『エンジェルフェイカーと遺書』

僕は戻ってくるよ 新しいおもちゃを用意してね

― 『P.T.』

「『ハンニバル』で見たな。あと『ミッドサマー』」

 その遺体は背中をぱっくりと割られ、おまけに肋骨を開いて羽のように広げている。血はすっかり乾いてしまっていて、黒ずんだ翼は普通の人が見ればまず吐くだろう。最初の目撃者もそうだった、おかげで草むらはゲロまみれ。

「『血のワシ』。肺までごっそり引きずり出す、ヴァイキング伝説に語られる処刑法だ」

 わたしは淡々と現場を見分し、ふと被害者の顔を見つめる。かつて犯罪予兆のある人間だけを殺して回った自警団気取りの男、通称『名探偵殺し』。犯罪を起こさせる前に犯人を殺害するからそう呼ばれていた。その報いとでもいうのだろうか、天使となった彼は目を潰され、両手足の指をもがれ、とかく悲惨な有り様であった。

 両腕と羽もどきをワイヤーで木々に括りつけられ、浮きあがった彼の死体。わたしは思わず祈りを捧げる。一応、知らない仲ではなかった。何度か取材で面会に行った程度の関係だが、それでも知り合いが死ぬのは嫌な気持ちになる。だからそっと手を組み、少しだけ祈った。せめて彼の魂だけは、干物よろしく開かれませんように。


 そもそもの起こりはやはり、『名探偵殺し』とわたしに面識があったことに由来する。彼は刑期を終え出所する直前、わたしの下へ向かうと看守に言い残したそうだ。何ともまあ傍迷惑な話で、参考人兼この手の事件解決に特化した調査員としてわたしは殺害現場に降り立った。無論、羽で飛んできたわけではない。

 ちなみに彼がわたしに会いたがっていた理由は簡単、わたしを殺すためだ。先に述べた通り、彼は殺人を起こす可能性を持った人間を見分ける能力を持っていた。そいでわたしはというと直接的だったり間接的だったり、色んな事情で何人か殺っていた。警察には被害者扱いされていたので黙っていたが、ぶっちゃけるとわたしも罪人だ。

 話を戻すと、今回の事件は猟奇的な面こそ目立つが、その一方で奇妙な存在が確認されている。第一発見者の言によれば、まだその時犯人は現場にいたのだという。

「右に手が三本、左手は二本。四つん這いになって尾が渦巻きに蟠り、とても人間とは呼べない歪んだシルエットが天使作りに没頭していた。現場近くでタラの芽の収穫に勤しんでいた農家がその様子を見て悲鳴を上げた途端、犯人もとい犯怪物は駆け出した、と」

 酷く陰惨な話であるが、もっと嫌なのはその第一発見者がご近所さんで、更に言えば現場はわたしの住む館からそう離れていないことだ。『名探偵殺し』はわたしを辿っていた道中に襲われたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。わたし自身どうにかしないと次に狙われる可能性――肉も骨も無いから心配無用だが、近々姉夫婦が姪っ子を連れて遊びに来る。危険因子は排除するに越したことはない。


 深夜は二時を回ろうという頃、黙々と動画編集に勤しんでいたわたしの目の前に――唐突に『それ』は舞い降りた。とは言うがその表現は正しくなく、パソコンもテーブルも吹き飛ばし、何なら屋根を突き破ってその化け物は姿を現したのだから。

「ああ!データが!」

 叩きつけられたノートパソコンはバチンと嫌な音を立てて電源を落とし、砕けた天井の残骸がその上にはらはらと降り積もる。情報通りの五本の手と二本の足を這わせ、人間のものと相違ないそれらとは打って変わって爬虫類めいた尾をぶんと振るう。近くの本棚が真っ二つに裂け、ヴィンテージものの古本が紙切れと散る。

