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[驚愕]シュールストレミングを不良グループのたまり場に投げ込んだ

最初は些細なことだった。授業中、不良グループのたわいない悪戯に同調しなかったせい。教育実習の女の先生が泣くのを見たいというただそれだけの理由で、一切無視という通達が回ってきた。

実習が上手くいかなかったら当然教師にもなれなかっただろうし、そもそも不良どもの言うことを聞いて無視なんて嫌だったから、通達が回って最初に当てられたのが俺だったけど、俺は普通に受け答えした。それがきっかけで、クラスのみんなも無視せず、無事に実習が終わった。

さて収まらないのが不良グループ。彼らには不良なりの面子があるらしく、「貧弱君に逆らわれた」「クラス内のモヤシも支配できていない」とのことで校内の不良連中や先輩たちから散々馬鹿にされたらしい(よくわからない理屈だが)

彼らの行動様式は非常に単純で、俺は放課後、笑いながら肩を組まれ、さも遊びに行くような格好で部活棟の倉庫に引きずり込まれた。地面に立てる形のサンドバッグにくくりつけられて、不良グループの一人の傷害で退部させられたもとボクシング部に、吐くまで腹を殴られ続けた。もともと貧弱な俺は胃液に血が混じるまで吐いた。

涙と鼻水とゲ〇を流しながら、「こいつら、一人残らず絶対〇す・・・」と中二病まる出しの決意をしていた。

焼却炉に学ランとスラックスを入れて燃やされ、財布の学生証もその中だったため、暗くなるまで待って、カッターシャツにトランクス姿で部活棟の中を捜し、ジャージを拝借して帰宅。自宅が徒歩圏内でよかったが、歩くだけで全身が痛くてたまらなかった。

自宅に帰って、すぐに泣きながらシャワーを浴びて、血と汚れを落としてから、両親にぼそぼそと「ごめん、自転車でガケから転げ落ちて」と訳の分からない説明をした。

その夜は夕食が食べられず、また夜になって酷く身体が痛みだし、全身が熱くなってたまらず、我慢できずに母親を起こして、緊急外来に連れて行ってもらった。40度近い熱があり、吐き気と下痢もひどかった。打撲と亀裂骨折が原因だと診断されて、入院を申しつけられた。一時は少し危険な状態だったらしい。

両親は、薄々感づいていたようで、「誰にやられたか教えてほしい」と言っていたが、俺はただひたすら黙っていた。

3日後、ようやく自宅に戻った俺は、復讐の準備にかかった。今でいう中二病患者全開の上、貧弱オタクの嗜みとして武器マニアであった俺は、素手ではかないっこない不良グループを、武器で何とかしてやろうと本気で思っていた。

ネットショップで武器を購入するためにボタンをクリックしようとすると、ドアをノックされて飛び上がる俺。おそるおそるドアを開けると、紅茶とバウムクーヘンのお盆が置いてあった。

おふくろ様の心遣いだ。泣きながら食べた。そしてやめた。両親を「〇人者の親」だの「ゲーム感覚で人を撃つオタク少年の両親」だのでマスコミにさらし者にする可能性に、遅くながら気づいたのだ。

同時に、全国の罪なき武器マニアの人たちに迷惑をかけることになるとも思い至った。

そして、輸入代行のホームページを開くと、局留めで品物を発注し始めた。


そしてひと月ほどあと・・・。あれから傷も治り、普通に登校し、表面上は通常の学校生活を営んでいた。

登校し始めてから、女子の気の毒そうな視線や陰でのくすくす笑いこそあったものの、不良グループは貧弱オタクの反撃の可能性など考えてもいなかったようだ。

彼には悪いが、おびえて完全服従のふりをして、奴らの行動パターンを探り続けた。不良グループのメインメンバーは基本5名、これは俺をリンチした時のメンバーでもある。

ボクサー崩れが一名、剣道経験者が一名。それ以外は格闘技経験者などはいないようだが、相撲取りみたいな体格のやつがひとりいた。

奴らは基本的に、午後はさぼりが多いが、全員がそのまま揃うことはあまりなく、金曜日のみ、たまり場になっている部活棟の倉庫に集まり、全員が集まってからどこかに遊びに行くようだ。

