小説【アコースティック・ブルー】Track7: Message In A Bottle #1

「居なくなった!?」

 セイイチがTom&Collimsに到着するとユウコが姿を消していた。

「昼間は来てたみたいなんだけど、
 店の鍵も掛けずにどこか出掛けちゃったみたいなんだよね」
「携帯は?」
「それが全然繋がらなくてさ。一体、何がどうなってんのか……」
「マジかよ……」

 客のオーダーをテキパキ捌きながらセイイチに応えるケンジだったが、ユウコがいなくなってしまったことをそれほど心配していないように見えて、セイイチは不審に思った。

「今、K君が探しに行ってくれてるから、何か解れば連絡してきてくれると思うよ」
「K? あいつここにいたのかっ!?」
「うん……裏の倉庫の引っ越しを手伝ってもらってたんだ。
 俺、すっかり忘れちゃってて来た時には全部片付けてくれてたんだけど……」
「あいつなんで……っ!?」

 セイイチが強い口調でまるで蔑むように不快感を露わしたため、ケンジはただならない気配を感じ取った。

「なに?どうしたの? K君となんかあったの?」

 敵意とも受け取れるセイイチの急な態度の変化にケンジが質問を差し挟んでみるが、セイイチは「いや、こっちの話だ……」と冷たく言い放つだけだった。

「それで、連絡は?」
「えっ……いや、まだないけど……」
「くそっ! どこ行った……っ!?」
「――なんでセイイチ君が気にするの?」

 何度か会話を交わしただけの店のスタッフにセイイチがどうしてそこまで拘るのかがケンジは気に掛かかった。一人でぶつぶつ言いながら質問にも答えようとしないセイイチの態度を怪しく感じて「まさかお前、また手出したんじゃないだろうな!」と憤る。
「バカっ! そんなんじゃねぇよ!」とセイイチが強く否定するが、疑り深い眼差しでケンジが睨みつけた。

「あのぅ~、店長ぉー」

 間の抜けた声で二人の会話に割って入って来たのは店のスタッフの一人で、金髪に両耳がピアスだらけという派手な出で立ちの若いスタッフだった。いかつい見た目とは裏腹に、眉尻が下がった見るからに気の弱そうな顔立ちをしている。

「あのぅ~、展示品のギターなんですけどぉ~」

 緊張感が薄れてしまいそうなのんびりとした話し方にセイイチがイラつく。ユウコが抜けた穴を埋めるために他のスタッフ達が奔走する中、この若者だけは別の時間軸に生きているような鈍さを身に纏っている気がした。

「ギター? どうかしたの?」
「メンテナンスにでもぉー、出したんですかぁ?」
「いや、特に予定はないけど。なんで?」

 いつもこんな喋り方なのか!? とケンジに対してツッコミを入れたくなるのをグッと堪えて、セイイチは二人のやりとりをイライラしながら聞き続ける。

「あのぅ~、ギターが一本無くなってるんですけどぉー」
「……あぁ!?」

 全く切迫感を感じさせない口調に、言葉の意味を理解するのに一瞬のタイムラグが生じる二人。事の重大さに気づいて思わずふたり揃って大声を上げると、店内の全員が驚いて彼らに目を向けた。

 以前、店の楽器が盗難に遭い、騒ぎになったことがあった。客として訪れたバンドファンの仕業で楽器はすぐに戻ってきたが、バンドを好きでいてくれたファンが犯人だったというのは何とも後味が悪く、現場検証への立ち合いや尋問など、TASKの事故の際にも経験したデジャヴを繰り返すようで、二人にとっては苦い経験だった。

「本当だ、無くなってる……」

 音響機材が集積されているブースにいつも飾られているはずの古いアコースティックギターが無くなっていた。

「え、なんで?
 mor:c;waraの楽器は無事なのに、なんであのボロギターが無くなるの??」
「ビンテージなら一本で数百万なんてのもあるけど、あのギターにそこまでの価値はないよな」
「わざわざあのギターを選んだってことは、何か特別な理由があったのかな?」