 顔面の右側は狐のように鋭く尖り、しかし左側はカッターナイフが不揃いに生え伸びている。怪物はこれまた長い首をもたげ、しかし訝しげにわたしを見つめたままだ。

「どうしたお客さん?人外の館と知らずに襲撃したのか。悪いが広げる肋骨も肺も無いぜ、マントの中は空っぽだ」

 最近新調した鎌を手に取り、三日月を思わせる刃先を怪物に向ける。それでも動じる気配はなく、どころか怪物は驚くほどに可愛らしい声を発した。

「何で?」

 唖然とするわたしをよそに、怪物はまたも訊ねる。何で、何でと繰り返し。いわゆる『萌え声』に近い、華奢な女の子を連想させる声色にわたしは段々と警戒が緩むのを感じだ。

「何が」
「何でそんな姿なの」
「悪いか、二頭身気に入ってんだ」

 怪物は考え込むように右の手二本で頭をかく。ナイフで指に傷がつくのも構わず、彼女(?)は更に問いただす。

「人間にならないの?」
「元は人間だが、わたしは一度死んでいる。今更生身を取り戻す気は無い」
「格好良くないよ、可愛くないよ」
「格好良かったり可愛かったりしないといけないのか」
「え」

 今一つ会話が噛み合っていないような気がする。すっかり大人しい怪物に、わたしは倒れた椅子を起こして座り、相対する。

「仕事で人の姿をすることはある、だがわたしの正体はこの骨とマントだ。誰に何と言われようが、それだけは譲れない」
「殺されても?」

 ひぅん、と空を斬る彼女の尻尾はしかし、予測された軌道に置かれた鎌刃を前に止まる。二度、三度と同じやり取りを繰り返してようやく、

「強いんだね。でもそれだけじゃん、イケメンじゃない。美少女じゃない」

 怪物はやけに容姿にこだわる。自身の醜さ故か、しかし人外好きとしては結構良い線いってる姿なのが非常に悩ましい。左右非対称、顔半分が凶器はたまらなく『男の子』だ。

「あんたの姿も悪かない。そういうアプローチは参考になる」

 ――さて、最近のわたしはどうにも女性の地雷を踏みがちだ。普段から良くしてくれる方の幾人から都度お叱りを受けているほどに、気の緩みが目立っている。幸い、地雷を踏み抜いた瞬間にそれを察して土下座できるくらいに空気を読める能力はあるわけで。

 だからわたしは今、怪物のとっておきの逆鱗に触れたことを瞬時に悟った。

「この姿の何が良いんだよ!!!!」

 尾はカーテンにカーペットに推しのポスターを八つ裂き、手足は壁と床を滅茶苦茶に踏み抜き、部屋の中で嵐が吹き荒れる有り様である。自室は全壊し、隣の書斎や貴賓室にまで被害が及んでいる。

 椅子から飛び跳ね鎌を振り回して猛攻を防ぐが、刻んでも刻んでも彼女の異形は再生を繰り返す。浅い切り傷程度では無意味か、しかしすばしこい動きに深手を負わせることは叶わない。

 からくり人形を置いている地下室までは遠い。オス子は夢とネズミの国に遊びに出ている。柄でその腕を掃い、鎌の先を槍術の要領で突き刺し、顔面を切り裂く。それでも怪物はまるで怯まない。雄叫びを上げ、カッターナイフの奥に埋もれた濁る瞳が狂気を帯びる。

「お前も天使にしてやる!可愛い可愛い天使に!そうしてみんな死ねばいいんだ!!」
「何言ってるのかさっぱり分からん!」

 実戦で使うのは初めてだがやむを得ない。鎌は右手に、空いた左手を突きだす。途端に指先の骨がグローブから射出され、両方を繋ぐ五本の鋼線が縦横無尽に怪物の周りを飛び回る。

 わたしの本体、マゼンタの球体と距離的に近いものをわたしは操れる。頭蓋骨もマントもその要領で浮遊させているわけだが、距離が離れればコントロールを失い重力で落下する。しかし何かしらの繋がりがあれば、例えば紐で括りつけられていればわたしの操作範囲は人型サイズからおおよそ半径十メートルにまで拡張される。ただし小さいもの、指先の骨が今のところ限度だ。