そして金曜日。授業なんて全く耳に入らなかった。先生も俺を当てなかった。

午後の授業をさぼって、部活棟の隣の空き教室で、準備を整えた。前日までに何回かに分けて運び込んでいた「物質、弾〇」が、画材入れの箱に偽装されてそこにあった。

頭の中では影山ヒ@ノブと遠藤@明、ささきい@おと水@一郎が熱唱し、主観的には復讐劇の主人公、客観的にはただの変態を著しく超越した凄い変態という外見で準備を完了する。

ちなみにこれらのおバカ装備を購入するのに1@万円を費やし、自分名義でためていた郵便貯金はほとんど吹っ飛んだ。まともな思考能力を持っている人は真似をしないこと。

部屋の隅っこにあった小さい鏡の前で様々にポーズをとり、生まれて初めての「戦闘態勢」に興奮していた。

そして、耳にさしていたFMラジオから、奴らの声が入り始めた。

背筋に電流が走ったようになり、首筋の毛が逆立つ。足ががくがくしてきて、歯もカチカチしてきた。武者震いというよりただ怯えていたのだと思う。不良どもの、良心の呵責などこれぽっちもありませんという気楽な表情のままめり込む拳固の痛さを、嫌でも思い出す。

それでも、かえってそれが自分を叩き〇したいほどの悔しさを思い出させてくれた。これも購入しておいたユンケルを2本を飲み干すと、震えを押し〇して、相手がそろうのを待つ。

既に三人が部屋に入っている。今日はこれから、校外の女子グループとカラオケに行くらしい。

4人目が到着。かねて用意の各種武器を最終点検し、慎重に取り出した「それ」を用意する。そして、5人目が到着する。

その音声を聞くと同時に、俺は震える足をもつれさせつつ、行動を開始した。

不良どもは、揃ったところですぐには出ていかない。大体15~20分ほど、馬鹿話をしたり煙草を吸ったりして、「週末の放課後」とやらを満喫してから出ていく。

まず、たまり場の倉庫のドアが閉まっているのを確認して、ポーチからガムテープを取り出す。震える手ながら手早く、外開きのドアの取っ手部分に、音を立てないように材木をかけ、ガムテープで外れないようにがっちりと固定する。

盗聴ラジオからは、奴らの持ち込んだゲーム機の音声と、雑談の声のみ。まだ気付かれていない。作業を完了すると、ダメ押しに、車輪に機械油をたっぷりさして音を消した、バスケットボール満載の収納台を押してきて、ドアの前に安置した。

震えは止まったが、今度は笑いが溢れてきて止まらなくなっていた。必死に笑いをこらえつつ、倉庫の窓を見る。使わないプレハブを倉庫にしてあるだけなので、窓は一つ、上に小さな換気窓がひとつあるだけ。

笑いと緊張に震える手で、「武器」を引っ張りだしかけ、思い出してガスマスクを被りなおす。呼吸と視界を確認して、ポーチから缶を、胸のマガジンポーチから缶切りを引っ張り出す。

・・・そう。缶には「シュールストレミング」の文字が記載されており、発酵ガスでパンパンに円筒の缶がぷっくり膨らんでいる。

前日までの準備で、倉庫の小さな換気窓は、ガラスそのものを外してある。そして俺は、窓に忍び寄ると、膨張した缶の蓋に缶切りを突き刺した。

「カキッ」という小さな金属音は、「パシーッ!」という、思い切り振った炭酸飲料の缶を開けた時のような音にかき消された。驚いて取り落としそうになるのを堪える。

「なんだ?」「くさくね?」

缶を完全に開ける予定だったが、それは無理そうだ。恐ろしい音と怪しい汁をしたたらせる缶の反対側にもう一度缶切りを突き刺し、引き抜いた缶切りをポーチに収納すると、かねて用意の台にのぼる。