 そこまで言うとケンジは先日セイイチがこのギターについて言葉を濁していたのを思い出した。ギターを持ち出した人物は少なくともその特別な理由を知っている可能性があると気づいて二人は不可解そうに眉を顰めて顔を見合わせる。そこで何かに思い当たったように「そういやー」とセイイチが口を開いた。

「あの子が弾いてたぞ。俺が来たときはまだあったんだ」
「え? ユウコちゃん? ギター弾けたんだ。
 ――っていうか、何しに来たの?」
「そうだ、まずい!」

 またも質問には答えず、急に切迫した様子でカウンターへと駆け戻るセイイチ。そのままカウンターテーブルの上や座席の下を覗き込んで何かを探し始めるので、カウンター席に着いていた他の客が驚いて、セイイチの行動を訝しげに見つめた。

「どうしたのセイイチ君? 探し物?」
「ああ、デジタルプレイヤーだ。ここに無かったか?」
「デジタルプレイヤー? いつも持ち歩いてるやつ?」
「昼間来た時に置き忘れて行ったんだよ」
「えっ? ――僕らが来た時には何も無かったけど……」
「くそっ!!」

 苦虫を噛み潰したような苦悶の表情に失望の色が浮かぶセイイチの横顔。TASKが亡くなったあの日に病室で見せた力なく頽れるセイイチの姿をケンジは思い出した。
 セイイチがあの曲に対して尋常ではない思い入れを抱いていることはケンジも知っている。そのデジタルプレイヤーを無くしてしまったということがセイイチにとってどんな意味を持つのか、ケンジは想像するのも恐ろしいくらいだった。

「ユウコちゃん、本当にどこ行ったんだろ?
 何か知ってるはずなんだけど……」
「変な事件に巻き込まれてなければいいですねぇ~」

 相変わらずのんびりした調子で金髪のスタッフがそんなことを言うので全く緊張感が感じられないのだが、否定しきれない現実を思い知らされてセイイチとケンジは思わず顔を見合わせた。
 セイイチはデジタルプレイヤーを紛失してしまったショックが相当堪えているようで、暗く沈んだ表情でフラフラと力なくカウンターの席に着くと、そのまま気が抜けたように項垂れてしまった。

「――例の録音の曲、知ってたんだよ」
「えっ?」

 項垂れたままでボソリと呟く弱々しいセイイチの声にケンジが戸惑う。

「歌ってたんだ、ここで。あのギターを弾きながら」
「え、それってユウコちゃんの話?
 歌ってたって……どういうこと?」
「あの子は何か知ってる……!」

 セイイチの話を聞いてケンジはユウコと初めて会った日のことを思い出した。Mor:c;waraの楽器には目もくれずあのギターにばかり興味を示していたのは、セイイチの言う”何かを知っている”というセリフを裏付けているような気がした。

「あのギターってセイイチ君のじゃないんだよね?」
「ああ、多分あれはタスクのギターだったんだと思う」
「やっぱり」
「Eclipsの設立当時、うちの専属スタジオがSeaNorthだった時期があっただろ。
 そのときからあのギターはあそこにあったんだ。
 イチロウは自分のじゃないって言ってたし――」
「タスクが預けたってこと?」
「――かもしれない……」
「でもユウコちゃんがそんなこと知ってるわけないのにどうして?」
「わかんねぇよっ……!」

 ギターを持ち出したのはユウコなのだろうか? もしそうだとして、なぜ彼女がギターの存在を知っていたのか? 一体何の目的があって、そしてどこへ行ったのか?金髪のスタッフの言う通り何か事件に巻き込まれたのだとしたら……
 一度考えだすと不吉な予感がどんどん加速していき、二人は具体的な解決策を見出せないまま不安な面持ちで沈黙してしまった。そんな二人を見てカウンターに着いていた馴染みの客が声をかける。