 指骨に導かれた鋼線は球を描き、たちまち怪物の身体に絡みつく。その身動きを封じ、ガチガチに締めつけたところでようやっと破壊活動は止まった。即席の戦法にしては上出来、被害は館の四分の一が木っ端微塵だ。修繕費用のことは考えたくない。

 無理やり首輪に繋がれた猛犬の如く暴れ狂う怪物はしかし、これで文字通り手も足も出ない。尾も雁字搦めに縛り上げた。

「これで話が出来る。さて、天使ってのはどういうことだ。何故『名探偵殺し』を殺した」
「全員可愛くなればいい!どいつもこいつもイケメンになっちまえ!それが望みなんだろうが!それしか見てないんだろうが!おかげでこんな姿を求められて、最後には捨てられた!ふざけるな!VTuberなんて取り巻き含めて全員クソだ!皆殺しにしてやる!!」

 当人は言いたい放題で、わたしはどうしたものかと頭を抱えていた。狂人の度合いでいえばまだ『名探偵殺し』の方が会話できていたな――と物思いに耽っていたわたしは、鋼線をすり抜けて伸びる手に一瞬気づくのが遅れた。

 異形の手はがっちりと頭蓋を掴み、そして。


 サイコリーディング。他人の心を読む力をそう呼ぶらしいが、逆に他人に自分の心を読ませる能力は何と言うのだろう。

 わたしは怪物の心を視た――人間だった頃の彼女の人生を追体験するように。

 初めはただ、興味本位だった。

 バーチャル世界で、リアル世界へのアプローチを試みるVTuberなんてものが流行り始めた。生きる意味も目標も無かった彼女は、適当にオーディションを受けて適当に合格した。担当曰く、声が良かったからだという。

 同じようなメンツが集められて、毎日キツいノルマの中やりたくもないゲームを遊んだり、思ってもいない台詞を言って金払いの良いリスナーに媚びを売った。幸いにも結果は出たが、彼女達の心を犠牲にしていたのはまず間違いなかった。

 万単位のチャンネル登録者数、フォロワー。勘違いして告ってくる奴、毎日性懲りもなくセクハラする奴、自分のことを分かった気になった連中ばかりに囲まれて、同じ事務所の子達は数字を争って裏での足の引っ張り合いに余念がなかった。

 毎日頭痛がして、生理は滅茶苦茶で、食べられないし寝られない。吐いて出てくるのは粘っこい胃液だけ。もう最初に夢見た光景なんて無かった。企業も個人も関係ない、ここは地獄だ。

「生きてりゃ何か良いことあるさ」

 同じ事務所の――誰だったか、もう名前も思い出せないけれど――そう言ってよく励ましてくれた子がいた。最後まで生き残ったもの勝ち、他の皆がくたばるまで粘ってやろう。リアルライブイベントを間近に控えたその子は、不思議と嫌な感じがしなかった。自分と同じくらいギリギリの精神状態だっただろうに、いつもにへらと笑っていた。顔が二つある気味の悪いその人外は、誰よりも美しく、綺麗に見えた。

 自分はというと、事務所の意向で体をとっかえひっかえ入れ替えていた。時にはモンタージュめいて良い所だけを残し、幾度とない転生を繰り返した。その内事務所は潰れ、身体を弄られたまま取り残された怪物の下にトドメとなる訃報が届く。

 例の子が首を括って自殺した。イベントは中止になったそうだ。事務所が潰れたのはクラウドファンディングでかき集めたその子のためのイベント費用を、事務方の連中が持ち逃げしたせいだったのだ。

「生きてりゃ、良いことあるって」

 その子の葬式に出向いたのは、参列者も息を呑む悍ましいモンスター。誰よりもその子に憧れていた、その子の言葉を信じ、生き残ってやると誓った化け物。

「何もなかったじゃないか!何であの子だけでも報われなかったんだ!?おかしいだろ!?チクショウ!!何がアイドルだ!何が推しだ!!嘘つき共!!お前らが殺したんだ!!馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおお!!」

