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ワインの里deデート

公道の脇を埋めていた野菜畑が、気が付くと一面が枯れ木だらけになっている。どういうことだとビックリして見てみると、枯れ木だなんてとんでもない。そこには広大な葡萄畑が広がっていた。収穫のタイミングが違うのか、場所によってはまだ葡萄の実のついたままの畑もある。歴史的巡礼地とワインの名産地として世界的にも知られているリオハ地方の中心ログローニョは、思いのほか、小さな小さな町だった。

1870年頃のフランス・ボルドーのワイン畑では、葡萄の木の根を食い荒らす害虫が大繁殖するという問題で頭をかかえていた。その解決策としてワイン畑の新天地を求めてやってきたフランス人たちが白羽の矢を立てたのがイベリア半島のリオハの地。

その後、ボルドーの畑を蘇らせる新たな解決策を見つけた彼らは、フランスへ戻っていったけれど、彼らの醸造技術はこのリオハの地にしっかりと根付き、後に世界に通じるワインの産地として成長したのだった。

この小さな土地が世界一と呼ばれるまでに成長した最大の理由。それは、エブロ河流域の肥沃な土壌と恵まれた気候にある。

葡萄栽培総面積約6万5千ヘクタールにも及ぶ畑は原産地呼称制度により統制され、北から、ラ・リオハ・アルタ、ラ・リオハ・アラべサ、ラ・リオハ・バハという三つの区画に分けられ、それぞれの場所で特徴あるワインが産出されている。

古くはテンプラニージョ、ガルナチャ、次いでマスエロ、グラシアノといった品種が主な葡萄品種であったのが、近年は新しい品種の使用が次々と許可されている。



車でさらに国道A68を通り抜ける。太陽の光を受けて輝く葡萄の木を見ると、まるで愛娘のように丁寧に育てられているだと分かる。一本一本が腕を伸ばして生きている。町外れにはいくつもの大きなボデガ(ワイナリー)が構えている。

優秀な農作物は葡萄だけではない。この地における食物の質の良さは古くから知られており、16世紀にナポリ王フェルナンドに仕える宮廷料理人であったルペルト・デ・ノラという人物がログローニョで「煮込み料理の本」を書き上げている。洋ナシや桃などの果物・野菜類も、収穫量こそ葡萄に及ずながら、その質については多くのトップクラスのシェフから評価されている。

 
***

まさかこの地で、ワインを飲まないはずがない。それでは宝の持ち腐れというものだ。念入りに下調べをし、民芸長屋風の造りをした落ち着いた雰囲気のレストランを選ぶことにした。

店は家族経営らしく、キッチンでは年配の男女が料理を作り、サロンではキッチンの女性と面影の良く似た若い女性が店内をきりもりしている。

カウンターには数々のピンチョスが並び、奥がレストランというスタイル。ちなみに、この辺りのピンチョスは1センチ程の厚みに切ったバゲットパンにサラダや揚げ物、マッシュルームなどを乗せ爪楊枝を刺して留めてあるのをよく見かける。

店の女性がにっこりと微笑みながら近寄ってくる。名前はソフィア。年齢は三十歳半ばごろだろうか。 

「この地の名物料理が食べたいんですが」と、あえてお勧め料理を聞いてみると、下調べをしておいた料理の名前が数珠つなぎに登場。この店は当たりだと脳内ランプが点滅している。


《メネストラ・デ・ベルドゥラ》(温野菜の炒めもの)
《ピミエントス・デル・ピキージョ》(赤ピーマンの詰め物)
《エンサラダ・デ・コゴジョ》(コゴジョ菜のサラダ)
《カラコレス・ア・ラ・リオハナ》(かたつむりのリオハ風)
《コルデロ・アサド》(仔羊のロースト)

いくらなんでもこれら全部はチャレンジできない。すると、ソフィアが今日はアーティチョークが美味しいと教えてくれる。

(……けれど、大好きな赤ピーマンは外せない。コゴジョとかいう名前も気になる。かたつむりもリオハ風って言われたら頼むでしょ。そして、仔羊のローストにリオハのワイン。最高の上の言葉は何て言うのだ?)