「じゃあ、本人に聞いてみたら?」

 二人に声をかけたのはナンシーだった。いつものように店の出入り口に近いカウンター席でシドと並んでビールを飲んでいる。
 能天気にそんなことを言い出すナンシーのセリフに二人は困惑した。

「連絡がつかないのにどうやって聞くんだよ?」

 イラついた口調でセイイチがそう言うと、シドがまるで当然といった様子で答える。

「ユウコちゃんならSeaNorthにいるよ」
「……ああっ!!?」

 シドからの意外な情報提供に再び二人が揃って大声をあげる。

「なんで知ってんだよ……!?」
「なんでって、ここに来る前に会ったから……」
「会ったって何で!?」

 セイイチのあまりの狼狽えぶりにシドの方が面食らい、切羽詰まった表情で追及するセイイチの剣幕に怯んで身を仰け反らせた。

「なんかギターの調整してくれって、うちに持ってきてたからさ。
 二年ぶりくらいかなー? 久しぶりだったから驚いたよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。志度君ユウコちゃんのこと知ってんの!?」
「え?知らなかったの? よくうちに出演してくれてたんだよ」
「は!?」

 SeaNorthは二十年以上続く音楽スタジオで、同じビルの中にライブハウスも経営している地元のバンドマン達には有名なハコだ。
 EclipsRecords設立時には専属スタジオとして契約していた時期があり、セイイチ達にとっては繋がりの深い場所でもある。セイイチ達も素人時代にはバンド練習で利用したり、ライヴハウス主催の対バンイベントに出演させてもらうこともあったため、志度とはその頃からの顔見知りだった。
 当時インディーズバンドの中でも高い人気を誇るバンドに所属していた志度は、セイイチ達にとっては良きライバルであり、共に夢を追いかける同志のような存在だったが、現在バンド活動はしていないらしい。当時からローディーとして働いていた彼は、今でも変わらずSeaNorthで仕事をしている。

「ユウコちゃん、やっぱり音楽やってたんだ」
「上手だよ。歌声が綺麗でね。ファンも多かったんだけど、
 この一~二年は仕事が忙しかったらしくて出演してくれなくなっちゃったんだ。
 ここで働き始めた時は驚いたけどね」
「知り合いなら教えてくれたらいいのに。志度君も人が悪いな」
「いやいや、俺も最近まで気づかなくてさ。
 どっかで見たことあるな~とは思ってたんだけど、何度か話してようやく気づいたって感じ――」

 ひとまず所在がはっきりしたことにケンジはホッとしているようだったが、ユウコがなぜあの曲を知っていたのか理由を一刻も早く知りたいセイイチは二人が世間話でもするように和やかに話しているのをやきもきしながら聞いていた。

「ギターの調整って、もしかして古いアコースティックギターか? martinの?」
「ん~、俺は見てないから解んないけど、
 たしかにアコギのハードケースだったなぁ」
「お、俺ちょっと行ってくる!」

 志度の返事を聞くや否やすぐさまカウンター席から立ち上がると、セイイチはそのまま店を飛び出して行く。「えっ、あぁ、気を付けて――」と急な展開にケンジが戸惑いながらセイイチの姿を見送ろうとすると、丁度店の電話が鳴りだし、ケンジがあたふたと受話器を持ち上げた。
 セイイチが店のドアを勢いよく開けると、普段は柔らかい音色のドアベルががけたたましく鳴り響く。

「セイイチ君! ちょっと待って!!」

 ドアベルの音を押し退けてケンジの大声がセイイチの背中にぶつかった。
 先を急ぐセイイチがイラつきながらも足を止めて振り返ると、半ば青ざめたようなケンジの表情が目に入った。

「セイイチ君…… 警察から電話……」

 瞬間的にTASKの事故の第一報を受けた時もケンジが電話を受けていたことを思い出す。あの時の驚愕と絶望に青ざめたケンジの表情が重なって見えた。

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