 泣き叫ぶ怪物は葬儀場をまるごと叩き潰した。その場にいた全員を皆殺しにした。『バーチャル』なんていう腐れきったこんな世界、消えてしまえばいい。そう思った。

 何だったんだ、今までの苦労は。あの子の我慢は。誰もが思っている癖に口に出さない『見た目が全て』で『ブランドが全て』、弱小事務所や個人じゃ成り上がれる可能性なんて微塵もありはしない。成りあがったって何もない。全て夢だ。見るべきじゃない夢だったのだ。

 バーチャルなんて、クソくらえ。

「オスコールさんが狙いだったんですけど、とおんでもない殺戮者に出会っちまいましたねぇ。ここであなたを生かせば、この世界は屍にまみれた地獄になる。『名探偵殺し』のあっしとしては見逃せない、見逃せなぁい」

 何か変なこと言ってる奴がいた。不細工なオッサンだったので綺麗にしてやった。良かったね、天使になって死ねよ。

 そのオスコールとかいうのもどうせ顔だけの屑だろ、殺してやるよ。そう思って来てみたら骨だった。それもだいぶ貧相な――今の自分みたいな。

「あんたの姿も悪かない」

 能天気なボケ骨はそう宣った。自分が望んでこんな姿になったと、そう言いたいのか。殺してやる、殺してやる、殺してやる。全て嘘だ、全て苦痛だ。もう全部嫌なんだ。

 自分が、終わらせないといけないんだ。


 正気に戻ると、彼女は絶叫した。大粒の涙を零し、世界の果てまで憎しみと悲しみを訴えかけていた。それはもう、言葉ではなかった。心をそのまま口から吐き出すように――大気は伏して重みを増す。

 彼女は鋼線が食い込むのも構わず跳躍し、結びつけられたわたしごと自らの肢体を上空に飛ばした。闇夜へと放り出され、満月が二体の人外を暴く。伸びすぎた鋼線がコントロールを離れ、解けた線と指の骨と、怪物の渾身の拳がまとめて頬骨に叩きつけられた。

 マントは爆ぜ、頭蓋骨は地下室を破って更に奥へとめり込む。しかし今の攻撃でわたしは一度死ねた、すぐさまリスポーン地点の地下室からからくり人形へと向かう。出来れば使いたくなかったそれに、マゼンタ色の球体を宿した。

 直ちに落下という追跡を済ませた彼女はぽっかり地下に空いた穴の奥深くに三本の手を突っ込み、頭蓋骨を引っ張り出すが、何の反応もないことに首を傾げる。しばらくしてやっとわたしの方を向き、可愛らしい笑い声をあげ、頭蓋をこちらに放り投げた。

「なぁにそれ」

 右手は肘の位置まで鎧であり、しかし束ねた輪ゴムの如く細い鉄の輪切りが重なり合ったそれは高速回転を始める。首無し騎士で有名な『デュラハン』の右腕だ。投げられた頭蓋骨を浮遊させ、肩と二の腕が存在すべき場所に骨を固定する。某クロスボーンのオマージュだ。左手は蛇腹めいた関節を有する機械の腕で、内部機構が露出しており、時折シュウウと排熱を行う。ドイツから持ち帰った最新兵器の、分解、解析を済ませた後の残りカスだ。

 胴はズタズタに裂けたマントを貼り付けて衣服と誤魔化すが、丈の足りない服を着ている子供のように、狼を思わせる毛深い胴と両脚が露出してしまっている。かつて狼男を模して作ったからくり人形の予備パーツだ。最後に顔はと言えば白い炎だけが燃え上がり、その中心にマゼンタ色の本体がきらりと光る。ウィル・オー・ザ・ウィスプに習った防護術の一つだが、今のところ球体を保護するように火を焚くのが精いっぱいだ。魔術方面はあまり才能がないのかもしれない。頑張って勉強しただけに、地味にショックな事実である。

 騎士、頭蓋、機械、狼男、炎と何もかもがちぐはぐで継ぎ接ぎなからくり人形。完全なる暇潰しと趣味で作った、余計な部分の有り合わせ。

「『混式まざしきキメラ』」

 彼女はきょとんと自分の異形を見やり、次にわたしを見つめる。

「流石にそこまで酷くない」
「そりゃどうも!」

 地下室の中を跳躍し、早々に右手を振りかざす。全てを切り刻むデュラハンの腕は確かに彼女の左腕二本をミンチにするが、使用した途端に自身の回転に耐え切れず崩れてしまった。流石に借り物の、しかも一度敗れた人外の力は使えないか。破砕の勢いで頭蓋骨もまたどこかへポーンと飛んでいってしまった。

