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足枷か踏み台か【世間との違和感との付き合い方】

ヒーリングに出会って、ヒーリングを始めて40歳になった頃、ふと、生まれ変わった気分になり、ようやく自分の人生が始まった!と不思議な感覚になったことがあります。
なのでよく、40歳で生まれたばっかだからまだ3歳なの(しれっと歳バレ←)と言っていますw
自分に向き合う時間が増えたというより、効率的に自分に向き合えるツールを見つけたからと言う感じで、なぜ今までの人生が苦しいことが多かったかに気づき、それをワークして少しずつ開放したおかげで、何となく背負ってきた重かったものから開放された!と思ったのが40歳のころだったのです。

もちろん今も何もないわけではなく、地道に自分に向かい続けていますが、苦しくしてしまう理由がわかってしまえば、対処もできたり避ける事もできますよね。

私が自分を苦しくしてしまう理由の大半は、自分が認められない事でした。
親が厳しくて理不尽でということも多く、幼少期から褒められるより指摘されたり否定されたりの記憶の方が強かったのです。
得手不得手あるのに世間の杓子定規にはめようとするくせに、一方ではうちはうち、よそはよそを都合良く使われました。
今となってはそれも自分が必要だったからそれをさせていたと分かっているし、その当時の親の立場では仕方なかったのかなというのも分かるのですが、多感な時期で1番味方が欲しい時期に親は味方ではなかったのです。

そんな私がした事は、結局自分に向かうことでした。
得手より不得手にフォーカスされがちな自分、噛み合わない親、噛み合わない世間。
全てどちらかというと足枷だったのです。
自分のせいにしても解決しないし、本当は自分のせいって何?とも思っていた。
私は私でただ生きていただけで、噛み合わなかっただけで別に悪いことをしていたわけではない。
噛み合わなかっただけなのに世間と合わないだけで駄目な人扱いされる。
そもそも、世間って何さ?世間が正しいのか?
多数派なだけじゃないの?
そんな感じで段々違和感を強めていき、最終的に行き着いた私の答えは
「親も含めみんな他人で宇宙人」
でしたwww
ここで言う宇宙人はどちらかというと、国レベルでは収まらないくらいの規模で別の価値観の人って感じw
血が繋がっていようがなかろうが私以外私じゃないの(どっかで聞いたなw)。
そりゃ理解できないし理解されないよねと。
それからは足枷だった違和感は踏み台に変わりました。
違って何が悪いんじゃい!
ずれてるってなんじゃい!
これが私じゃい!
私がずれてるんじゃなくてそもそも合わないだけだから!
と思い始めたら少し楽になりました。

のちにこのあたりもたくさんワークして、何のためにこのプロセスを踏んだかが分かりました。
自分が生まれる前に決めてきた学びのテーマの1つが「精神的な自立」だったのです。
その頃は分からなかったけどヒーリングをすることも決めて来ていて、その為に早めに精神的な自立を学ぶ必要があったようです。
(荒療治だな。。。)
ズレ感は今もありますが、ワークを重ねた今はどちらかというと
「私が宇宙人だからね☆」
に変わりましたwww

だから世間とのズレを感じる人も、そのズレを選んで持っているのは何か意味があるからなので、ズレている自分が悪いと思わないでね、と思います。

余談:アイキャッチ絵は昔作ったホームページで使ってた自己紹介ページリンク用ボタンの絵ですw
(ジオシティーズだったのでまるごと消滅しましたw)
ホムペタイトルをあをいずむにしてましたw
ちょうどいいからコラム的な記事はあをいずむにしてしまいますw

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