義性ネットワークという概念は、1つの単語が持つ複数の意味が人間の心の中でどのように相互に結びついているのかという興味深い洞察を提供します。本稿では、多義性ネットワークの本質に迫り、それがどのように形成され、機能し、言語と認知の理解に寄与しているかを探ります。 はじめに多義性とは、一つの単語が複数の関連した意味を持つ現象で、自然言語によく見られるものです。古い文献ですと19世紀の頃から多義性ということは言われてきました。 これらの複数の意味がど

語彙研究: 第二言語習得(SLA)における軽視された側面

はじめに第二言語習得(SLA)の分野では、伝統的に文法、音声学、構文に焦点が当てられてきました。しかし、同様に重要な要素であるボキャブラリーの研究すなわち語彙の研究については、あまり注目されていません。 そこで、本稿では、第二言語習得における語彙研究の重要性を強調することを目的とし、語彙習得についてより深く理解することで、言語学習や教授法を大幅に向上させることができると主張していきます。 SLAにおける語彙の重要性語彙力は言語習熟の礎です。語彙のない言語はそもそも存在しま

認知言語学における最近の研究手法

実験的手法アイトラッキング 視線追跡技術(アイトラッキング)は、認知言語学研究の要の1つと言って良いでしょう。視線追跡技術により、ある刺激に対して人の視線がどこに、どのくらいの時間留まっているかを観察・記録することができます。この方法は、言語処理や読解の研究に特に有効です。Rayner(1998)による代表的な研究では、眼球運動データから読解中の言語処理の時間経過が明らかになり、根底にある認知プロセスについての洞察が得られることが示されています。 反応時間(RT)測定