半月温泉妄想

最近夜に風呂屋に行くと、若者が多いことに気づく。
昨夕、最後の生徒が体調不良でキャンセルしてきたので、これ幸いと温泉に行くことにする。
実は昼忙しかったので、プールに行けなかったのである。
前回もそうだったが、木曜の夜なのに若者が多い。そしてそこで見られる若者には太っている人がほとんどいないということに気づく。
以前は、太っている人も結構いた。ああ、太っているからサウナで痩せようとしているんだなと思ったりもした。
街を歩けば、お巡りさんを先頭に太っている人はままいる。でもスパの中には太っている人がいない。かといって痩せている人も珍しい。体格は人によって違いがあるが、概ね皆腹が出ていない健康体である。
サウナから出て、外のベンチで休むと、南天中央に半月、やや離れて木星。
座れそうなところ至る所に、裸の若者がいる。連れ立って来ている者は少ない。つまり、ここにいるのは、筆者と同様、風呂好きか、暇な時に何をしようかと思うと風呂に入ることになる人たちであることになる。
それにしても太っている人がいない。それに子どもの姿もない。20代から40代前半の若い人たちが圧倒的に多い。
なぜなのか。なぜ太っていない若者ばかりがサウナに来ることを選ぶのか。いやそんなことはあるまい。
月を見ながら高速妄想に入る。
そもそも太る体質の人は別にして、総体として太っている若者が減ったのは、外食が減ったためであると思われる。
それなりにきつい労働で拘束された後、多くの若者はその憂さ(今では「ストレス」と呼ぶ)を晴らすために、友だちと飲んで大声で会話するのが普通だ。そして、若者が酒を飲めば、なんでもいっぱい食べる。
それがコロナでできなくなった。しかも意外と長かった。
飲食店に行けない。飲食店がやってない。
中には晩御飯ついでに、一人で飲み屋のカウンターに座って、馴染みのマスターと世間話を楽しむことを安らぎに感じていた人もいるだろう。
それができなくなった。
どうするのか。スーパーで惣菜を買ってきて食べる。それは決して不味くはないが、何か飲み屋で食べるものとは違った感触と味である。給食を食べているような気にもなる。
そこでというので、飲み屋で自分が好きだった料理を自分で作ってみることにする。もちろん手の込んだものはできない。しかし、ネット上にはそのレシピ(こんな言葉も昔はなかった)が無数に転がっている。調味料も揃えて、大好きな茄子の煮浸しを作ってみる。何回か繰り返し実験するうちに、自分が本当に好む味も見えてくる。
こうして続けていくうちに、男一人、自分の食べたい酒のつまみとご飯を自分で炊いて準備するようになる。昼は会社の近くで、不足する野菜類を補うためにサラダを買ってきてむしゃむしゃと食う。たとえば餃子焼売揚げ物など、作るのが面倒な物は出来合いを買ってきて済ます。
友だちとはZoomなどで話す。お互いに自分の作ったものを見せ合って乾杯して、料理の作り方と出来栄えを語り合ってさらに情報が増す。
彼女がいる人は、お互いの料理を見て、「一緒に食べれたらどんなにいいだろうね」と、ある意味最高のセリフが簡単に口に出せたりする。
外で油っぽいものをどんどん食べて飲んで、しかもおまけにラーメンで〆る。その上で家まで移動して疲れるより(だいいち今は「リモート」も増えた)、自分の家で自分の食べる物を用意して過ごした方が良い。ネット注文で取り寄せることもできる。そして、そのまま風呂に入って寝る。なんと健康的なことよ。こうした生活ならば太らない。
と、やはり若者の一人暮らしの欠点は、風呂が狭いことだ。ユニットバスじゃあ、まるで母親の胎内にいた時のような格好をしなければ入れない。
てなわけで、温泉に行くことになる。ちょいと前は高いと思ったが、今は飲食にお金を使わないから懐にやや余裕がある。千円の風呂代が惜しくない。それに、露天の大きな温泉に浸かって思いっきり体を伸ばし、空には月が出ているなんて最高の贅沢ではないか。サウナで新陳代謝して体を洗えば、体臭もおさまる。そしてこう考えたりしている。「え〜っと、今日は、この後スーパーで材料買い物して、一人用の炊飯器でご飯を炊いて、キュウリタコ酢を作って冷蔵庫の冷えたビールを飲んで、しらす干しかけご飯と行こう。あいつとZoomで繋ぐのもいいな」とか。
こういう生活をする若者は太らない。しかもお金も貯まる。だから彼らにとっては最高に贅沢の大きな温泉風呂で思いっきり体を伸ばす。サウナ付き温泉なんて大学生の時は入れなかった。こんなにいいものだとは知らなかった。
てなわけで、太っていない若者が温泉に増えた。
逆に子どもがいる家で風呂が子どもと入れるくらいの大きさがある時、その人は平日は自宅の風呂で我慢することになる。
これが太ったオッサンと子どもの姿がない理由ではないか。
以上が筆者の「妄想」であるが、帰りに駐車場で、風呂上がりの若者が赤い乗用車の助手席に乗り込むのを見た。ドライバーは彼女と思われる若い女性である。後ろから見てもすごく幸福そうなムード。それは温泉のおかげ。ああ女湯の方はどんな光景なのであろうか。

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