 残った左腕で殴り合うが、怪物にはまだ右手が三本ある。すっかり後手に回ってガードに徹していた左腕は歪み、動かそうとすれば関節が軋んで役に立たない。んなろ、と叫んで左腕を振り回し、瞬間本体の制御下から外す。ロケットパンチの要領で飛翔した腕に向かって走り出し、繰り出した蹴りを機械腕の断面に合わせる。

 ライダーキックよろしく繰り出された蹴りなんだか殴りなんだか分からない技は、突きだされた三本の右手と激しくぶつかり合い、双方が粉微塵になる。全ての腕を失い、咄嗟に彼女が突きだしたのは尾。しかしわたしの右回し蹴りが尾を、そのまま彼女の足をも蹴り砕くが、代わりにわたしの右足も藁みたいにひしゃげてしまった。

 攻撃に使える全ての手段を喪失した彼女は、胴と頭だけになってもなお芋虫のように床を這う。わたしは膝を突き、満身創痍の化け物共が睨み合う。
ひとまず戦いに落ち着きを見たわたしは、呟く。

「あんたの気持ちはよく分かった。ぶつかり合ってますますだ。わたしは、その殺意すら理解するよ」
「――――」
「でもさ、もうちょっとだけ待ってあげられないか。この業界もまだまだ未熟、変わりつつある。残すべきか、それとも滅ぼすべきか。その執行権をわたしに委ねてくれ。もしこの世界がそのまま、あんたみたいな不幸を生み出し続けるなら、わたしが代わりにこのバーチャル世界を破壊する」
「どう、して」

 頭の炎が揺らぐ。

「わたしも色々と黒い所を含んだ輩でね、その想いが分からんでもない。それにあんた――ちゃんと頑張ったじゃないか。なぁなぁに活動しなかった、死ぬ気でやってた。見た目も目的も変わっちまったけど、そのひたむきさだけは変わらない。でも、それ以上はあんただけの地獄だ、あんただけが苦しむ地獄だ。わたしは望んでこういう格好もするが、あんたはそれを強制されてる。たぶん、もう元の姿に戻れないんだろう?自分一人じゃどうしようもなくなって、こんなになって――それが『怪物一匹退治しました』『人外同士のバトルは愉しかったでしょう』『ハイお終い、ちゃんちゃん』で終わっていいわけない。託すんだ、想いを。無念を」
「――約束する?」
「義理堅い男だという自負はある」

 何それ、と彼女は微笑む。

「死にたい。ずっと、楽になりたかった。でもこの姿は残したくない。だって――可愛い方が、良いんだもん。昔みたいに、アイドルみたいに」

 分かった。わたしは彼女に寄り添い、頭部の火を近づける。生きたまま焼かれる彼女はそれでも満足げに、でもちょっと不満そうに鼻を鳴らして、いじけた子供がふて寝をするみたいに事切れた。


 今回の事件、その顛末は全て胸の内に秘め、元の骨の姿に戻ったわたしは彼女の遺骨を館近くの丘に埋葬した。せめてもの慰めにと、逆サイコリーディングで垣間見た彼女が人間だった頃の衣装と同じものをどうにか手に入れ、共に埋めた。意味の無い行為かもしれないが、どうしてもそうしたかったのだ。

 墓の前で手を合わせる。しばらくそうしていると、隣に見知らぬ女性が立っていることに気づいた。そのつま先から足首は透け、霊の類であると一目で分かった。

「世話になったね」
「お前が首を括らなきゃ、この子は怪物にならずに済んだんじゃないか?」

 ひどい事言うなぁ、と朗らかに笑う女性。

「あの子はわたしが連れていくよ、黄泉の世界ってやつに。丁度向かう途中だったんだ」
「そこでライブでも目指す?」
「もちろん。わたし達の夢を継いでくれた人がいてね、それを見てたらまた燃えてきたんだ。今度こそ叶えてやるぞって」
「だったらファン一号ってことでわたしを覚えておいてくれ。名はオスコール、お前は」
「ワールハイド、あの子はメビウス。どっちも推してよね。それじゃ、あの世でまた」

