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所長のコラム②~あの時のあの体験

 こんにちは、ビジョン・クラフティング研究所 所長の松本桂樹です。今回は、仕事をするに当たり、私自身の心に火が付いた体験について述べてみたいと思います。

■EAPの黎明期

 私の勤めるジャパンEAPシステムズは1993 年に設立され、業界のなかでは「老舗」といわれています。社名に「メンタルヘルス」や「カウンセリング」を冠するのでなく「EAP」を冠して起業したのは、EAPを専門に事業活動を行っていく覚悟の表れといえます。

 EAPは1985 年に日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所の今井保次氏により日本に紹介されたといわれます。我々は1980 年後半からEAPを研究しはじめ、日本におけるEAPの普及・浸透を目指し1993年に会社を興しました。アメリカのEAPを参考にしつつ、母体である成増厚生病院のノウハウを活かして手探りで体制を整え、徐々にクライアント企業を増やしてきました。

 私自身がEAP業務に関与するようになったのは1996年からです。幸いにも黎明期からEAPに関わることができたお陰で、例えば労働省委託研究『「作業関連疾患の予防に関する研究」労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書』に、「日本におけるEAPの先進事例」として弊社の取り組みを執筆させていただくなど、貴重な機会を得ることができました。

■心に火が付いた転機

 ただ、当時まだ20代半ばの若造だった私は、あまり自分の仕事の意義を理解していなかったように思います。この仕事を「本気でやらなきゃ」と思ったのには、きっかけがあります。1998年2月、家族と一緒に夕飯を食べているとき、衝撃的なニュースに出会いました。中小企業の社長三人が東京都下のホテルで自殺をしたというニュースでした。三人とも自動車用品を扱う中小企業の経営者で、経営不振による負債を「一緒に死んで、保険金を運転資金にあてる」と決め、ひとつの部屋で食事をした後、それぞれの部屋に戻って首をつったようでした。三人で集まり最後の晩餐をした部屋には、チェーン店の牛丼屋の容器が残されていたとのことです。

 そのニュースを見た衝撃は今でも鮮明に覚えています。まさに絶句でした。次第に「何なんだ、この社会は!?」と言いようのない憤りが自分のなかに沸き起こり、そこから自分の心に本気の火が付いのだと思います。その後の1998年から2000年頃は、営業やら執筆やら相談やら研修やら、無我夢中で仕事をしました。当時はまだEAPという言葉自体もあまり知られていなかったため、営業段階においてもEAPという言葉の意味から説明に入る状況で、数少ない同業他社の存在を伝え、他社にも話を聞いてみることを勧めることも少なくありませんでした。

 2000年、厚生労働省よりメンタルヘルス指針が出され、そして日本EAP協会が立ち上がりました。指針のなかで事業場外資源の活用が推奨されるようになり、企業と法人契約を行って相談サービスを提供する社外相談機関が「EAP機関」と呼ばれるようになっていきました。2001年頃からITベンチャーや保険会社など、様々な会社が「いわゆるEAP」に参入し、その後一気に市場が大きく拡大したといえます。

■EAPが果たすべき役割

 EAPは通常、「パフォーマンス向上」という目的のもと、複数の相談方法(電話・Web・面談など)を使って何回かは無料もしくは安価で、カウンセラーに相談できるようになっています。目的が「メンタルヘルス問題の改善」ではなくパフォーマンス向上にあること。自分がアクセスしやすい方法で相談できて、お金がかからないこと。これらはEAPの特徴とされるものですが、すべて上司や人事や同僚が、気になる社員をEAPにリファーしやすいようデザインされた結果といえます。

 専門家への「リファー」に加え、円滑にリファーが進むための「コンサルテーション」も、EAPの重要なコアテクノロジーです。例えば東日本大震災の際、EAPの利用方法に関する問い合わせを多くいただきました。当時、現地の職場の社員同士で「何かの際は、EAPもあるから話してみたら」という言葉が結構交わされていたようなのです。心配な同僚と話をする際、後ろ盾としてEAPの情報を持っていると、安心して相手の話を聞いてあげられたということでした。

 EAPは、社員と専門家のつながりを強めるためのものではなく、本来は職場内の社員同士のつながりを強めるためのものだと思っています。問題が繰り返されることによる社員の孤立を防ぐために、速やかに専門家につなぐこと。EAPが後ろ盾となることで、社員間の支え合いを高めること。社員の職場適応を支援したり、良好な人間関係を築くコミュニケーションを作り出していくこと。これらはすべて、社員間のつながりをもたらすものです。EAPが果たすべき役割は、職場の支え合いを広げていくことにあると、私は考えております。

所長コラム用


■所長プロフィール

松本 桂樹(まつもと けいき)
株式会社ジャパンEAPシステムズ 取締役
神奈川大学人間科学部 特任教授

上半身ー1

精神科クリニックにて心理職として勤務後、ジャパンEAPシステムズにて相談サービスの立ち上げを担う。 現在もEAPコンサルタントとして、勤労者の相談を数多く受けている。
臨床心理士、公認心理師、キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、日本キャリア・カウンセリング学会認定スーパーバイザーなどの資格を保有。

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