あれこれ考えるうちに、先に脳のほうが満腹サインを出してしまいそうなので、いい加減に決めることにした。

 

まずソフィアのお勧め《メネストラ・デ・ベルドゥラ》。グリンピース、アーティチョーク、そら豆、玉ねぎ、などを野菜をふんだんに使った料理。一つとして冷凍の野菜は使われていない。

茹で上がった新鮮な野菜の上に薄くスライスした生ハムが一枚広がり、ゆで卵も添えられ。最後に地元産ロゼワインで更に風味付け。ワインの里のニクイ演出。 

野菜にワインをというイメージはあまりないかもしれないけれど、あえて塩味を抑え、野菜そのものの甘みを引き出した料理には、タンニンも酸味も穏やかでフルーティーなワインが絶好のパートナー。メインに仔羊肉のローストを頼んだので赤ワインのボトルを頼んだのだけど、それとは別にロゼのグラスワインをお願いすることにした。

「グラシアノですよ」

ソフィアが注いてくれたキラキラした濃いピンク色のワイン。顔をそっと近づけると、ふっとイチゴのような香りがする。口に含むとカジュアルな外観とは異なり、香り、舌の感覚、酸味、のど越しなど、どれもが品よく整い、育ちの良い少し茶目っ毛のあるお嬢様のようだった。 

こんなお洒落なワインをメネストラに合わすのかと上気している私に、肉だから赤、魚だから白というのは大きな間違いで、肉料でも鶏肉や兎肉のように淡泊な白い肉と、肉質がしっかりとして煮込み料理向きの癖のある肉とは合わせるワインは全く異なるという話をしてくれた。

なるほど。そういうことなら、どんな料理にも合わせやすい万能ワインがあれば便利じゃないかと思うかもしれない。もちろん、ワインを「売ること」を考えると、より多くの人に受け入れられるというのは確かに大切なポイントである。けれど、世の中がそんなマルチタイプのワインばっかりになったら、ワインを本当に愛する人たちはどうするのだろう。

「365日、天塩にかけて育てた葡萄から造ったワインが、少しずつ熟成して美味しくなっていくのを目の当たりにすると、何にでも合うワインよりも、ピュアで個性的で、このワインだからこそって思ってもらえるワインに育って欲しいと思うんですよ」

ソフィアの実家でもまた自分たちの葡萄を使ってワインを醸造している。自分たちが飲みたいワイン、美味しいと思うワインをほんの少しだけ造っているのだという。

メインの仔羊肉料理が運ばれてきた。既に、この料理用に頼んであったのを抜栓しようとするソフィアの手を止めて、彼らのワインに変えてもらった。彼らが大切に育てたワインに会ってみたくなったのだ。

試飲用にグラスにほんの少し注がれたワインは、テンプラニージョとガルナチャ、さらに、さっき飲んだグラシアノが少し入っているという。

グラスを回してみる。こっくりと色濃い紅色の涙がグラスに沿ってゆっくりと線を描く。濃厚な果実とオークの香ばしさを放つワインを少し口に含むと、ビロードのような柔らかな口当たりなのに、潔くスッキリとした後口が爽快なワイン。

シンプルにオーブンで焼かれた仔羊の足が丸ごと一本。母乳しかまだ飲んだことのない生後4~6週間の仔羊の足は、皮の部分が黄金色に輝いてフォークを刺すとパリッという音をたてて破れた。湯気の立つ肉にナイフを入れる、滴り出た肉汁が添えてあったジャガイモに染みていく。程よい大きさに切り分けて口に運ぶ。一気に肉の味が口の中に広がって、自分が肉を食べているのか、食べられているのか分からないくらいにフワリとした気分になる。

そして、ゆっくりとまたワインを口にする。さっきまで口の中にいた肉片の名残がワインに溶かされ、新しい別の味わいとなって蘇る。少しでもそれを留めておこうと、わざとゆっくりと舌の上に転がしたけれど、静かに口の中から居なくなってしまった。

これではまるで、料理とワインに置いてきぼりにされたみたいじゃないか。料理とワインを交互に口に含み、彼らと追いかけっこをしていると、何だか楽しくなってきた。料理とワインの両方が個性的で会って良かったと思った。

素材を大切に丁寧に焼き上げられた仔羊の足と、子どものように手塩にかけて育てられたワイン。仔羊の肉の料理も、手作りワインも山のようにある。その中で出逢うベストカップルを発見する。結婚相談所のオーナーにでもなったような気分で、料理とワインの行く末を願った。

食後に飲み終えたエスプレッソコーヒーのソーサーが、チッという短い音をたてた。



≪次の到着地 ⇒ パンプローナ≫

最近はビールよりもワインの方が好きだという方も増えてきましたが、
どんな料理に合わせたらいいのかなと迷くことがあります。

逆に、この飲み方をぜひ紹介したい!という方もあるかもしれませんね。

そこで、今回のお題は、『ワインと料理についての質問や体験談』です。
来週の水曜日12月22日のSpacesで、ざっくばらんにお話しましょう。

お題の回答はいつものようにコメント欄に!
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