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月の雫が私の中に溶ける夜

いつの間にか蝉の声が消こえなくなり、皮膚をジリジリと焼きつける無情な夏がようやく威力を弱め始める。

朝夕の温度差が急激に大きくなり、天空が次第に遠く高く離れていく。

収穫の季節が刻々と近づいているのを体感する時期。




ビオディナミ農法という言葉を聞いたことがあるだろうか。

オーストリアの人智学者であるルドルフ・シュタイナー氏により提唱された「地球の全ての生命体は、地球上だけのものではなく、地球を含む宇宙の営みからも影響を受け、互いに調和しながら生きている」という思想を根底とした、月や星座、宇宙の法則を反映した農法のことだ。

そう聞いただけでもスピリチュアルなイメージなので、提唱された当初、この農法に対する意見は賛否両論だったものの、現在、スペイン国内でもこの農法を取り入れるワイナリーは年々増え続けている。

種蒔きから収穫、瓶詰の時期、さらには散布する肥料に至るまで、ワイン醸造のあらゆる工程は月の動きが生物に及ぼす影響を考慮しながら進められる。自然な環境で土壌そのもののエネルギーを引き上げ、植物の生命力を高めていく。

ビオワインと位置づけされているワインの中でも、ビオディナミワインは徹底したオーガニック栽培、野生酵母での発酵、亜硫酸塩無添加などの細かい規定に基づき醸造される自然の恵みそのもの。

この農法においては、植物が感染する病原体も自然環境の一部とし、その発生原因は環境そのものが何らかの理由でバランスの崩したものだと考える。だから、病原体だけを消滅させるための薬を投与すればよいという考え方はしない。

自然環境の歪を修正するために何か科学的な力を人為的に加えるのではなく、自然の力を導いて癒していく。土地を肥沃にすることで、必要な微生物の働きを活性化させていく。

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けれど、20世紀になって世界的に認知され始めたこの農法が、実際には、遥か遠い古代から人々の生活に寄り添っていたものだと気づかされる。

その昔、人々は動植物がそうであるように、生命体の一つとして生き、ワインだけでなく全ての農法、そして人々の暮らしの各所にも、ごく自然に月の動きを意識してきた。

下弦の月に髪の毛を切ると伸びが早く輝きのある髪になる。オリーブの実や果物を漬けたり、ニンニクを植えるのは上弦の月。海に生きる人たちは潮汐を決して軽んじることなく月に従って舵を取る。「月経」は字のごとく月の作用を受け、女性は男性よりも月の影響を強く受ける。

そんな身近で大切なことが少しずつ忘れられている気がする。



「ワインは血になる」

薬草にも詳しかったというスペイン人の義祖父の口癖だった。ただの酔っ払いだったのか、はたまた賢者だったのかは知らないけれど、自分の足でブドウを踏み、生きるためのワインを毎日飲んでいた義祖父。沢山の虫が植物に集まるのは植物が健康な証拠だと喜び、手間暇をかけて虫を除去した。自然を敬い、ワインを自分の子供のように丁寧に育てた。

何一つ無駄にはしない。ブドウの枯れ枝で火を起こし、残った種や皮は家畜の飼料となり、それらの糞が肥料となる。

古代からずっと月は変わらず人を導いていてくれた。それに気づかないまま身勝手な便利さや一時的な効果を求め続け、自然のバランスを崩してしまったのは私達自身でしかない。それを見て見ぬ振りをした上辺だけの収穫祭や感謝祭は何になるのだろう……。

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そんなことを考えながらワインの栓を抜く。


コルクが少しずつ空気に触れて膨張し、ポンという音を合図にボトルを開放する。深紅の小さな海がグラスの中に広がり、そっと香りを探ってみるとまだフレッシュなままのブドウの存在に誘われる。ゆっくりとグラスを回す。グラスの淵に明るい赤色の輪ができ、滑らかな筋となってまた中に溶けていく。

もう先ほどのブドウの香りはしない。熟したベリー系の甘い香り。そして、長い時間ボトルの中に閉じ込められていた月の雫はグラスの中で静かに息を吹き返す。ようやく月を味わう瞬間に心が緊張感を持ちながらも心地よく躍動する。

一般にテイスティングと呼ばれる一連の行為は、ワインの良し悪しを品評するものではなく、それぞれのワインの個性を理解し、心して受け入れる儀式だと思っている。

よって、試飲の時に美味しいワインに出会うと、つい勿体なくて飲み干してしまいたくなるのだ。

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今日のワインのお供の山羊乳のチーズ。両面をカリッと焼いて夏の間に沢山食べたトマトのジャムを添えてみる。少し粒の残ったトマトの甘味が下に敷いたタマネギの優しい甘みと共にチーズの酸味をうまくまとめてくれる。

若々しさが残る赤にはこれぐらい酸味がある楽しいお相手があってもいい。タマネギが朧にも見えて、小さな月が並んでいるようだ。ならば、少しドライフルーツも添えて秋を迎える準備をしよう。

「日本はお月見っていうのがあって、満月を見ながらお団子を食べるの」
「お団子?ワインの方がいいな」

つい調子に乗って夫に言ってみたものの、よく考えると正式なお月見の仕方なんて知らない。月見団子とウサギ、ススキといった散在したイメージが浮かぶだけで正確な説明なんて出来ないし、月の動きと生命体の関係性なんて考えたのもずっと大人になってから。

だから私もお団子よりワインの方がいい。

秋の実りを祝う収穫祭はあっても、日本のように月そのものを愛でるという風習のない世界の片隅で、自分なりの方法で月を想う。それでいい。

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グラスを持ったまま少し肌寒くなったテラスに出てみる。月はいつもと変わらず静かにこちらを向いている。

この国の人たちは月の中には男が住んでいるのだと言う。月面に映る模様が男の顔に見えるらしい。いろんな表情をしているけれど必ずこちらを見つめているのだと。

月の雫を両手で掬うようにグラスを持ち上げる。今年もまた収穫の季節が訪れる。こうして月の存在を理解し敬し続ける限り、きっと月の中の男は私たちを見守り続けてくれる。

そっと月の雫を口に誘い込む。舌の上に滑らかなベールが広がる。口の中で躍らせてみると月の雫は私の唾液と混ざり合い、やがて私の中で優しく溶けていった。





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