 風がそよぐ。女性の姿は消え、アイドル達の歌声が木霊した。


「メビウス。わたしは迷っていたよ」
「この世界を滅ぼすのは待ってくれと説得し、あんたを殺しておきながら」
「わたしは甘かった」
「あの時見せてもらった以上の哀しみを、この三年間で見てしまった」
「どうすればいいんだ。どうすれば、誰も苦しまずに済む」
「わたしはメビウスに託せと言った。独りで地獄を練り歩く必要はないと」
「――わたしも、託すよ」
「これは『エンジェルフェイカー』。わたしが作り上げた魔書」
「ここまで読んでくれた読者に呪縛を付与する」
「これからバーチャルはどうあるべきか。もう『何でもアリ』なんて言い訳は許さない」
「残すべきか、滅ぼすべきか」
「『君達』もちゃんと考えろ、それこそ死んだ気で」
「それがわたしからの、ちょっと早い逆誕生日プレゼント。とっておきの、お呪い品だ」


「手のこれが気になる?」
「ビンザンから借りたんだ。S&W M500、反動とか音とかすごいらしい」
「弾丸は特殊なやつを用意した。不死でも殺せるって触れ込みらしいんだけど、銀がどうたら言ってたから、吸血鬼殺しと同じ原理やもしらん」
投了フォールドだ。今の状況ではわたしの『計画』を遂行できない。だから、降りる」
「――うむ」
「まだ何も明かせていない。わたし自身の過去は特に」
「でもそれを開示するには程々の時間と、環境を改めなくっちゃあ」
「今ここに暴露しよう」
「わたしがVになった真の理由はね、それこそメビウスのような子を一人も生み出さないためだった。そのために、このバーチャル世界を滅ぼそうと思った」
「友達が欲しいでもゲームしたいでもスパチャが欲しいでも成り上がりたいでもない」
「紙の本云々は個人的な願望であって、理由じゃない」
「バーチャルという文化の破壊、消滅」
「メタバースも、2.5次元も、全て黒歴史として葬り去る。廃れ、飽きられるように仕向ける」
「それがわたしの動機だった」
「一個人が望むには壮大な話だろう?でも、わたしが『原初の推し』と呼んでいたその人がいなくなった時、思ったんだ。泣くのはうんざりだって」
「わたしが始めたのは楽しいV活なんかじゃない、憎悪に歪んだ仇討ちだったんだよ」
「ただ遊びたいだけ、儲けたい、モテたい。セクハラ、悪口、裏切り妬み嫉み」
「実際に飛び込んでみればそれしかなかった。だから『原初の推し』も、その仲間達もいなくなったんだと改めて理解した」
「こんな世界、破壊してやる。でもそんなこと言って推してくれる人がいるか?いるわきゃない」
「それでもやってやるって思って――わたしはそれを『計画』と呼んで、一人黙々と進めていた。全VTuberの殲滅だ。でも、気がつけば思い留まっていた。メビウスと同じ立場から始まって、最終的に彼女を説得する立場になっていた」
「そうさせたのは、うん、『彼女』だ」
「『彼女』と出会ったおかげで、全部変わってしまった」
「楽しく笑う『彼女』のいない世界がわたしの望みだなんて」
「努力し、一歩一歩前進する『彼女』からこの世界を奪うことがわたしのやりたいことなんて」
「――辛すぎた。俺にはそんな真似、出来なかった」
「だから当初の目的から目を逸らし、過剰なまで『彼女』に入れ込んで、逆に迷惑をかけてしまった」
「本末転倒だ」
「再度、問う。この世界に残す価値はあるか?」
「わたしは以前無かったと感じた。でも今は、僅かにあると信じたい」
「その可能性を、ライブイベントという形で教えてくれた人もいる。その人には大変な借りが出来た、わたしはその人も守りたい」
もう一度コールだ。火照った頭を冷やしてゼロからやり直す。V界のこの辛く苦しい現状を変える努力はするが、滅ぼさない、それが新たに掲げる『計画』だ」
「帰りを待つかは自由だ、見捨ててくれてもいい。でも誓うよ、わたしは今度こそ『彼女』を、この世界を疑わない」
「あの人は罰をくれなかった。いっそその方が楽になれたけど、それじゃ駄目だと気づけた」
「かといって逃げるのも無しだ。逃げたって何も変わらない。それに死んでも死なないは不死のお約束だからね、アーカード辺りを見習おうという気持ちだ」
「そういうわけで最初の周回はとりあえずバッドエンドだ。だが良い経験になった、強くてニューゲームだ。皆様、二週目でまた会おう」