ゴトン!ベシャッ・・・

「なにやぁ?・・・げええええ!」「クセえええ!!!」

今までの人生で一番機敏な動きで窓から離れ、近くの茂みに隠れる俺。パニックになっている倉庫内の様子が、耳に付けっぱなしの盗聴ラジオから聞こえてくる。

中では、声にならない悲鳴と咳、吐しゃ音が響きわたり、ドアにたどり着いた奴が必死にドアを開けようとする金属音と泣き声。

「ゲエエ!!」「アカネエエ・・・!!」

ドアを乱打しても、取っ手にギリギリ通る厚さの、分厚い材木のカンヌキはびくともしない。

生涯最高の爽快さを味わいつつ、FMラジオの録音をしっかり確かめる俺。そして奴らは、反対方向にある窓に殺到した。だがカギを外し、必死にサッシに爪を立てても、ガタガタ揺れるだけで窓は開かない。

当然である。なぜなら、防犯用の補助鍵・・・窓用エアコンなどで既設のカギが使えない場合用の、増設用のカギ・・・を、前日までにしっかりと、3つほど外から仕掛けてある。

もはや堪えきれずに、茂みを転げまわって爆笑する俺。

ビシッ!窓ガラスに真っ白なひびが入るも、割れ落ちない。繰り返し叩きつけられるが、穴が開かない。

通常、防犯用に張られる、侵入・飛散防止用のフィルムを、前もってキチンと貼って置いていたのである。ただし、自分で貼ったとはいえ、意外にもこの防犯フィルムが一番高くつき、@万円が吹っ飛んだのではあったのだが。

錯乱のあまり、窓やドアではなく、壁を破ろうというのかやたらに叩いたり、わずかな外気を求めて換気窓に顔を押し付けようとして争ったりする様子が克明に伝えられてくる。

笑いのあまり涙ぐみつつ、撤退行動に入ることにする俺。車のクラクションの数倍の音量と言われるパワー・アラームを取り出すと、近くの柱にガムテープでくくりつけて、黒く塗ったタコ糸を、引き抜き式のスイッチに結び付ける。

タコ糸を伸ばしつつ、物質を隠していた部活棟倉庫まで来ると、手早く「戦闘服」を脱ぎ捨て・・・

「オエエエ!!」

ガスマスクを外した瞬間、吐いた。眼がぶん殴られたようなショックで、涙と鼻水が止まらない。缶を開けた時の「爆心地」にいたことを忘れており、「残り香」だけでこんな威力を持っているとは想像もしなかった。

俺は着替えた後、道具一式を隠したのち、部活棟のそばでゲーゲー吐いて倒れこみ、集まってきたほかの生徒とともに被害者の振りをして帰宅した。

両親は何かを察したらしいが、輝く俺の笑顔をみて、好物のオムライスを作ってくれた。

結局、装備品一式は、防弾ベストを除いて、すべて河原のキャンプベースで、灯油缶の中で燃やした。灰は近くのどぶ川に流した。

防弾ベストだけはあまりにもったいなくて燃やせず、ファブリーズを二本つかった後、しばらく土中に埋めて臭い抜きをしたが、ほかの衣服は肥溜めの数倍はありそうな臭気で洗っても無駄と判断し、焼却処分となった。

不良どもは、吐しゃ物が気管支につまって窒息死しかけた奴がひとり、ショック症状で舌がのどに詰まって死にかけた奴がひとりいたが、あとはそれほど酷いことにはならなかったらしい。

學校側は、「事件について心当たりのあることがあったら何でも書いてほしい」ということで無記名の原稿用紙を配布したが、そこでカツアゲ被害者を筆頭に多数の被害者が出て、程なく5人とも退学処分がくだった。当然、異臭事件の犯人は捕まらなかった。

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