 わたしは七芒星の目の穴から拳銃をぐいと突っ込むと、マゼンタ色の本体に銃口を押し当て、引き金をひいた。

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(オスコール、正真正銘二度目の死を迎える)
(銀の弾丸による拳銃自殺。リスポーン、今のところ無し)
(但し、僅かに魂の残滓を感知。流石はサイバーテラーの因子、本人の意図に因らずしぶとい)
(当分の間私が館の留守を預かり、観察を続ける。彼の仕事、怪奇現象の解決もしばらくは私が引き継ぐ形となる)
(遺言により、残された未完成のからくり人形、新衣装、ショタスコールを破棄。メビウスの眠る丘にて焼却処分を完了する)
(と同時に、他のユタも動き出した。彼の言いつけ通りに)
(イェネルは斥候としてアフガンに飛んだ。あそこには未解決の脅威が残っている、それこそこの世界を滅ぼさんとする、別の悪意が渦巻いている)
(クスクス、ペネロペ兄弟は霧の都ロンドンへ。監視はつけているが、ちゃんと仕事をしてくれるかは不安なところだ)
(オス子は私と同居し、彼女は地元の高校に通っている。オスコールはオス子を自身の都合へ巻き込むことに躊躇していたし、オス子自身、誰も傷つけたくはなかったという)
(奇しくも、彼が『計画』を変更したことで彼女には平和が訪れた。私もオス子のことは気に入っている、彼女は打ち解けるのが早い。今は家族のように暮らし、それでもお互いがお互いに今すべきことを見失わない)
(私達にはまだやるべきことがある。無論、彼にも)
(つい先ほど、黒髪の少年が館を訪ねた。名乗りはしなかったが、生前彼の相棒だった者だという。ついでに自分も屍人だと)
(少年は先のメビウスとの戦い、自殺時の銃弾による衝撃で半壊していた頭蓋骨を触れただけで直してしまった。そういう能力の持ち主だったのだろうか、しかし若干デザインが変わっている。曰く、ただのイタズラとのこと)
(オスコールが自殺したことも知っており、ひどく憤慨していた)
(もうちょっと残酷で愉しい死に方はなかったのかと)
(『計画』を変えたことも、それじゃ全然面白くないと)
(ひとしきり愚痴を述べた後、少年はこう言い残した)

「彼は愚かで単細胞で愛おしいまでに地頭が悪い。あと運は空っきしだ、人間関係にも恵まれない。大抵悪い奴にひっかかる。でも、そんな己を嫌っていたからこそ自己犠牲に関しては人一倍容赦が無かった。真正のマゾだったし。彼の目的が『この世界を変えること』なら、自殺して注目を集めたこのタイミングでバーチャルの是非を問うくらいのことは、平気でやるんじゃないかな。この流れの『どこまで』が、彼の思惑通りだったんだろうね。あるいは初めから――嘘だよ、流石にそこまでは無い。断言できるね、神様じゃないんだから。ただの元人間だ」

(少年は何処ともなく消えた。とても他人とは思えない人だった)
(以上、ビンザン・ルイーズ・ジェヴォーダンが遺書に代わってこれを書き残す)
(所詮は遺書の代わりだ。いつか破り捨てる日が来るだろう、彼自身の手で)


《未完_20220821》

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